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第十五話 笑顔の陰の過去

 


 そうして──あの決意の日から時は経ち、ついに、アトリエを閉める前日になった。

 今日は平日だったが、数日前から依頼の数を調整していたので、早めに仕事を終わらせ、カミルさんは昼過ぎから荷造りに専念している。


「輝力ポーション……うーん、もう少し多めに入れとくかなぁ。でも、素材の分を考えると……」


 アトリエの床に色々な物を広げ、何をどれだけ入れるか試行錯誤しているカミルさん。

 しかし、その中心にある鞄は、それらが入るとはとても思えない小さなものだ。


(もう鞄のサイズじゃないよね、これ)


 私も荷造り(主に食料関係の)を手伝いながら、横目でそれを見る。

 腰につけるためのベルトが付いたそれは、旅行鞄ではなく、ただのウエストポーチにしか見えない。


 だが、これも紡歌(つむぎうた)で作られたアイテムで、中の空間を拡張してあるので、見た目より遥かに多くの物を入れられるという物なのだ。

 さらに、軽量化の効果も付いているため、たくさん荷物を詰め込んでも重くない、というなんとも凄い代物である。


(もう、何を入れるか考える必要があるのか、ってくらいなんだけど……)


 しかし、そんな便利な鞄を使ってもカミルさんが悩んでいるのは、なるべく多くの素材を持って帰るため、らしい。

 余談ではあるが、そのせいで、本来必要不可欠なはずの食料品やポーションなどの薬類をカミルさんがどんどん減らそうとするので、横にいる私は本当に気が気ではない。


(まあそれはそれとして。ええと、七色草は水やりを一日二回、トーサの花は水じゃなく肥料を一回……)


 そうして、荷造りの手伝いという名目でカミルさんを監視しつつ、私は手元のメモを見た。

 そこに書いてあるのは、休業中、カミルさんの代わりに任された素材の手入れ──鉢に植わった薬草への水やりなど──の手順だ。


 この仕事は、いつもはカミルさんが自らしているもので、本来ならば休業期間中もしなくてよかったもの。

 アトリエで育てている薬草類は、数日程度ならどれも放っておいても大丈夫らしいのだが、私がどうしてもと頼み込んで任せてもらったのだ。


(何もやることが無いのは、暇だしね)


 ……それに、少しでも仕事があった方が、きっと気持ちの整理もしやすいだろうから。

 一人でいたら、ずっと悶々と考えてしまいそうで、だからこそ何か「やること」が欲しかったのだ。


「よし、これで行こう」


 そうこうしている内に、カミルさんの荷造りが終わったようだ。


「ポーションも食料品も、ちゃんと入れましたか?」


 背伸びをしているカミルさんに、念押しで聞く。


「大丈夫、フィーリアさんの言う通り入れたよ」

「それならいいですけど……」

「そんな顔しなくても、本当に入れたよ。ほら」


 信じきれない私が微妙な顔をしていると、カミルさんは苦笑しつつ、鞄の中から次々に物を取り出して、証拠を見せてくれた。

 出てきたのは、傷を癒すポーションに、輝力ポーション、万が一のための解毒薬。

 食料品は、雑穀に蜂蜜をかけて焼いた携帯食料に、干し肉、野菜代わりの干し果物──などなど、他にもいくつか。


 うん、私が「入れてください」と言った物は、全部入れてくれたようだ。

 ちなみに水については、カミルさんが水属性を持っていて、自分で好きなように出せるため入っていない。


「カミルさん、向こうでもちゃんと、ご飯食べてくださいね?」

「うん、ちゃんと食べるよ」


 そう言ってカミルさんは笑ったけれど──そもそもここにいる時ですら、カミルさんは食に対する執着が少ないのだ。

 それでも最近はだいぶマシになったけれど……この遠征中きちんと食べてくれるか、いささか心配である。


(まあでも、冒険者としての仕事なら、ちゃんと食べておかないと身体が動かないだろうから……さすがに食べてくれるだろう)


 と思った瞬間、目の前に広がる薬草や鉱石を前に、何も食べず意気揚々と採取に励むカミルさんが脳裏に浮かんだが……とりあえず、速攻で消し去った。

 ……うん、そうならないことを願おう。



 そうして荷造りを終えた後、夕食にはまだ早いし、と休憩がてらお茶をすることになった。

 アトリエにある簡易キッチンで、カミルさんが手際よくお茶をいれていく。

 その間に、私はカップなどを用意して、テーブルを整えた。


 ちなみに、この簡易キッチンは、最近新しくカミルさんが設置したものである。

 今まではダイニングでお茶を飲むか、あちらのキッチンでお茶をいれて、持ってきて──という風にしていたが、忙しい時にはそれすら面倒だということで、一夜にして作ってしまったのだ。


(本当に、なんでも作れて凄いよね)


 先程、カミルさんが鞄に入れていた品にも、モンスターの攻撃や足止めに使う紡歌製のアイテムがあった。

 投げると一定範囲に電流を放つ爆弾に、モンスターが踏むと粘着性の糸と同時に痺れ薬で動きを止める罠──その他にも、色々と。


 これらは、本来ならば高いお金を出さなければ入手出来ないような物ばかりだ。

 だが、カミルさんはそもそも冒険者であると同時に色紡師(いろつむぎし)でもあるので、材料費だけで済む上に、ベースとなる楽譜(レシピ)を改良して、自分の使いやすいように調整していたのだった。


(そう思うと、冒険者と色紡師の兼業は色々と便利なのかも……)


 冒険者として素材を集め、色紡師の技術でモンスター討伐を楽にする。

 なんというか、とてもぴったりな組み合わせな気がする。


(でも、どちらも一流の技術を持ち続けるのは、簡単なことではないよね)


 以前ちらっと聞いたことだけど、冒険者としても活躍している色紡師というのは、ほとんどいないのだそうだ。

 理由としては、そもそも色紡師の仕事が忙し過ぎて、他のことをする余裕が無いということらしい。

 冒険者は、一定期間功績を挙げないでいるとその資格を剥奪されてしまうので、そういうところとの両立が難しいのだろう。


(そんな中で、カミルさんはちゃんとやり遂げてるんだから)


 私は、本当に凄い人の助手なんだな、と改めて思う。


「はい、今日はミントティーだよ」

「わぁ。いい香り……」


 そうこうしている内に、お茶をいれ終えたカミルさんが、カップに淡い黄緑色のそれを注いでくれた。

 ふわりと立ち上る爽やかな香りは、夏の暑さをも吹き飛ばしてくれそうだ。


「あと、これ昨日買ってきたお菓子。一緒にどうぞ」

「ありがとうございます、いただきます」


 テーブルの上に置かれたのは、美味しそうなフィナンシェ。

 表面にしっとりとした光沢があり、バターと蜂蜜の甘い香りが漂っていて、なんとも美味しそうだ。

 勧められるままに早速頬張って、その美味しさに目をみはる。


「ん、美味しい!」

「ふふ、こういうの好きだろうと思ったんだ」


 その言葉に、一瞬で胸が高鳴る。

 嬉しそうに私を見るその瞳はどこまでも優しくて、心臓の音が聞こえてしまいそうだった。


 カミルさんは時々、急にそういうことを言い出すから……


(……心臓に悪くて困る)


 それでも嫌だと思わないのは──……やはり、そういうことなのだろう。

 お茶を飲みつつ、ちらりとカミルさんを見る。


(……。結論を、出すとは決めたけど……)


 本当に私は、結論を出せるのだろうか。

 もし、結論を出したとして──今のこの関係は、一体どういう風に変わってしまうのだろうか。



 そんな複雑な思いを胸に秘めながら、けれど穏やかにお茶の時間は進み、会話の流れで、私はふと尋ねかけた。


「そういえば、カミルさんは、どうしてこんなにお茶をいれるのが上手なんですか?」


 それに──ご飯はともかくとして──こういうお茶の時間を、彼はとても大事にしているのだ。

 すると、カミルさんはぱちりと瞬いて、それからうーん、と考え始める。


「どうして、か。そうだね……」


 呟いて、カミルさんが手の中のカップに目を落とした。

 その瞳に、影が落ちる。


「……。……強いていえば……昔は、これが唯一心が落ち着く時間だったから、かな。だから、たくさん練習して、上手くなった」


 目を落としたまま、カミルさんは微苦笑を浮かべた。

 その笑みには、どこか孤独な寂しさが滲んでいて──


(あ……)


 今まで見たことの無いその表情に、もしかすると彼を傷つけてしまったかもしれないと気づいた私は、咄嗟に頭を下げた。


「ごめんなさい! 私──」

「フィーリアさん」


 私の言葉を遮ったその声に、ハッとする。

 それは、いつもと変わらない、とても優しい声だった。

 そのことに顔を上げると、彼は穏やかに、そして申し訳なさそうに微笑んでいた。


「フィーリアさんが謝るようなことは何も無いよ。むしろ、僕の方こそ、変な話をしちゃってごめんね」

「でも……」


 そう言ってはいるけれど……カミルさんは、私を安心させるために、無理をして笑っているのではないか。

 不安になった私に、カミルさんが笑いかける。


「本当に大丈夫だよ、もう昔のことだから」

「…………」


 だけど、その笑顔にいつものような明るさは無くて。

 心配で、けれど自分からは言い出せなくて悩んでいると──カミルさんが、困ったように微笑した。

 それから少し目を伏せて、彼は静かに口を開く。


「……でも、そうだね。もし、フィーリアさんが良かったら……聞いてくれる? 僕のつまらない、昔の話なんだけど」

「私で良ければ、いくらでも」


 控えめに尋ねたカミルさんに、すぐに頷いた。

 そうすることで、少しでもカミルさんの気持ちが晴れるのなら──


 そんな思いを込めて答えると、カミルさんは「ありがとう」と微笑んで。

 それから、小さく息を吐いて、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……僕が色紡師の学院にいた時のことなんだけどね、あの学院の中で……僕は、とても異質な存在だったんだ」

「異質……?」


 とても信じられなくて尋ね返した私に、カミルさんは頷いて言葉を続ける。


「色紡師の学院ってね、普通の学校とは違うんだ。普通は、同じ年に生まれた人が同級生になるけれど、あそこは違う。生徒の実力によって学年が振り分けられる」

「実力によって……それは、成績によって、ということですか?」

「そう。学院は、完全な実力主義の世界なんだ。だから『学年』も、どこまで色紡師の技術と知識を習得しているか、という基準で定められている。つまり、成績が悪ければ、何年経っても進級出来ないこともあるし、反対に、良ければ一気に飛び級することもある……」


 そこまで言って、カミルさんは、またあの笑みを浮かべた。


「それでも普通は、順番に試験をこなしていって、一年ごとに進級するんだけど……でも、そうでなければ、例え何歳であろうと関係なく、学年が決まるんだ」


 そこまで聞いて、ハッと思い出す。

 そして、ようやく理解した。あの表情と、「異質」という言葉の意味を──


(“若干十二歳で色紡師になった、稀代の天才”……)


 私には、学院の詳しい仕組みは分からないけれど……それでもカミルさんは、「稀代の天才」と言われるほどの類まれなる才能を持っているのだ。

 きっと、通常ではありえないほどの早さで進級していったのだろう。


(……()()


 カミルさんが自分を称したその言葉に、ぐっと胸がつまった。

 ……とても貴重な、色紡師を育てる学院。完全な実力主義の世界。

 その中で、突出した才能を持つ彼が受けたものは、どういうものだっただろうか。


 羨望? 憧憬? 

 いや違う。確かに、それもあったかもしれない。

 けれど、彼が一番多く受けたものは、そんなに生易しいものではなかったはずだ。


(これは、私の想像でしかないけれど──……)


 怒りや憎しみが混ざった嫉妬。

 尊敬を通り越した、自分とは違う“何か”を見るような、畏怖と恐怖の滲んだ目──


 きっと、そういうものを彼は受けてきたのだ。


(だって、あの表情は……)


 あの表情は、そういう痛みを知った人のものだから……

 そのことに、締め付けられるように胸が痛む。



 初めて聞いた、彼の過去。

 いつも明るいカミルさんに、そんなことがあったなんて。

 私が何も言えないでいると、彼は言葉を続ける。


「紡歌のことは好きだったから、勉強自体は楽しかったんだけどね。でも、あの頃はとにかく必死だったから……勉強ばかりだと疲れてしまって。そんな中で、唯一リラックス出来たのが、お茶を飲む時間だったんだ」


 カップを持ち上げながら、カミルさんが微笑む。


「僕の家では、毎日必ず、家族皆でのティータイムがあってね。家族それぞれ忙しかったけれど、その時間だけは揃って同じテーブルを囲むんだ。美味しいお菓子をつまみながら、母がいれたお茶を飲んで、笑い合いながら話をして──とても楽しかった」


 そう話すカミルさんの表情は、先程とは打って変わって、とても穏やかなものだった。


「でも、学院は全寮制だから、それすらも出来なくなって……それでもその時間を再現しようと、自分でお茶をいれ始めたのが始まりだったなぁ」


 お茶をひと口飲んだカミルさんは、懐かしそうに目を細める。


「僕が一番最初にいれたお茶はね、とても飲めるようなものではなかったんだ。でも、それがなんだか悔しくて、必死に練習し続けたら……段々と、実験みたいで楽しくなってきちゃってね」

「……実験、ですか?」

「うん。お茶にしても、コーヒーにしても、お湯の温度、茶葉や豆の量──そういうことの些細な違いで、ガラッと味が変わるんだ。それを研究しだしたら、止まらなくなっちゃった」


 照れたように笑うカミルさんに、その柔らかな表情に、重くなっていた私の心も少しずつ軽くなる。


「なんだか、想像出来ます」

「でしょう? それで凝り出して……今はもう、どんなお茶でも美味しくいれられる自信があるよ」


 表情を崩し、冗談めかして言うカミルさんに、つい笑みが零れた。


「ふふっ、そうですね。カミルさんのお茶は、どれも美味しいですから」


 私の言葉に、カミルさんは嬉しそうに微笑んで、おかわりを注いでくれた。


「あと、僕は甘い物が好きだから、それで余計に研究がはかどったっていうのもあるかな。やっぱり、美味しいお菓子には、お茶かコーヒーが欠かせないでしょう?」

「そうですね、この組み合わせは最高です。カミルさんが選んだものなら、間違いないですし」

「そう言ってくれると、いれた甲斐があるよ」


 そうして──二人顔を合わせて。

 重かった空気を飛ばすかのように、くすりと笑い合った。



 そこからは、話が戻ることはなく、元通りのティータイムになった。

 たわいもない雑談をしながら、甘いお菓子と美味しいお茶を楽しむ。


 その中で、私は思いを巡らせていた。


(……。……今までずっと、不思議だった……)


 寝食を忘れるほどに仕事に熱中してしまうカミルさんが、休憩のお茶の時間を大切にしている理由──けれど、今日話を聞いて、その理由が分かった。


 顔を上げて、焼き菓子をつまんでいるカミルさんを見る。

 今は穏やかな笑みを浮かべているけれど──それに隠された辛い過去が彼にあったのだと思うと、また胸が痛んだ。


(もう、あんな顔は見たくない)


 カミルさんが悲しむ姿も、苦しむ姿も、もう、見たくない。

 そんな風に、なって欲しくない。


「……カミルさん」


 そんなことを思っていたからだろうか、ふとその名前が口をついて零れ出た。

 しまったと思ったけれど、問い返すこともなく、ただ優しい笑みを向けるカミルさんに、一層願いは強まって。


「もし……もしも、何かがあって、私が力になれることがあるなら……その時は、なんでも言ってくださいね」


 そうして、私の心からの願いが、溢れ出た。

 もう、この笑顔が失われるのを見たくないと思ったから。

 するとカミルさんは、なぜか一瞬動きを止め──そして、これまたなぜか少し目を逸らして。


「……ありがとう」


 と、照れたように言ったのだった。



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