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11.5話 幕間「託すのは、願い」

ティナ視点。

短いです。

 


 友だちとの楽しいお茶会を終え、店を出る。


 私とエマが色々言ったせいか、フィーはなんだか落ち着かない様子だ。

 だけど、顔がまだほんのり赤いところを見ると、少しは意識してくれたらしい。


 突っついたかいがあったな、と心の中で笑う。


「今日は、久しぶりにフィーともゆっくり話せて良かった! また、遊ぼうね!」

「わたしも、とっても楽しかったわ。今度は、ジーナたちも誘いましょうね」

「うん。私も楽しかった。二人共、ありがとう」


 そう笑ったフィーは、図書館に用事があるからと言って、私たちとは違う方向へ歩き出した。

 その背を見送って、私たちも歩き出す。


 昼下がりの街には、初夏の爽やかな風が吹いていた。


「……フィー、少し、変わったわね」


 しばらくして、隣のエマが、ぽつりと呟いた。


「そうだね。私もちょっとびっくりしちゃった。あのフィーが、あんな風に笑うなんて」


 言いながら、思い返す。

 カミルさんのことを話していたフィーは、なんだかいつもとは違って、心からの笑顔を浮かべていたように思う。


 フィーは、私たちの前でも、いつも明るく振舞っているけれど……同時に、いつもどこかで、遠慮をしているし、何か線引きをしているのだ。

 だからこそ、フィーが見せたその笑みに、私たちは驚いた。


 きっと、本人は気づいていないだろうけれど。


「フィーは……きっともう、カミルさんに気を許しているのね。そして、大切に思っている。……だからこそ、ティナの言葉を聞いても、自分より先にカミルさんのことを心配した」


 最後、少し棘のある声音になったエマに、ふっと笑う。


「やっぱり、気づいてたか」

「それは、気づくわよ。結果的に見れば良かったけど……あれは、フィーを傷つけていたかもしれない言葉よ。下手すれば、友情も何もかもが消えてしまうところだったわ」

「うん……本当に、ごめん」

「ごめんで済む話じゃないわ!」


 謝るけれど、エマの怒りは解けない。


 まあ、それも当然のことだ。

 私だって、あの言葉を告げるのは、とても緊張したし、言わないでおこうかと何度も何度も思った。


 でも……それでも私は、フィーの本音を知りたかったんだ。


「……私にとっても、あれは賭けだったんだよ」


 広がる青空を見上げながら、ぽつりと呟いた。

 あの空の色はフィーの瞳に似ているな、と思いながら。


「私は……フィーが、私たちのことを本当に友だちと思ってるのかどうか、知りたかった。……だって、何も言わずにいきなり転職して、引っ越しして。それからずっと会えなかったんだよ? まだ、フィーに頼ってもらえるような存在にもなってないんじゃないかって……私たちは、本当に友だちと言えるのかって……不安だったんだ」


 零した本音に、エマも、それ以上は怒ることなく、黙り込んでしまった。

 同じことを思っていたんだろう。


 私たちは、フィーがずっと何かを隠していて、だからこそ「線引き」をしているということを、なんとなく気づいていた。

 だけど……だからこそ。例え、どんなことがあっても、私たちはずっとフィーの友だちで、味方なんだということを、皆で伝え続けていたのだ。


 でも、今回の転職の件で……私は、フィーにそれが伝わっていないのではないかと、まだ私たちは信じられていないのではないかと、そう思ってしまった。


 フィーは、大事なことこそ確実に慎重に進める、そんな性格なのだ。

 だから、「転職」と「引っ越し」という大きなことを、私たちになんの相談も無しに決めたということに、私はとても驚いて──そして、悲しくなってしまった。


 だからこそ、告げたのだ。

 カミルさんのことを「調べていた」と。

 そうすれば、その言葉への反応で、フィーの私たちに対する本当の気持ちが分かると思ったから。

 まあ、カミルさんのことを調べていたのは本当なんだけど。


「……まあでも、あれは……私たちへの信頼もあるけど、それよりカミルさんへの想いの方が強い、って感じだったね」

「……そうね。咄嗟に出てきた言葉があれだったもの。ちょっと妬いちゃうわ」


 頬を膨らませるエマに、苦笑した。

 けれど、その気持ちはよく分かる。


 私たちの方がフィーとの付き合いは長いのに、カミルさんはたった二、三ヶ月ほどの間で、もうそのくらい、フィーの信頼と気持ちを得ているのだから。


(……。……いや、もしかすると──)


 もしかすると、カミルさんとフィーは、最初からそうだったのかもしれない。

 二人の間で何があったのかは知らないけれど……だからこそ、フィーは転職をすぐに決めたのかもしれないな、と、ふと思った。


 そんなことを考えていると、エマが、ぽつりと尋ねてきた。


「でも……フィーは、その気持ちに気づいているのか……気づかないふりをしているのか……。どっちなんでしょうね」


 うーん、そうだなぁ。

 あの様子は、多分──


「どっちかというと……気づかないふりをしてる、っていう気がする。抑え込んでるっていうか、見ないふりをしてるというか、そんな感じがした」

「そう……やっぱり、そうなのね」


 エマの瞳が、深い憂いを帯びた。

 多分、私も、同じような顔をしていると思う。



 少しの沈黙の後、エマがふと顔を上げた。

 その瞳の向く先は、青い青い空。

 その色に──きっと、フィーを思い出しながら、エマは口を開く。


「……カミルさんなら……フィーの鎖を、解いてくれるかしら……」


 問うようなその言葉は、けれど、願うような声で紡がれた。


 フィーに本音を言わせないように、それを隠すように、ずっとずっと縛りつけている、その鎖……

 それが早く解けることを、私たちは、ずっと、願っているから。


 でも私は、その願いを抱くのと同時に──近いうちにそれが解けるんじゃないか、と……なんとなく、そうも感じていた。


 これは、希望的観測、なのかもしれない。


 だけど──


「私は、カミルさんなら出来るんじゃないかって、そう思ってる。……カミルさんは、どことなくフィーに似てるんだ。調べたことと、実際に見た感じ……どちらからしても」

「そうなの?」

「うん。私が調べたことについては、少し話したよね」

「ええ。彼、王都では、どれだけ忙しかろうと、絶対に助手をとらなかったそうね。あと……あぁ、人間関係に疲れてここに来た、って」


 思い出しつつ話すエマに、こくりと頷く。


「そうそう。あの肩書きに、整った顔立ち。そして、有名な商会の息子だけど、貴族ではないから、身分の差も無い。……だからこそ、言い寄ってくる女性が凄く多かったみたい。まあ、貴族のご令嬢でも、囲おうとする人が結構いたらしいけど」

「それはさぞかし、苦労したでしょうね……」

「うん。この街でも、何度か女の子たちに囲まれてるところを見かけたけど、全部きれーいに受け流してたよ。それにあれ、一見すると人当たりのいい笑顔だったけど……よくよく見たら、目の奥が笑ってないというか、作られた笑みというか……。……まあ、苦労が滲み出て見えたね」


 私の言葉に、憐れみと同情の入り交じった表情(かお)をするエマ。

 ちなみに、私はもっと詳しい話(主に王都での)も知っているけれど、それはもう色々と凄すぎて、ここで話す気にはなれないほどだ。


「……ま、だからこそ、カミルさんも、『自分自身を見てくれる人』を探してたんじゃないかな。フィーは、少なくとも、地位とかそういうところで人を見るようなことは、絶対にしないから」

「なるほどねぇ。だから、フィーの気持ちも……ってことね」

「そういうこと。……。……私も……白髪とかなんだとか、そういうの関係なく、フィー自身を見てるつもりなんだけどね」


 自分で自分に苦笑すると、エマも同じように苦笑を浮かべる。


「どうしたら、気づいてくれるのかしらね。……いつか……フィーが、自分から話してくれると、いいんだけれど」


 フィーは、私たちにとって、かけがえのない大切な友だちだ。

 だからこそ、何か隠しているということを感じていても、本人が言わないことを、あえて調べようとは思わない。


「……フィーがこの街に来て、だいたい一年半くらいかしら? 十六歳で、私たちと同じ歳なのに……フィーは時々、そう思えないような()をするのよね」


 エマが、どこか遠くを見るような目で、言葉を続ける。


「切なげで、寂しそうで……そして、ずっとずっと、何か重いものを一人で抱え続けているような、そんな()……」


 その言葉に、私も、大切な友だちの顔を思い浮かべた。

 いつも明るい彼女が、ずっと一人で苦しんでいるのを、私たちは知っている。

 そして、その重荷が早く無くなることを、私たちは、ずっと願い続けている。


「……カミルさん、か」


 ぽつりと呟く。

 どこに行っても稀代の天才と称され、もてはやされる彼は、けれど、だからこそ痛みを知っている人だと、私は思っている。


「きっと、あの人なら──フィーを、幸せにしてくれる」


 フィーは今でも、私たちが知らない複雑な感情を、心の奥に宿しているのだろう。

 それでも、カミルさんの話をしている時は、フィーは心からの笑みを浮かべたのだから。


 だから、そのことに、私たちの願いを託そう。


「どうか……フィーが、幸せになれますように」

「フィーが、いつも心から笑える日が……早く、来ますように……」


 それぞれ口にしたその願いが、果たされるように。

 私たちは、陰ながら、二人の力になろうと、そう誓い合ったのだった。



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