第十一話 友人たちとのお茶会
その後のこと。
それからは、結局、その翌日も、その次の日も、カミルさんがあの時の話を持ちだすことはなく、私はごく普通の日常をおくった。
最初の方こそ、また何か聞かれるのではないか、という不安を抱いていたけれど、それもすぐに消え去ってしまったほど、平穏な日々を過ごした。
それは、カミルさんが──まるで、あの時何も無かったかのように、何も聞いていなかったかのように、今まで通り私に接してくれているから。
それがどういう意味なのかは分からない。
けれど、話すつもりが無いのなら、きっと、その方が私にとっても良いだろうと思ったから、私も今まで通りカミルさんに接している。
あの時のカミルさんが何を思い、何を考えていたのか──
もちろん、それを知りたいという気持ちが無い訳ではない。
だけど、それを聞く時は、今ではないと、そう思うから。
そうして、そんな風に時は過ぎ──今日は、待ちに待った週末である。
私は、ティナたちと会うために、街に繰り出していた。
(待ち合わせは、ここだったよね)
噴水のある大きな広場を、きょろきょろと見回しながら歩いていく。
すると、程なくして、大切な友人たちの姿が視界に映った。
「あ、来た来た! フィー!」
「久しぶりね〜」
こちらに向かって大きく手を振っているのは、郵便屋のティナ。
そして、その隣で、おっとりと微笑んでいるのは、もう一人の友人、エマだ。
波打つ金の髪を持つエマは、治癒属性が得意で、街の診療所に勤めている。
「ごめん、お待たせ!」
「わたしたちも今着いたところだから、大丈夫よ〜」
「そうそう! 気にしない、気にしな〜い」
明るく笑うティナたちに、ありがとう、と言いながら、ふと気づいた。
「……そういえば、ジーナたちは? まだ来てないの?」
そう尋ねると、ティナがゆるく首を振る。
「ううん。誘ったんだけど、用事があって来れないんだって」
「そう……それなら、仕方ないね」
楽しみにしていたけれど、そもそも急に決まったことだったから、来られなくても仕方がないだろう。
すると、ティナが、沈んだ私の気持ちを晴らそうとするかのように、明るく笑った。
「……で、そんなフィーに、二人からお手紙でーす!」
はいっ! と、二通の手紙──というか、メモを渡される。
びっくりしつつそれぞれ読んでみると、そこには、「行けなくてごめんね」という言葉と、「今度は絶対一緒に行こうね!」という言葉が、それぞれの文体で記されていた。
短いけれど、優しさのこもった友人の言葉に、じんわりと心が暖かくなる。
「ふふっ。二人とも、すごく残念がっていたのよ〜。だから、次行く時は、絶対に皆で行きましょうね」
穏やかに微笑むエマに、私も笑みを返す。
「よし、じゃあ……早速行こう! 二人の分まで、めいっぱい楽しまなくっちゃ!」
「そうね。行きましょ、フィー」
「うん」
そうして、三人で歩き出す。
会えなかった間に起きたこと、職場の嫌な先輩の愚痴に、最近見つけたいいお店の話──
それぞれ色んなことを喋りながら歩を進めていくと、とあるお店に辿り着いた。
「あ、ここだよ! このお店、ランチも美味しいし、スイーツも種類豊富だし、とってもいいとこなんだよ〜」
早く行こう、とティナに手を引っ張られながら、私は見覚えのあるそのお店に入っていった。
扉をくぐり、店内に入ると、そこは、まるで青空の中にいるような、開放感のある造りになっていて。
(ここ、やっぱり……)
それは、カミルさんと初めて出会ったあの日に訪れていた、お店だった。
「いらっしゃいませ、こんにちは! ……あら?」
出迎えてくれた店員さんが、ぱちりと目を瞬く。
(あっ、この人……!)
その顔に、私も思い出す。
あの日、嘲笑された私を、さりげなくフォローしてくれた、あの店員さん。
「お久しぶりですね。今日は、ご友人と?」
「あ、はい。あの後から急に忙しくなっちゃって、なかなか来られなかったんですけど……やっと来られました」
「そうなんですね。それでは、今日は当店で思う存分ゆっくりしていってくださいね」
そう言って、優しく笑みを返してくれた店員さんに、私も「はい」と微笑む。
(まあ、今日の計画をしたのはティナだから、ここに来るまで知らなかったんだけど……)
でも、まさか、向こうも覚えていてくれたなんて。
まあ、珍しい白髪だから、覚えやすかったのかもしれないけれど……それでもなんだか、嬉しかった。
「では、お席にご案内致しますね」
そうして、通された席に三人で座る。
すると、すぐにティナが尋ねかけてきた。
「フィー、このお店、来たことあったの?」
「うん。前の仕事をしてた時に、一回だけ」
「そうなんだ。じゃあ、開店したばっかりの時だね」
「わたしもその頃行ったことがあるけれど、今はもっとメニューも増えてて、さらにいいお店になってるのよ〜」
ふふふ、と笑ったエマが、「さ、まずは注文しましょ?」と、メニュー表を広げた。
それを見ると、エマの言った通り、あの頃よりメニューが充実している。
料理の種類も増えているし、何より、スイーツが圧倒的に増えていた。
紅玉カカオの夕焼けガトーショコラに、とろける雲のパンケーキ、季節の虹色フルーツパフェに、青空のカクテルゼリー。
名前も凝っているけれど、メニューに記されたその説明と絵だけで、もう既に美味しそうである。
(これは、甘いもの好きには堪らない……!)
見た目も綺麗で美味しいとか、最強じゃないか。
そうして、三人で色々と悩みながら、それぞれ注文を終え──料理を待っている時のこと。
ティナがいきなり、ずいっ、と顔を寄せてきた。
「それで〜。今の職場は、どうなの?」
なぜかきらきらと目を輝かせているティナ。それを不思議に思いつつも、答える。
「そうね、前の職場とは比べものにならないくらい、いいところよ。お給料もいいし、お休みもきちんとくれるし。その上、食費も家賃も免除なんだから。これ以上無いってくらい、いいところだと思ってる」
「ふんふん。まあ、そんなにいい条件、他には無いよねぇ。……じゃあ、カミルさんは? いい人?」
その名前に、少しだけどきりとした。
でも、今は少し複雑な気持ちもあるけれど──と、これまでのことを思い出しながら、口を開く。
(カミルさんは……)
本当に本当に、いい人なのだ。
例え、何があるとしても──
私はそれを、よく知っているから。
「凄く優しい、いい人よ。仕事中も、疲れてないかとか、喉は乾いてないかとか、色々と気遣ってくれるし……その他の時も──」
街に出かけたついでにと、焼き菓子なんかのお土産を色々と買ってきてくれたり、私の好きなお茶を覚えていてくれて、これまた私の好きなお菓子と一緒に、休憩の時にさりげなく出してくれたり。
私が作った料理も、ただ「美味しい」と言うだけではなく、「このソースが良く合っていて美味しい」とか、具体的に褒めてくれたりして……
「まあ、カミルさんは研究者気質なところがあるから、集中し出したら周りのことが見えなくなって、困る時もあるけど、ね……?」
そこまで話したところで、何やら二人が妙に温かい眼で私を見ていることに気づき、話を止めた。
(な、何? この変な雰囲気……)
どうしたの? と首を傾げると、二人は一瞬顔を見合わせて、それからにやにやと笑いだした。
「いやぁ〜……どうしたの、と言われても……ねぇ、エマ?」
「ふふふ、そうねぇ。なんだか、仕事の話を聞いているというより、恋話を聞いてるみたいだったわ〜」
「えっ!? い、いや、そんなつもりは……!」
わたわたと慌てる私に、二人は笑みを深めるばかり。
「えぇ〜? でもぉ、フィーにまだそのつもりが無いにしても、向こうはその気、あるんじゃない?」
「なっ、そんなこと……!」
ぶわっ、と顔が赤くなるのを感じる。
けれど、否定しようとした私の言葉は、いつもとは違う笑みを浮かべたエマに遮られた。
「そうは言っても、今のお話だと、とても雇用関係だけだとは思えないわよ〜?」
いつもふわふわと穏やかに笑んでいるエマの瞳には──きらりと、何やら不敵な輝きが。
「だって、例え住み込みの仕事だとしても、よ? 毎日一緒に食卓を囲んで、フィーの好みまでばっちり覚えていてくれて、しかもそれをプレゼントまでしてくれる、って……。……まあ、『普通の上司と部下』では、ありえないことよねぇ」
うふふ、とエマが笑った。
「そうだよね〜! それに、『集中し出したら周りが見えなくなる』のに、フィーのことは仕事中も気にかけてくれてるんでしょ? それって、フィーのことが気になってるから、じゃないの?」
「いや、二人共、ちょっ、ちょっと待って……!」
(か、カミルさんが、私を? ……いやいや、そんな訳ないでしょう!)
いきなりのことに混乱しまくっていると──
「……ふふふ。まあひとまず、この話題は終わりにしましょうか」
「そうだね。頼んだものも全部来たことだし! ほら、フィー、食べよ〜」
「う、うん」
と、言ってくれた。
どうやら、ひとまず、さらなる追及は免れることが出来たようだ。
(よ、良かった……)
いやほんとに、この話題がずっと続いてたら、食べるどころじゃなかったよ……
そうして、食べ始めたところで話題は変わり、もちろん私も、その話に加わった。
久しぶりの友人たちとの会話は、日常のささやかな出来事についてでも、ちょっとふざけた話でも、どんな話をしていても楽しくて、あっという間に時が進んでいく。
けれど──なぜだか、ふとした時に、カミルさんの顔が脳裏に浮かんでしまって。
そうして、優しい笑みを向けるカミルさんの姿を思い出すと、ぽっと頬が熱くなる。
(……いやいや、そんなこと、絶対にありえないから。カミルさんが優しいのは、きっと誰にでも──)
けれど、そう自分で否定していると、その度に、ちくり、と心が痛む。
(…………)
──いや違う。そんな訳ないでしょう?
──カミルさんが、私なんかを好きになるはずがないじゃない。
──あれは、ただカミルさんの優しさからであって、特別な感情なんかじゃないから。
そう否定する度に──その痛みは、だんだんと大きくなっていって。
その度に、なんとか自分を誤魔化した。
けれど、何度かそうしていると、「フィー?」と声をかけられた。
顔を上げると、二人が心配そうに私を見ている。
どうやら、考え過ぎて、話しかけられているのに気づかなかったようだ。
「ごめん。なんだかぼうっとしちゃって」
せっかく誘ってくれたのに、私は何をしているんだろう。
だけど、そんな私に、二人はまた顔を見合わせて──今度は、優しく微笑んだ。
「……でも、私はいいと思うけどなー。フィーと、カミルさん」
「そうね。わたしもそう思うわ。わたしは直接会ったことは無いけれど……話を聞いている限り、フィーのことを任せられそうな人よね」
「うんうん。それに、美男美女でお似合い!」
「ちょ、ちょっと!」
「そうよねぇ〜。さらさらの白髪に、澄んだ碧色の瞳……フィーみたいな美人さんには、あのくらいじゃないと合わないわ」
いきなり戻った話題、さらに、そのなんともいえない内容に、引いたはずの熱がまたぶわりと顔を出した。
「ティナ、エマ……! もう、そんなこと言って!」
けれど──二人共に、もうからかうような素振りは無くて。
二人は、ただ優しい笑みを、こちらに向けていた。
そのことに戸惑っていると、ティナがぽつりと話し出す。
「……実はね、私、少しずつ調べてたんだ」
「……何を?」
急な言葉に、尋ねると、ティナは困ったように笑う。
「何を……って、そりゃあ、カミルさんのことだよ。だって、いつも慎重だったフィーがいきなり仕事辞めて、違う住み込みの仕事始めたんだもん。もしかして、何か騙されてるんじゃ、って……」
「そんな、カミルさんは──!」
それを聞いて咄嗟に出た言葉は、途中で掻き消えた。
ティナの寂しげな笑みを見て、ハッとする。
「ご、ごめん……」
「大丈夫、分かってるよ。……でも……今はそう分かるけど、最初はびっくりしたんだよ?」
ティナがそう言うと、エマも頷いた。
「わたしたちだけじゃなく、他の皆も心配してたのよ。色紡師の助手になったってだけでも驚くのに……」
「その色紡師っていうのも、あの王都随一のリンデン商会の息子で、しかも歴代最年少で色紡師になった『稀代の天才カミル・リンデン』なんだもん。……これに驚かない方が無理でしょ?」
エマの言葉を引き継いで放たれたその言葉に──
──私は、ピタリと止まってしまった。
「……。……リンデン……商会? ……歴代最年少の、色紡師……?」
言葉にしながら、ゆっくりとその意味を理解していく私。
そんな私を見て、二人の動きも止まった。
そして、お互いに顔を見合わせる。
「「「…………」」」
しばし流れた沈黙の後、一番に口を開いたのは、ティナだった。
「……ねぇ、もしかしなくても……フィー、知らなかった……?」
「……う、うん……」
困惑気味に尋ねられたのがいたたまれなくて、ごく小さな声で答える。
すると、ティナは信じられない、というように唇を震わせて、
「え、えぇええぇ!?」
と、叫んだ。
「ティナ、声が大きい!」
「はっ。……す、すみません!」
エマに叱られたティナは、突然の大声に驚いている周りの人たちに謝って、それから椅子に座り直す。
そして、脱力したようにテーブルにもたれた。
「え、いや、えぇ……? ちょ、フィーぃぃ……いくらフィーでも、それは無いでしょう……?」
「そ、そうよね。……いやほんとに、なんで今までリンデン商会が思い浮かばなかったんだろ……」
いや、確かに、リンデンという家名は一般的なものだけれど。
その名前と、商会をしているという実家。
その二つをなぜ今まで合わせなかったのかと、自分で自分が恥ずかしくなった。
「……いや、それもそうだけど、カミル・リンデンの名前を知らない方が驚いたよ……」
「なんというか……やっぱり、フィーはフィーだったわねぇ」
心配してたのも間違いじゃなかったね、と、呆れ混じりの笑みを浮かべる二人に、さらにいたたまれなくなる。
「そんなに、有名……?」
「すっごく有名っ!」
そろりと尋ねると、食い気味に答えが返ってきた。
「色紡師の学院を飛び級で卒業して、若干十二歳で色紡師になった天才! その功績は計り知れず、爵位授与の話もあるほど! それに加え、あの整った顔立ちで浮いた話は一つも無く、歳も二十歳。狙う女の子は数知れず…………って、この街の人でも、ほとんどが知ってるよ……」
最初は半ば叫ぶように話していたティナも、最後の方は、尻すぼみに声が小さくなっていった。
それほど、有名な話なのだろう。
……ごめん、ティナ。
全く知らなかったよ……
羞恥心に身を縮こませていると、そんな私を見たティナが、ふっと微笑んだ。
「ま、それはそれでいいよ。……フィーが今まで知らなかったっていうことは、カミルさんがそのことを言ってなかった、ってことでしょう?」
こくりと頷くと、エマも微笑む。
「それなら、少なくとも、身分や地位を傘に着て振る舞うような人ではないということよね。今のフィーの話と、聞いた話を合わせても……悪い人じゃないのは、確かだわ」
「そうだね。むしろ、フィーのことをちゃんと見てくれてる気がする。今までフィーに近寄ってきたやつは、ほんっと、ろくなのがいなかったけどね」
と、最後、吐き捨てるように言ったティナに、首を傾げる。
(近寄ってくるって……そんな人、いたっけ?)
んんん? と、記憶を探っていると、二人がふと気づいたように笑った。
「あ、大丈夫だよ! もう、あいつらは近寄ってこれないから」
「そうよ〜。悪い虫さんは、わたしたちが退治したからね〜」
(……あれ……? これは、何か……)
私の知らないところで、大変なことが起きていたのか……?
笑っているのに笑っていない、そんな二人の笑みに、少し背筋が寒くなりつつも、とりあえず頷いておいた。
…………この世には、知らない方がいいこともあるのだ。……きっと。
フィーリアさんの知らないところで何か色々とあった模様。(とある界隈では友人最強説が浮かんでいるとかいないとか……)




