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操り人形とハッピーエンド  作者: ジルノルマン
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第一話:少女になった操り人形

面白いと思っていただければとても幸いです。その際にはぜひ、評価や感想を気軽に送ってくれると作者がもっと面白くするよう頑張ります。

 ほのかないい匂いがした。

 これはホットミルクと、焼いたパンの優しい匂い。おそらく近所の朝食だ。

 まだ眠い。体がそう訴えている。しかし先ほどから外で小鳥がせわしなく鳴いている。という事はきっと、もう起きなければならない時間なのだろう。 


 寝台の上で寝がえりをうちながら、朝に対して恨みがましく唸ってやる。しかしそうしたところで、目を開けなければならないという事実に変わりはない。

 この瞬間が一番つらい。


 心を鬼にして上半身を無理やり起こし、そのまま手を上にやって伸びをする。

 ぼーっとする前に眼をこすり、目を開ける。すぐ左にある木窓から入る朝日が、予想以上にまぶしい。それでも頑張って視界を開かせると、窓のそばの枝に小鳥が一羽止まっているのが目に入った。


 こいつに起こされたのかと思うと、無意識に眉間にしわが寄る。

 まずは、朝食でも作ろう。それから顔を洗って、次は人形の手入れ。終わったら街道に行って人形劇。頑張ろう。来てくれたお客さんを笑顔にしよう。そして、今日こそ面白いと言ってもらおう。


 ……目を伏せる。

「ありえないよ」

 自嘲気味にそう鼻で嗤ってやる。


 ――――面白いなんて言われるわけがないだろう。よくやるねぇ、なんて馬鹿にされるのがおちだ。そうに決まっている。人の気も知らないくせに。人が一番傷つく言葉を平気で、

 ……やめた。これ以上考えても腹が立つだけだろう。


 大きなため息で全部吐き出した。

 朝食の内容を考えながら、今度は部屋のある右側を向いて――――そこで思わず体がびくっとひとつ跳ねた。


「え……?」

 あまりに動揺して、そんな気の抜けた音が出た。

 しかし、これは誰も予想しえない。


 わけもわからない。

 寝台のすぐそばに、なぜか知らない女性が立っていた。

 腰まで緩やかにたゆたう金色の髪。長いまつげと大きな青い瞳。にこりと笑う桃色の唇。


薄水色のドレスの膨らんだ胸元には、美しい幾何学文様のレース飾りが施されていた。スカートは幾重にも折り重なったフリルで、腰には革製のベルトがゆるく巻かれている。思わず声を失ってしまうほどに美しい。


 美しいのだが、やはり全く見覚えはない。

「き、君は…えっと? だ、誰?」

 やっとの思いで途切れがちに言葉を吐き出す。


 そうして、まどろんだ思考が覚醒していくにつれ、危機感が募っていった。ここは間違いなく自分の家のはずだ。自分が女性の家にいる、という事ではない。だとしたら彼女は無断で自分の家に上がり込んでいるという事で。


「申し遅れました」

 女性はそう口にした。ドレスの裾を指でつまみ、広げるように軽く持ち上げる。次いで見とれるような美しいお辞儀をして、柔らかい微笑みを浮かべた。


「おはようございますご主人様。私ですよ。あなたの人形、リリーです」

「……え?」

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。


 今、到底信じられない言葉を聞いた気がした。

「人形……っていったの? リリーって……」

 なにかの間違いだろうと思って女性にききかえすと、女性は軽く一つ頷いて、はい、と心地の良い声で言った。


 嘘を言っているようには見えない。

 それが余計に怖くて、冷や汗が流れた。

 すぐに視線を動かし、部屋の向こう側に置かれたチェストを見る。すると、そこに座っているはずのものがなくなっていた。


 口元を手で覆う。まさかとは思いつつ、昨晩の記憶を掘り起こす。

 確か昨日あの子に着せた服装は、薄水色のドレスだったはず。レース飾りとフリルの付いた、世界に一着しかない手作りのものだ。


 そうして、もう一度女性に視線を戻した。

穴があくほど見つめるが、どうしてもドレスの造りが全く同じに思えてしまう。

 そう、彼女の言った通り。


 あやつり人形のリリーと。

 首を横に振った。そしてしばらく深呼吸してから再度考える。


 そんなはずがない。あの子は人形だ。そもそも目の前の女性とは大きさが違う。あの子は両手で抱えられる程の大きさのはずだ。顔や体は陶器で出来ていて、関節には糸が通っている。人間のように表情を変えたりはできないし、人間のように柔らかいお辞儀もできるはずがない。


 ふと思う。もしかしたら、一人暮らしを狙った泥棒かもしれない。いやまて、だとしたらこんな奇妙なまねをするはずがない。

「信じられませんか?」


 リリーを名乗った女性は、そう言うと手を前で合わせ、困ったように眉をハの字にした。

「……君がリリーだと信じられるものがない」

 警戒しながらそう口にすると、女性はドレスの裾を持って左右に揺らしてみせた。


「そうですね、例えばこのドレスです。一か月前にご主人様に作ってもらいました。フリルの部分がお気に入りなんです」

「僕はそんな大きなドレスを作った覚えはないよ」


 そう言うと今度は、女性が自分の髪をなでながら、

「では、この髪はどうでしょう。毎日ご主人様が手入れをしてくださるおかげで、この通りさらさらです」


 どこで人形に毎日手入れしていることを知ったのか。いや、ただ単にあてずっぽうで言っているだけかもしれない。

 答えずに女性を見続けると、女性は再び眉をハの字に曲げる。それから少し考える仕草を取って、数秒後に思いついたように手のひらにこぶしをついた。


 女性は数歩後ろに下がってこちらに笑いかけると、くるりと回って背を向けた。広がったスカートがゆっくりとしぼんでいく。何をするつもりだろうかと警戒して彼女の様子を見つめる。そうしてスカートが元の形に戻った時、彼女は透き通るような声色で言葉を発した。


「『私は信じたいものを信じる』宝の地図を広げて、リリーはそう言いました」

 身構える中で聞こえたのは、台詞と、情景の語り口。女性は両手を広げ地図を開く動作をした。


 ……唖然とした。

 ……ありえない。

 彼女のやろうとしているのは、自分しか知らないはずのものだった。


 女性が振り返る。口の端は片方上がっており、目には自信に満ちた輝きが浮かんでいた。彼女は続けて、

「『だから、私を信じる人だけついてきて。きっとこの先に宝があるはずだから!』リリーは甲板に集まった仲間たちにそう言いました。すると仲間たちは彼女の自信たっぷりな笑顔を見て、この子を信じてみよう、と思ったのです」


 それから女性はしばらくの間、劇を続けた。終始驚きっぱなしだった。なにしろ自分の知っているものと一字一句違わない、宝物を求めて船旅をする少女の物語を、彼女は演じ切ったのだ。

 最後の台詞が終わった後、彼女は目を瞑る。


 数秒ほどして目を開けると、彼女の表情は柔らかな笑みに戻っていた。

「いかがでしたか? リリーの冒険第三話、私のお気に入りなんです」


 いつの間にか、自分でも気づかないうちにベッドの端から足を出して座っていた。食い入るように彼女の語りを見つめていた。お芝居が終わった時に、はっと夢から覚めたような感覚になった。

「どこで、それを……」


 その話は、自分しか知らない。何しろ人形劇として自分で作ったのだ。そしてまだ人形を使って練習しただけで、誰にも見せていない。劇の内容を、それも台詞一つ一つの細部にわたるまで知っている人間などいるはずがない。


 しかし今目の前で行われた劇は、紛れもなく自分が作ったものだった。

 だとしたら、彼女は本当に。

 息を飲んだ。


 現実的でないことは理解している。でも、どこかそう思いたい自分がいる。

「リリー……?」 

 そう呼ぶと、女性は若干頬を染めて、


「はい、あなたのリリーです! やっと呼んでくれましたね、ご主人様」

 満面の笑みでリリーはそう言った。

 なぜかはわからない。だがどうやら今日、自分の人形は人間になったらしい。

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