8 11月28日(木) 夜
彼女との待ち合わせは、俺たちの住むマンションの最寄駅から二つ手前の、大きな商業施設のある駅にした。
駅から直結するビルのレストランフロアで、俺は少し緊張して彼女を待っていた。
店をカフェではなく、カジュアルなイタリアンレストランにしたのは、その方が落ち着いて彼女と過ごせると思ったからだ。
決してそういう雰囲気を出すためではない!
親には、「友達と晩飯食ってくる」と連絡を入れておいた。
学校から真っすぐにレストランフロアに行くのではなく、途中の店も軽く覗いた。
大人の彼女に似合いそうなアクセサリーは、俺の今の手持ちでは手が出せない。今夜のご飯代で精一杯だ。
俺はあきらめて、レストランフロアに向かった。
18時の待ち合わせに、目的地に20分も早く着く。
少し早いけれど、スマホで再度口コミを検索して、オススメメニューやこの後の話の流れを想定しているので、手持ち無沙汰になることはない。
「お待たせ。」
彼女は朝と同じ、ふわっとした柔らかい微笑みを俺に向けて声をかけてくれる。
俺は直ぐにスマホをしまい、彼女だけを視界におさめた。
「お腹、空いてる?」
俺が尋ねると、「ぺこぺこよ。」とお腹に手をあてて、大人なのに可愛いらしい仕草をする。
俺は彼女と店に入り、メニューを見る。
平日の早めの時間なので、予想通り席に余裕がある。
予約を取ろうか迷ったけれど、二人なのでそこまでしなくても席があると踏んでいた。
本当は、いい席を取りたければ予約を入れるのがいいのだけれど、彼女にとってこれはデートではない。
あまり意識しすぎると彼女が嫌がるかもしれないので、そのとき次第で行動することにした。
「お飲みものはどうされますか?」という店員の質問に、彼女は俺を見てから店員を見て、「お水で」と答えた。
「かしこまりました」と店員が下がっていってから、俺は彼女に話しかける。
「お酒は飲まないの?」
俺は未成年だから当然酒は飲まないけれど、彼女は成人している。
従姉妹と店にくると、グラスワインの一杯くらいは飲んでいた。
「一緒に飲む人がいたら飲むわ。」
彼女は俺に合わせてくれていた。
俺は、彼女が俺を見てくれていることがうれしくなった。
俺は彼女のことを知りたくて、いろいろと質問していくことにした。
「今、どんなことを学んでいるの?」
「大学の講義は、主に教養的なことね。個人的には、日本人の考え方について学んでいるところよ。」
「日本人の、どんな考え方?」
「一般的な歴史観、宗教観、人生観、家族観、それに」
彼女はすらすらと答え、少し区切ってから微笑んで、次の言葉を言った。
「恋愛観。」
食事中、俺の頭は、彼女の言葉でいっぱいになる。
彼女は俺が今まで考えてもいなかった角度から、日本人の考え方について話してくれた。
聞く人によっては批判とも受け取られかねないような内容も含め、彼女の考察は興味深かった。
「だから私は、日本人が好きよ。」
彼女は最後にそう締め括り、話したいだけ話せれて、満足そうだった。
デザートのジェラートを、彼女は紅茶、俺はコーヒーと一緒に食べて、俺たちは遅くなる前に店を出ようとした。
会計を二人分払おうとすると、彼女が自分の分を出した。
年下の彼女の分をいつも払っていたので、俺は面食らう。
「また今度、一緒に食べに来ようね。」
彼女が俺に笑顔で言ったので、彼女が自分の分を払うのを止めなかった。
俺たちは、多分、対等な関係なんだ。
年上の女の人なのに、俺のことを一対一の関係で見てくれている。
従姉妹は俺と食べに行くとき、必ずおごってくれた。
従姉妹が誘うのだし、7歳も年上なのだから、子供の頃からおごられて当たり前だと思い、俺は払おうと思ったことすらなかった。
俺は彼女に個人として認められた気がして、さらにうれしくなった。
帰り道は、家が同じマンションで隣の部屋だから、ずっと一緒にいられる。
二駅分の電車内は座れなくても朝より空いている状態なので、並んで立って言葉を交わして過ごせた。
彼女と俺の姿が夜の電車の窓に映る。
俺は窓に並んで映った二人の姿を意識して、彼女にもっと近づきたいと思った。
電車を降り、改札を通って帰宅の道を進む。
俺はかなり浮かれていた。
「ところで」
かなり打ち解けたところで、彼女が俺を見て目を輝かせて尋ねてきた。
「別れた彼女から連絡がある、という話の続きをきかせて。」
俺は数日前に彼女に言ったことを後悔した。