4 11月26日(火)
翌日の朝も、玄関を出て直ぐに彼女と会った。
どうやら同じ時間に通学するようだ。
彼女は俺にとって理想的な、物静かで優しい雰囲気を持った女の人だ。
「今朝は急に寒くなりましたね。」
俺は挨拶の後、階段を降りながら会話を始めた。
朝から雨が降っている。
昨夜、日本には秋という季節がなくなったのかと、俺の従姉妹がスマホにわざわざ連絡を送ってきた。
8歳年上のがさつな従姉妹の言い分によると、過ごしやすい季節が消えたらしい。
俺の記憶によると毎年こんなものだと思うのだが、年上の人たちの記憶の中では違うようだ。
「本当に、寒いわ。でも、もうすぐ12月だもの。」
彼女は日本について、よく知っているようだ。
ずっと日本に住んでいるのだろうか?
「大学生だと、母から聞きました。出かける時間が早いですが、大学が遠いのですか?」
まだ7時前だ。
俺の学校は電車を乗り継いで、家から教室まで1時間20分ほど時間がかかる。
大学は高校よりも開始時間が遅いと従姉妹が言っていた。
「いいえ、ここから40分ほどで着くわ。早めに着いて、途中の店で朝食をとることにしているの。」
「家では食べないの?」
「ええ。家で一人で食べても味気ないから。」
そういうものか。
俺は家族といつも一緒に食べるから、たまには一人で食べるというのも悪くないと思っていた。
俺は彼女を見て、ふと手提げに付けたピンクの物体に目を留めた。
これは、何かのキャラクター?
キャラクターを好んでつけるなんて、随分彼女に似合わない。
彼女は俺の視線に気づいたのか、手提げに付けた物をよく見えるようにしてくれた。
「日本に来て、仲良くなった人にもらったの。何度も見ているうちに、日本ではこういう物も受け入れられているのだと理解したわ。」
変わった趣味をしていると思ったけれど、人にもらったものだったのか。
彼女が話の発端をくれたので、俺は尋ねたかったことを質問することにした。
「日本には、いつ来たの?」
「今年の春。日本には留学に来てるの。」
「留学期間はいつまで?」
「一年間だから、翌年の春まで。」
あと4ヶ月しか、日本にいないのか。
「日本語が上手ですね。」
「私の母が日本人だから、日本語に興味があったのよ。」
彼女は俺が尋ねたことに、何でも答えてくれた。
彼女の生まれた国、住んでいたところ、留学先の大学、年齢、専攻。
まだまだ知りたいことはあるのに、平日のこの時間帯は3、4分おきに来る満員電車に乗り込み、昨日同様、沈黙を保つことになった。
俺は、次の駅に着くまで彼女の整った横顔を見続けていた。
彼女は人から見られることに慣れた様子で、誰に見られていても警戒も緊張もしていないように見えた。
明日の朝、また会える。
俺は彼女に会うことを楽しみにしている自分に気づいていた。