表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/60

48 2月上旬


 

 2月6日(木)


 晴れているのに北風が強い。

 近くの自転車が倒れる音がした。

 気温が上がらず最高気温は5度の予想だ。それに湿度が低いため、唇が乾燥する。

 こういう日の夕方は、遠くの景色がよく見える。


 今日は部活動がない。

 オレは部活仲間と遊びに来て、展望台に登っていた。

 地元の観光名所なんていつでも行けるしいつも混んでるしと思っていたら、開業から8年も過ぎたのに、足元の商業施設には行ったことがあっても展望台には一度も登ったことがなかった。


 「すっげー! 富士山がくっきり見える!」


 くっきりはっきり、清々しいほど綺麗に見える。

 オレは隣に並ぶ親友に満面の笑顔を向けた。


 「あっちが横浜で、こっちは...」


 夕焼けが綺麗な時間帯だ。

 こんな綺麗な景色を、彼女にも見せたかった。

 




 情況は変わっていない。

 オレは相変わらず彼女に会えば吃るし、何を話せばいいのかわからない。



 スマホの写真の彼女には、毎晩声をかけている。


 「こんばんは。今日も寒かったね。」


 「今日のご飯はカレーだったよ。カツカレー。弟が受験で頑張っているから、母さんも料理に力をいれているんだ。」


 写真の彼女になら、すらすら話せる。

 本物の彼女には、うまく話できない。



 彼女は人がいいのか、こんな態度のオレに普通に接してくれる。


 「おはよう」から始まって、「最近、疲れてるの?」と労ってくれる。

 オレは彼女になんて返せばいいのかわからず、口ごもる。

 焦れば焦るほど、言うべき言葉が出てこなくなる。


 彼女はオレの方を伺って、穏やかに微笑んでくれる。

 それでオレは言わなくてもいいのだと思い、口をつぐむ。


 彼女と黙って歩く朝の数分間を、オレは心地よく感じていた。

 けれど、彼女の家に行けば、オレは黙ったままでいいわけがない。

 英会話の練習に来ているのだから。


 彼女は根気よくオレに英語で話しかけ、オレに話させようとするのだけれど、日本語でも吃るのに英語なんて話せるはずがない。

 オレは彼女の前にいることが恥ずかしくなって、何でここに来たのかわからなくなる。 

 でも、帰りたくないし、また来たい。


 彼女はオレの様子を気にかけながらも、居心地の悪さを感じているようだ。


 「難しく考えなくてもいいのよ。話したいことを話してくれればいいの。」


 彼女は優しい声でオレのことを慰めてくれるけれど、オレは追い詰められた気分になる。

 オレは年下で、頼りなくて、彼女の理想的な男になんてなれそうもない。



 とっさのこととはいえ大見得を切れたクリスマスイヴの日のオレは、度胸と根性があった。

 今のオレは、空っぽだ。

 何も持っていない。


 彼女を前にしておどおどしている意気地のないオレなんか、客観的に見るとさっさと退場しろと言いたくなる。

 でも、当然オレは退場なんてできやしない。

 いつまでも、ぐずぐずと彼女の側を離れず付き纏うのだ。



 オレが今までのオレではなくなった感じを、オレ自身が受け入れられない。

 付き合っていると公言してもいいと彼女から許可してもらえたのだけど、付き合っているようで、付き合っていない。

 こんな曖昧な関係でもオレは嬉しくて、縋り付いている。




 彼女のことを思うと、どうにもできないことのように思えて、でも諦められなくて、どうしたらいいのかわからず、学校では前よりもテンションを上げていた。


 「綺麗だなー!」


 夕焼けが目に滲みる。

 親友がオレのことを心配しているのを知っていながら、オレは親友ではなく彼女のことを思っているのだから、オレは薄情な奴なのかもしれない。


 「太陽見すぎて目が痛くなったんだろ?」

 「そーなんだよ。サンキュ。」


 親友が差し出してくれた綺麗に畳まれたハンカチを、オレは目に当てた。


 さりげない優しさをくれる親友は、オレの頭をぽんぽんと撫でた。

 オレ、男なんだけど。


 男だけど、弱っているときに優しくされたら嬉しいものらしい。

 困ったことに、目から出た液体が余計に流れて出る。


 「ちょっと来い。」


 親友が手を引っ張るのを逆らわずについていくと、手洗い場で顔を洗うように言われた。

 こんな高いところまで登って綺麗な夕焼けが見えるというのに、手洗いに来て時間を費やす男はオレたちの他にいなかった。


 確かに目の縁が熱くなっていたから、オレは顔に水をかけて、頭も冷やした。



 「お前さ、無理しすぎなんだよ。

  俺たちはまだ高校生なんだ。

  年上の彼女に合わせるのはいいけれど、負荷がかかりすぎてる。」


 「わかってるよ! わかってるけど、じゃあ、どうすればいいんだよ?!

  彼女と釣り合いがとれないと付き合っていることにならないんだ。

  今のオレではダメなんだよ。


  3月には彼女は帰ってしまう。

  それまでに、オレは彼女にきちんと彼氏として認めてもらいたいんだ。」


 親友が心配して忠告してくれているのに、オレは突っ掛かった。

 心が重くてゴミを吐き出した。


 そうだ。

 オレはまだ、彼女に彼氏だと思ってもらえていない。

 親や従姉妹、友達や先輩には年上の彼女と付き合っていると宣言しているけれど、オレの中ではわだかまりがある。


 彼女はオレで、遊んでいるんだ。

 日本でだけ、今だけ、付き合う振りをしてくれている。


 オレは自分がこんなに面倒な奴だと思わなかった。

 年下の彼女と付き合っているときに感じなかった、劣等感や焦燥感、空虚感が襲ってくる。



 「彼女のことが、そんなに好きか?」

 「好きだよ。」


 なんだよ、いまさら。

 親友が真面目な顔でオレの目をじっと見る。


 「今のお前、幸せそうに見えない。彼女と距離をとった方がいいよ。」

 「そんなことっ! ...できない。あと、1ヶ月しかないんだ。」


 彼女が帰国するまでに。

 オレは、変わりたい。


 「だったら、彼女に尋ねたらいい。

  彼女の『理想の男』を、知ってるのか?」


 「知らないし、会ってもうまく話せない。」

 「面と向かって話せないなら、メッセンジャーでもなんでも使えばいいだろ。」


 オレは抜けてた自分に気づかされた。

 学校が始まってからは毎朝彼女に会えるから、メール等を使うことを失念していた。


 違う。

 本当は、彼女に質問されるのが嫌だったんだ。

 どうして彼女の前で、話せなくなったのか。



 オレの表情を見て親友は眉を寄せた。


 「無理するな。」

 「無理じゃない。」


 オレは、みっともないオレと向き合わないと、先に進めないんだ。


 「ありがと、親友。」


 親友だと思っている奴に面と向かって「親友」と言う照れ草さを、オレは笑ってごまかした。

 親友は眉を寄せたり下げたり複雑な顔でオレを見て、最後にはいつもの平坦な顔になった。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ