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お預け指揮者 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よう、つぶらやくん。秋にある合唱コンクールの、指揮者に選ばれたんだろ? こうして夏休みの練習日に顔を合わせているってことは、お察しがつくだろ? 僕も同じクチだよ。

 いやはや、立候補が誰もいなかった末の他薦で選ばれるとなると、いったい何が選ばれる要素だったのか、知りたいところだねえ。本人としては、「多少、背が高くて見映えがよくなるかな?」てことくらいしか、思いつかないんだけど。

 今まで経験もなきゃ、拍子をとるのが上手いわけじゃないんだよなあ。今でもリコーダー吹く時とか、つい頭をかくんかくん上下させてリズムを測っちゃうんだよ。意識しなくっても。やったことない?

 指揮者ってさあ、舞台に立つクラス全員の中で、唯一、背中を観ている人に見せっぱなしじゃん。怖いよねえ、「吹き矢で暗殺!」とか企てられたら、よけようがなくない? いや、身を挺して守っているのかな。「せめて自分の背で隠せる人を!」って具合に。責任重大だね。

 考えすぎだと思う? こう感じるようになったの、小さい頃に体験したことが関係しているかもしれないな。

 ちょうど休憩時間だし、その時の話を聞いてみないかい?

 

 小学校の理科の時間、天体関連の授業を受けたこと、覚えているかい?

 僕の学校だと、ちょうどこの時期、家で夜空を観察してくることを課題として出されてね。白鳥座とそれに絡む、夏の大三角形を目印に、一時間ごとの動きを調べなさいって言われたなあ。

 ちょうど今日は土日を後ろに控える金曜日。気象条件もいいから、3日間を有効活用しろとも申し渡されてね。

 

 思い立ったが何とやら。僕はその晩から観察を開始したんだ。「どうせなら遮るものが少ないところで」と、家のベランダから、張り出している屋根の上へ寝転がる。ビニールシートに重しも用意して、観測場所にきっちり目印をつけるのも忘れない。

 時刻は非常に明るい星である白鳥座のデネブを見つけると、そこを中心として、学校から預かった観測用シートその1に、鉛筆で星の位置を記入していく。

 次は1時間後になる。タイマーをかけた上で、僕は短編映画のビデオを鑑賞する。ちょうどキリのいいところで終わり、僕は観測用シートその2を引っ提げて、観測場所へ戻った。


 でも、ここでちょっとおかしなことが起こる。この観測用シートその2は、観測用シートその1とほとんど変わらない結果を出したんだ。

 これは星が動いていないことを表すんじゃないだろうか。シートその3、その4、を迎えても同じ結果。その5になってようやく星が動いた。これまでの遅れを取り戻すかのような進み具合に、僕は「冗談じゃないぞ」と思ったよ。

 これをこのまま提出したら、シートその1からその5までの間、僕がサボっていたみたいじゃないか。気に食わないレッテルを貼られる未来が目に見える。

 仕方なく僕は、予備の観測用シートを用意。家にあった星座の本を参考に、時間ごとの動きをトレースして書いたんだ。

 よもや反則、などとはいわないよね? みんなとちょっと違うだけで、出る杭のめった打ちに遭いかねないご時世なんだよ? 

 正直とか精錬とかを通した結果、心身にダメージをもらうなんて、僕にとっちゃアホのやることだ。自衛のために、ザ・無難な教科書通りの結果を提出しておくのが得策。表向きはね。

 裏ではどうか? そりゃ、この秘密を追及するに決まっているじゃないか、キミ〜。

 

 翌日の土曜日。僕は夜空の新しい観測計画を立てていた。この現象、果たして家の屋根以外の場所で臨んでも、見ることができるかを確かめるためだ。

 親の部屋から町内の地図を拝借する。久々の休みで、まだ布団にもぐっていた父が気づき、「どうかしたのか?」と尋ねてくるけど、適当にかわす。干渉されるのはごめんだ。

 検討した結果、土曜日である今日は少し遠くの月極駐車場。日曜日はやや近めの公園を選ぶことにした。月曜日に学校があったから、日曜日はさほど遅くまで起きていられないしね。すぐ帰れる場所がいい。

 

 その晩、僕は「涼むために散歩してくる」という名目で、家を脱出。例の観測用グッズを抱えて、予定している現場へと向かった。

 にらんだ通り、この月極駐車場は空きスペースが多い。僕はシートを広げて寝っ転がると、新しい観測用シートその1に、現時点での星の位置を書き込んでいく。

 それから3時間分、寝転がりながら観測を行う。やはり星の位置は動いてはいなかった。

「これ、マジだったとしたら、どえらいニュースになっているんじゃないか?」と思ったよ。でも、昨日も今晩も、そして翌日のいずれも、この異常事態に関して、取り上げてはいない。

 まさか僕の目だけがおかしくなったのか、とも思ったけど、計画は予定通りに進めることに。

 

 観測用グッズを手に、近場の公園へ歩を進める僕だったが、いざ公園が見えて来ると、つい近くの家の影に隠れてしまった。誰もいないと踏んでいた夜の公園に、先客がいたんだ。そいつは公園の真ん中で空を仰ぐばかりじゃなく、手に短い棒らしきものを持ち、空へ向かって振り回しているように見えた。

 まともじゃない人かも、と鼓動が早まる。そうっと近づいて様子を伺うけれど、そいつの人相が判別できるところまでくると、別の意味でショックを受けたよ。

 不審な人影は、僕の父親だったんだ。同窓会に行くとかで、晩御飯はいらないと数時間前に出ていったはずの、父親。その本人が出かけた時の背広姿のままで、空へ向かって棒を振るい続けている。それは指揮棒だったんだ。

 

 とっさに見ないふりして帰ろうか、とも思ったけど、父の思惑を知っておきたい気持ちが勝った。予定していた観測時間も、じりじりと近づいてきている。


「何しているの?」


 僕は公園に入りつつ、声をかけた。父親は姿勢を崩すことなく、返答してくる。


「今、大事なところなんだ。もうしばらく待っていてくれ。というか、ここで何をするんだ?」


「天体観測」と告げた後、ちょっとためらってから言葉を続けた。「動かないように見える星たちに関して」。


 父親の指揮がわずかに乱れたけど、指揮そのものは止めない。三拍子の動きを、四拍子に変えつつも「やはり血筋かもな」と、ぽつりとつぶやいた。


「お前も気づいているかもしれないが、この動かない星というのは、限られた人しか確認できていない。他の人の目には通常通り、動き続ける星が見えているはずだ。

 何年かに一度。本来の星とは存在を別にする星が、この地球の夜空にやってくる。この地球を取り巻く星の並びをなぞる、偽りの星々が。父さんはそいつをコントロールしているんだ」


「何のために?」と、僕が尋ねかけたところで、急にカナブンが音を立てて僕の顔のそばを横切った。勢いを弱めず、奴は父の右目にぶつかっていったんだ。

 父の指揮が止まった。顔を抑え、指揮棒が公園の砂利の上へ落ちる。

 その時だった。空のずっと上の方から、「ゴウウン……」と大きい機械音のようなものが聞こえたんだ。頭上を見やるとゆっくりと、でも目で見て分かるほどの速さで星たちが回り出す。

 プラネタリウムみたいだ、とぱっと見は思ったけど、すぐにそれどころじゃないと感じたよ。

 にわかに、身体へ感じる熱さが跳ね上がった。先ほどまで吹いていた涼しい風はどこへやら。夜にも関わらず、太陽がカンカンに照り出したかのよう。肌がむずがゆくなってくる。

「いかん!」と指揮棒へ手を伸ばす父だけど、またカナブンが飛んできて、無事だったもう片方の目にぶつかってくる。うめき声をあげつつも、父は戸惑う僕へ叩きつけるように指示を出した。


「指揮棒を取れ。さっき、父さんがやっていた四拍子。早く!」


 僕はさっと動けた。火照っていたせいもあるだろうけど、何とかしないともっとひどいことになると、文字通り、肌で感じていたからね。

 指揮棒を掴み、見よう見まねで四拍子のリズムを取りながら、空に向かって指揮を始めた。すぐに空は動きを止めたけど、暑さはまだこの場に残ったまま。「まだ続けないといけない」って、心で分かったよ。

 再度カナブンが飛んでくる音がしたけど、途中ではたき落とす音が入り、止まってしまう。きっと父親が叩き落としてくれたんだ。空を見ているから、実際にはどのようなものだったかは分からない。


 どれくらい振るっていただろうか。空が動かなくなって大分たつと、夜風が周囲に戻ってくる。「もういいだろう」と声をかけてくれた父は、目の周囲にカナブンの体液らしき、茶色いものをこびりつけていたよ。

 水飲み場で父が顔を洗った後、僕たちは家路につく。もう観測どころじゃなかったからね。

 あの「ゴウウン……」という音。父親によれば、偉大なる門が開きかけた音だという。言い伝えによると門の向こうは宇宙の果てにつながっていて、僕たちの想像だにしない世界と生き物がはびこっている。もし門が完全に開いてしまうと、彼らはこの地球へやってきてしまうらしい。


 今回、開いた分は宇宙全体で見れば、ゴマのひとつぶにも満たないような、小さいものとのこと。でも、僕たちを瞬く間に汗だくにするエネルギーを持っていた。もう少しでも開いてしまったら、大変なことになっていたに違いない。


「門の鍵となるもの。それは星の位置だ。今の地球上では起こり得ないだろう動きを始める時、鍵穴がはまるようにして、門が動き出すんだ。

 いずれ、はるかな時の先、それは自然と訪れるはず。でも、それを待てない連中、終わりを望んでしまう連中が、鍵の代わりとなる、偽りの星々を生み出してしまうんだよ。父さんはちょっと、それを『お預け』させてもらっているのさ」


 月曜日。僕は学校にあの丸写しのシートを提出する。予想通りとはいえ、他のみんなと大差がなくて安心したよ。

 もしも門が開くのを待つ奴が学校にいて、僕の当初の観測結果を目にしていたら、今、ここにいないかもしれないね。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお! とても面白かったです。 星を指揮して、たったひとりで密かに地球を守っている。何とも格好良い響きです! 自分だけ見ることができる天体現象、不安でもありますがロマンと優越感もくすぐられま…
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