1話 異世界から来た男
──今日もボクは畑に出て一仕事終えてきた。
いつもと変わらない平穏な日々、こんな田舎の村に変わった事など起こらない。
そう思っていたある日、ボクの隣にあった空き家に「ある男」が引っ越してきた。
奇妙な服を着た若い男の人だった。
村長さんから「お前が彼の面倒を見るように」と言われているので、
仕事帰りに声をかけてみた。
「こんにちは!」
思いっきり元気な声を出して挨拶をしてみる、でも返事はなかった。
留守かな? そう思って帰ろうとすると家の扉がバタンッ! と勢いよく開いて男が外に飛び出してきた。
驚くボクを気にも止めず、
「ああっ、やっぱり夢じゃなかった! ここは異世界、オレは異世界に来たんだぁ~!」
と叫んでいる。
ああ、これは本格的にヤバイひとだ。
ボクは危険を察知して逃げようとすると男がボクを見つけて話しかけてきた。
「魔王はどこ? 可愛い王女さまは?」
この人は何を言ってるんだろう? と思いつつ、冷静に返事をしてみる。
「魔王なんて、この村にいませんよ? 王女様は多分、王都にいると思いますけどボクは見た事がないので可愛いかどうかは分かりません」
ボクの返事が不服だったのか、彼はあからさまに嫌そうな顔した。
「オレは《異世界》から来たんだぞ!」
そんな事をボクに言われても困る。
彼のが言う「イセカイ」とは、こことは違う場所の事らしい。
ボクたち人間の住む「地上界」、妖精の住む「精霊界」、神様の住む「天界」、魔物の住む「暗黒界」。
この世にはこれらの世界があると言われてるけど、そのどの世界でも無いらしい。
と言う事は、ボクの目の前にいる彼は「人間」じゃないのかな?
そう思って彼をよく見てみる。
身長はボクと同じくらいで、体重は見て分からないけど、そんなにないだろう。
髪は黒で短め、パッと見ても普通の人間にしか見えない。
変わってるのは着ている服くらいで、他はごく普通だ。
「オレの事は聖騎士《バルヴァ・カイザード》と呼んでくれ」
と自信満々でボクに言ってきた。
おかしい、村長さんに聞いたら彼の名は「カツオ」と言うらしい。
バルなんとかじゃないはず。
ボクは疑問に思って聞いてみた。
「あの……、カツオさんじゃないんですか?」
彼の表情が一瞬、ピクッと反応した。
「違う! オレは戦士《レオ・ヴァルドール》だ!」
さっきと言ってる名前が違う気がするけど、面倒くさいのでこれ以上聞くのはやめにした。
……ハァ。ボクは深いため息をつきながら昨日の村長さんの言葉を思い返した。
突然村長さんに呼ばれたボクは、畑仕事の前に村長さんの家に行った。
特に何も悪い事はしていないので怒られる事はないけど、
いつまで一人でいる気だ? 早く結婚しろ。とか、
畑仕事ばかりしていないで、村の自警団に入ってお前も魔物退治くらいしろ。
とか言われるものと思っていた。
それが一枚の紙を見せられて「空き家に引っ越してくる男の面倒を見ろ」と言われた。
村長さんから渡された紙には王国の紋章とサインがしてあって、
《この者が異世界から来た事を証明する》
と書いてあった。どうやら領主様から村長さんが、この紙と男を渡されたらしい。
その男の世話が何故かボクの役目になったようだ。
そう言えば、庭の雑草を取ってくれとか、よく村長さんにボクは頼まれる事が多い。
これもそんな感じなんだろう。
「君の名前を教えてくれ!」
ちゃんと常識的な会話も出来るんだと思って、ボクは簡単に自己紹介をした。
「ボクはこの村に住む《リット》と言います。歳はアナタと同じで16です。普段は主に畑仕事をしているので農夫ってことになりますね」
うんうん、当たり障りの無いちゃんとした自己紹介が出来たと安心したら……
「えー、普通すぎない? もっと深い設定とか無いの?」
と彼が言ってきた。
何だろう? ボクが平凡過ぎるから不満なんだろうか?
でも片田舎の村に住んでいる人は、だいたいボクと同じ境遇だと思う。
「分かった、隠し設定があるんだな! 実は某国の王子とか」
そう言って一人で、うなずいている。
ボクの両親はごく普通の人だったし、ボクが王子だなんて聞いた事もない。
この人は一体ボクに何を期待しているのだろう?
この会話の流れを変えるため、違う話しを彼に振ってみた。
「あ、あの……、カツオくんがいた世界はどんな感じだったんですか?」
すると彼が急に大声を出して
「オレを……、オレの事を《君付け》で呼ぶんじゃねえ──っ!
それにオレはお前より2つ上の18だあ!」
と激高した。
見た目が若かったから同い年と思ったけど、ボクより2つも上だったみたいだ。
なるほど、年下に《君付け》で呼ばれて怒ったのか。
ボクはすぐに謝った。
「ご、ごめんなさい。ずっと同い年かと思ったので、すみませんでした!」
彼は自分の事を二度と本名+君付けで呼ばないように何度も念を押すと、
「今日からオレの事は《勇者さま》と呼んで良いぞ!」
と言ってきた。勇者だなんて子供が読む童話に出てくる主人公くらいだけど
本人がそう呼んで欲しいならと、ボクはこれから彼をそう呼ぶ事にした。
「それで勇者さまは、どんな世界から来たんですか?」
とあらためて聞いてみた。
熱心に説明してくれた勇者さまの言葉を自分なりにまとめてみると、
四角い大きな家が並ぶところに住んでいて、遠くの人と一瞬で言葉を交わせる道具を持っていて、
ガッコウと言う名の組合に所属していたらしい。
そんな話を聞くと、目の前にいるカツオくん……ではなく、
勇者さまがスゴい人に見えてくるから不思議だ。
「出発は明日だ! 準備は怠らないようにな」
「えっ? 何の事ですか?」
反射的に思わず聞き返してしまった。
「オレたちが旅に出る日に決まってるだろ? リットはオレのパーティメンバーの一人目だ」
勇者さまは旅に出るつもりでボクに付いて来いと言ってるらしい。
「何処に行くんですか? それに旅ってお金もかかりますし、村長の許可が無いと勝手に村の外に出られませんし……」
そうボクが言うと、
「その辺りの事はリットに任せたから、上手くやっといて♪」
そう言って家の中に帰って行ってしまった。
ボクはすぐに村長の家に駆け込んだ。
最初は勇者さまの言葉を無視しようかと思ったけど、そんな事をして勇者さまを怒らせたら、どんな異世界の恐ろしい攻撃をされるか分からない。
ともかく村長さんに意見を聞いてみようと思った。
村長さんはボクの説明を聞くと頭を抱えて
「あの男がそう言うのなら、そうするしかないだろう」
そう言っている。
「で、でも旅をするお金も無いですし……」
そうボクが言うと村長さんは奥から袋に一杯のお金を持ってきてボクに渡した。
中を見ると金貨がギッシリと入っている。
ボクが作った作物を荷車にいっぱいに積んで近くの町まで売りに行っても金貨5~6枚にしかならないのに
袋の中には100枚くらい入っている。
驚いて口をぱくぱくさせているボクに向かって村長さんが、
「それは領主様からあの男の生活費だと言って渡された金だ。本人に渡さず、少しずつ必要な分だけ使って生活させるように言われていたので私が預かっていたものだ」
これ、絶対村長さんが自分が貰えるように隠しておいたんだな。とボクは思ったが、
口に出すと怒られそうなので何も言わなかった。
「あの男は金を使えんだろうから、その金はお前が管理しろ。
それとあの男の要望は出来るだけ尊重するようにとのお達しだ」
ボクはずっと疑問に思っていた事を聞いた。
「彼は本当に勇者さまなんでしょうか? 本人はそう言ってますけど……」
村長さんは
「本人がそう言うのなら、そうなんだろうよ」
そう言うと
「お前の畑は村で手があいてる者に任せておくから、後の事は気にせずあの男に付いていけ」
そう言われて、早々に追い出された。
考えていても仕方ない。
お金もあるし、村長さんの許可も貰った。
旅になんか出た事無いけど、それもまた面白いのかなと前向きに考える事にした。
彼……いや、勇者さまに会わなければボクは一生この村にいただろうし
ボクはちょっと楽しくなった。
すぐに自分の家に戻ると旅の準備をした。
着替えや食料、水はもちろん。地図や武器もいる。
安全な街道を進むつもりでいるけど、たまに魔物に出会う事もあるって聞くし
山賊とかに襲われるかも知れない。
最低限の武器は持っていかないと。そう思って家の奥でホコリをかぶっている箱を開け剣を取り出した。
錆ている重いだけの剣だが、昔父さんが使っていた物らしい。
ホコリを払って自分の腰に付けてみる。うん、似合わない!
歩く度に剣の鞘が足に当たるし、重くて邪魔だ。
袋の中にしまっておこう。
そんな感じで旅の支度をしていたら夜になったので、ボクは簡単な食事を取るとすぐに寝た。
ドンドン! 家の扉を叩く音で目が覚めて、扉を開けてみるとボクの家の前に勇者さまが立っていた。
「さあ、冒険の旅に出発だ!」
朝から元気が良い勇者さまだ。
朝食をとってから出発かと思っていたボクは慌てて荷物を取って勇者さまの所へ行く。
「あれ? 勇者さまの荷物は無いんですか?」
ボクは勇者さまが手ぶらで立っていたので不思議に思って聞くと、
勇者さまはボクの荷物を指さすと、
「リットが持ってるじゃないか♪」
そう言った。
ああ、なるほど。それもボクが面倒を見るんだ。
何となくそんな気がしていたので、昨日のうちにボクはちゃんと二人分の用意をしていた。
「さあ、いつでもいいぞ」
そう言って今度はボクの家を指さしている。
「何がいいんですか?」
そう聞くと、
「家に火を付けるんだろ?」
勇者さまは真顔で言った。
物騒な事を言う勇者さまだ。
「火なんか付けたら放火じゃないですか? そんなことしちゃダメですよ!」
勇者さまはボクの言葉を不思議そうに聞いていると、
「もうこの村に戻らないっていう固い決意のため、家に火を付けて旅立つんだろ?」
そう言ってきた。
「どこまで行くつもりか知らないですけど、また村に戻ってこないとボクが困ります。畑だってずっと他の人に任せておけないですし……。だいたい、この家だってボクの両親や村の人たちが協力して建ててくれたんですよ? まあ古い小屋ですけど、それでも勝手に火なんか付けちゃダメです」
そう慌てて言った。
「まあ、リットがそういうならいいか。よし、出発~♪」
スゴい人だ。
言動がさっぱり読めない。やっぱり異世界から来たってのは本当なんだな。
ボクは改めてそう思った。
村を出てから、ずっと勇者さまの機嫌が悪い。
聞くと村を出発するときに誰も来てくれなかったことが不満らしい。
「村長さんが来てくれたじゃないですか」
ボクが気を使ってそう言うと
「あんな爺さんじゃなぁ……、もっと若い女の子じゃないと」
また無理を言う。
村にいる若い女の子達が、ボクたちを見送りなんか来るわけがない。
勇者さまは、
「そう言えば、リットの彼女とか見送りに来なかったぞ?」
そうボクに言った。
ああ、言われると思った。
仕方なくボクは言った
「ボクには彼女なんていませんから」
正直、ボクに彼女なんてずっといない。
村の女の子達はそれぞれお気に入りの彼氏がいるし、村の隅に暮らしているボクの存在さえ知らないだろう。
それでも数年前に勇気を出して告白というものを好きだった女の子にしてみたが見事に振られた。
振られた理由は簡単で
「生理的にイヤ」
ただそれだけだった。
ボクが落ち込んでいるのが分かったのか、勇者がボクの肩を叩くと
「大丈夫だ♪ オレがハーレムを作ったらリットにも一人くらい分けてやるから」
そう言ってきた。
ハーレムって言うと、一人の男を大勢の女の子が好きになるっていう
世の男子が一度は憧れる例のアレだ。
勇者さまが自信満々に言うって事は、期待していいのかな?
ボクは
「お、お願いします!」
そう言って、ダメもとでお願いしておいた。
改めて勇者さまの顔を見てみる。
顔の作りは上、中、下と分けるなら、間違いなくボクと同じで下の分類だと思うけど……
きっと女の子にモテる異世界の魔法とかあるんだ。
ボクはそう思う事にした。