二日目
二日目が始まります。
チチチチチチ……
何処かで賑やかな声がする。
それが何なのか判らないけど、何故かホッとした。
(あ、何か懐かしい……子供の頃良く聞いていた鳥の鳴き声……わぁ、そうだ雲雀だ)
脳が少しずつ活性していく。
昨日の出来事がまるで夢物語のようで……
まだ埼玉の家に居るような気になっていた。
それでも………私はそれを確認したくてそっと目を開けた。
「えっ!?」
私は思わず驚きの声を上げると共に仰け反った。
私の寝ていたベッドで金髪の男性が寝息をたてていたからだった。
私は一瞬でパニックに陥った。
恐る恐る隣に横たわる人物に目をやった。
(何で、何で秀樹君が此処に居るの?)
私が潜っていたベッドの横には、金髪の男性がいたのだ。
私は何故かその人を秀樹君だと勘違いしていた。
昨日の場面を思い出してみる。
私がルームシェアの相手として選んだ人は……
(確か直樹だったわね。だからこの人は秀樹君のはずがない)
私はやっとそう結論付けた。
(そうだ、確かに金髪は直樹君だった……)
頭の中では理解した。
でも何故直樹君が其処に居るのか解らなかった。
だって直樹君は昨日は寝袋で寝るはずだったのだ。
(そうだ、寝袋は……)
私は頭を抱えながら床を見てみた。
確かに其処には寝袋がそのままあったのだ。
(やっぱり夢じゃなくてこれは現実なんだ)
そーっとベッドを抜け出して、寝袋に手を触れた。
その途端に潜ってみたくなった。
私は夕べ頭を突っ込んだ下の部分に足を入れ、そっとチャックを上げてみた。
(あれ、上がらない)
寝袋から出て良く見てみたら、破壊されていた。
(えっーーー!? 私が壊した? だから直樹君は、彼処で寝るしかなかったのか?)
それでも又潜る。
直樹君の匂いが嗅ぎたくて。
私は壊れた……
んじゃない、 壊した寝袋の中に身を潜めた。
(直樹君大好き)
開きっぱなしのチャック部分を指で閉じる。
そのままずっとそうしていたくなる。
私はベッドの上にいる直樹君を見つめた。
(このままずっとこうしていたい)
私は寝袋の中の直樹君の残り香を嗅いでいた。
でも、何時までもそうしてはいられない。
私は言わば居候。
働かなければいけない。
ポシェットにお財布だけ忍ばせてそっとドアを開けた。
(そう言えばこれ陽菜ちゃんとオソロだったな)
駅での待ち合わせが多かった私達。
すぐに判るように一番目立つ色を選んだのだ。
それは陽菜ちゃんの提案だった。
実は二人供結構地味な服装が好きだったのだ。
だから何時もはバックの中に忍ばせておいたのだ。
『東京なら恥ずかしくないでしょう?』
そう言った後で陽菜ちゃんは笑ってた。
陽菜ちゃんがGPSで探してくれたお陰で私が居る場所が大阪だと知った。
実は陽菜ちゃんはコンピューターに滅法強い。
私はメールを打つだけでも四苦八苦してしまうに、陽菜ちゃんはエクセルまでこなす。
だから有名なお店に雇われたのだ。
それに引き換え私は……
ドンクサイのは陽菜ちゃんじゃなく私の方なんだ。
私は姉思いの陽菜ちゃんの弟にそう言ってやりたくなっていた。
私は陽菜ちゃんとの思い出にふけりながらどうにかこうにか一階に降りていた。
(もし何も冷蔵庫に無かったら買い物に行こう)
ポシェットの中の財布を確認にしながら、そんなことを考えていた。
(コンビニくらいあるだろう)
そうは思っても不安だった。
私は昨日、気が付いたらこの家の前に止まっていた引っ越し業者のコンテナの中にいた。
だから庭くらいしか判らない。
何処にスーパーがあるかなんて知るわけがなかったのだ。
とりあえずキッチンに行ってみる。
ビールが三本、ゴミ箱のビニール袋の中に捨ててあった。
(一人一本か? きっとこれを掛け合ったのかな?)
私は又笑い転げていた。
でもそんな私を誰かが見ていた。
(金髪? あ、直樹君か)
私と目が合い、慌てて視線を外す直樹君。
(何か……カワイイ……)
自分でそう思いながらドギっとした。
「何か探し物?」
直樹君の声に安心感覚える。
夢じゃなかったんだと再認識出来たからだった。
私はまだ半分は非現実の中にいた。
ルームシェアした人が直樹君じゃなかったら……
私が昨日再会した三人以外の人だったとしたら……
本当は今此処にいること自体に震えが来ていた。
「ごめんなさい。起こしちゃったみたいね」
それでも……私はそう言った。
すると直樹君は首を振った。
(やっぱり私のせいだよね。朝から煩くしていたから……)
本当は直樹君に抱き締めてもらいたい。
大丈夫、これは現実なんだよ。
そう言ってもらいたかったのだ。
不安に脅える私に今一番効くのは、直樹と言う特効薬なのかも知れない。
「もしかしたら食材探してるの?」
直樹君の問いに頷いた。
「待っていて、すぐ持って来るから」
直樹君はそう言いながら、まだ片付いていない荷物の上から松宮スーパーの袋を取り出した。
「こっちに来る前にパンと玉子だけは買っておいたよ。ほら悪くならないだろ?」
私は頷きながら、直樹君の手から袋をもらった。
確かにあまり悪くはならない。でも食パンの消費期限は今日だった。
「えーと、ケチャップは何処かなー」
「オムレツ?」
直樹君の言葉に頷く。
何故だか判らない。
勝手にしゃべっていたのだ。
「そう言えば、ママと美紀も良く作っていたな」
しみじみと直樹君が呟く。
それがどんな意味かも知らず、私は微笑んでいた。
私は今まで、調理実習以外に料理なんてしたことがない。
それなのに、オムレツを作ると言う。
本当は物凄く心配なんだ。
だって直樹君に見られて冷静でいられるはずがない。
「直樹君。悪いけど調理器具探してくれる。えーと、ボールとフライパン……」
そう言いながら流し台の下の取っ手を引いた。
「えっ!?」
私はその後言葉を失った。
鉄板が二枚付いたホットプレートの脇で、鉄製のフライパンが錆びていたからだった。
「うぇ、大丈夫か?」
直樹君が心配そうに言った。
「大丈夫、磨いて油を引いておくから」
私は自分の言葉に驚きながらも次々と作業をこなしていった。
フライパンを流し台に移し水を掛ける。
全部浸らせた後で磨くために。
でも何処にも道具が無かった。
「スポンジとかタワシとかあればすぐ出来るのに」
私はがっかりしながら、ダメ元で調理台の下の引き出しを開けてみた。
其処にはラップ類が数本と、食器用洗剤が並べられていた。
「あっこれだ!」
突然頭の中で何かが閃いた。
私はその中にあったクレンザーをフライパンに掛けた後に、アルミホイルを手にした。
それを適当にカットしてぐちゃぐちゃにしてからラップを上においてそれをお磨き出した。
下にラップがくることによって、指が汚れるのを防げるのだ。
「えっ、そんなことが出来るんだ!?」
直樹君が目を丸くする。
(こんな方法を良く思い付いたものだな)
本当は自分で自分が信じられない。
それでも私は得意になって更にピカピカに磨きあげたのだった。
幸い、他の調味料はIHコンロの脇に揃えられていた。
「えーっと、これは塩、これが砂糖。あっ、油もある。良かった。これで何とかなる」
私は早速中鎖脂肪酸の入っている油をフライパンに入れた。
「此処で暮らしていたのは美紀さんのお祖父さんだったわね。流石身体に気を付けていますね」
「えっ、何で解るの?」
「ほらこの油。身体に優しいんです」
言った本人がびっくりした。
私の口から、そんな言葉が出てくるなんて。
(昨日からおかしいんだよね。私どうなっちゃったんだろ?)
そう思いつつも直樹君の眼差しが心地よく、私は暫くその中に身をおいていた。
(そうだ。きっとお母さんに教えられたんだ)
幾ら考えても解らないから、私は全部母から伝授されたものだと思い始めていた。
(でもお母さんがこんな油を使ったトコ見たこともないな。きっと、テレビコマーシャルか何かでインプットしたのだろう)
そう思うことにした。
久し振りに玉子を割った。
家では殆んどキッチンに立たなかった。
だから高校の調理実習以来かも知れない。
良く洗った調理器具は、私の手に不思議と馴染む。
私は手際よく、人数分のオムレツを用意した。
(私って天才かな)
テーブルを見ながら微笑んでいた。
其処へみんなが入って来た。
「おー、スゲー美味そー。あれっ……」
秀樹君がテーブルに置いてあったケチャップを手にしながら固まった。
「確か、美紀は何時もケチャップたっぷりのオムレツを作っていたな?」
そう言いながら直樹君を見る。
私が直樹君に目を移すとそっと頷いていた。
(何?)
昨日から私を見る目がおかしい。
まるで、腫れ物にでも触るような態度だ。
でも、それは私を気遣ってくれているのだと思ってた。
(きっと、本気でお爺さんに頼まれたと思っているんだ。悪いことしちゃったな)
私はみんなに嘘を付いていることが後ろめたくて仕方無かった。
全員が優しくて、家族のように親しくて、これ以上の嘘はつきたくはない。
でもそれを言うと私は此処には居られなくなる。
それが一番怖かった。
(直樹と離れたくないからじゃない)
私は自分の心に嘘をついた。
本当は直樹君に私の嘘がバレるのが怖かったのだ。
直樹君が生徒会長に立候補して以来、私はずっと追っかけだったのだ。
だから昨日舞い上がってしまったのだ。
適当についた嘘も、言い訳も、全て直樹君に嫌われたくないがための方便だったのだ。
陽菜ちゃんとのルームシェアを考えてから、アルバイトを掛け持ちして稼いでいた。
だってフラワーデザイン造形科は授業料だけで百万円近かったのだ。
それに、必要不可欠な花の代金などはそれに含まれていなかったのだ。
だから私は給料の殆んどを貯めていたのだ。
でもその通帳を家に置いてきた。
フラワーフェスティバルの後で陽菜ちゃんとルームシェアする家に行き、詳細を決めるはずだったから。
引っ越し業者に言われた、別料金。
あのままだったら、どうなっていたかも判らない。
手元にある僅かな現金だけでは自宅まで帰ることが出来ないと思ったのだ。
それがこの家に置いてもらった本当の理由だった。
他に手段はなかったのだ。
でもそれは単なる言い訳にすぎない。
私はせっかく逢えた直樹君と離れたくなくて嘘を言っただけなのだから。
昨日、直樹君の優しさを知った。
だから尚更此処に居たくなったのだ。
気が付くと、テーブルの上にあった料理は全て平らげられていた。
私は慌てて自分の分のオムレツを口に運んだ。
「ホラ、慌てて食べるとケチャップが顔に着くぞ」
秀樹君がぶっきらぼうに言う。
(秀樹君も本当は優しさしい人なんだ……)
そんなことを考えながら目線を上げてみた。
その時気付いた。
私は男子三人に囲まれて食事をする羽目になってしまったのだった。
恥かしいけど幸せな気分。