なりゆき任せでルームシェア?
其処で出逢ったのは?
今朝家を出る時、友達と一緒に住む家を探すと母に行ってきた。
私は本当に駅に続く道を急いでいたのだ。
でも、まさか知らない間に大阪に着くなんて思ってもいなかったのだ。
私の目の前にいるのは、引っ越し業者の人。
私が軽いパニック状態になってコンテナから降りられないから、不機嫌になっていくばかりだった。
この上ない迷惑な話だと判り切ってはいるけれど……
(陽菜ちゃん助けてー!)
私はコンテナの開いた扉の向こうに陽菜ちゃんがいることを望んだ。
『大阪なんて嘘だよ。からかっただけだよ』
そう言ってくれるのを待っていた。
「何だい、騒々しい」
コンテナの扉の向こう側から姿を現したのは、何処かで見たような顔をした人物だった。
咄嗟のことで混乱している頭は、更にヒートアップした。
それでも脳ミソ全開で考える。
(この顔、どっかで、確かどっかで会った)
少しロン毛で茶髪の男性は、何処かで見たような赤っぽいタイをしていた。
(ウチの高校の制服に似てるな?)
私は呑気にそんなことを考えていた。
「何だーい、だいぶ賑やかだな」
其処へ、同じようなヘアスタイルの二人が顔を出した。
私は思わず目を疑った。
「えっ?」
私はその場で固まった。
二人は同じ顔をしていた。
「夢じゃないよね?」
「ん!?」
でもその二人は私の言葉の意味が解らずキョトンとしていた。
私はその二人に見覚えがあった。
見覚えなんて、軽く考えたらバチが当たる。
一人は私の憧れの君。
松宮高校の生徒会長、長尾直樹君だった。
そう……
陽菜ちゃんと同じように大切な人を事故でなくしたのは長尾直樹君だったのだ。
みんなからからかわれるのがイヤだったからひた隠しにしていたけど……
直樹君は私の初恋の人だったのだ。
ううん、違う。
私の初恋は……
きっとあの人だ。
私は小学生の時に、一度逢った男の子に胸をときめかせていたのだった。
「長尾君……」
私は思わず言っていた。
三人は卒業したことで浮かれたのか、元高校球児らしからぬ頭だった。
「その頭どうしたの? 羽目外し過ぎなんじゃないの?」
私はストレートにぶつけていた。
「あ、これは大が……」
私は直樹君の言い訳を聞いて、大君らしい男性を睨み付けていた。
「昨日ふざけ合っていたらこうなったんだよ」
大君は盛んに頭を掻いていた。
「月末に母の七回忌があるんだ。その時までには元に戻すよ」
今度は秀樹君が言い訳する。
「そうだよね。お母さんが驚いちゃうから、早目がいいね」
私は無賃乗車と言われている状況も忘れて、浮かれていた。
「あれっ、あー君は確か……」
やっと気付いてくれたのか、直樹君が言った。
「はい。松宮高校でニコ上だった中村紫音と言います。あれっ、気付いてなかったのですか?」
私は少しがっかりしながらも勢い良く頭を下げた。
「ねえ君、どうして此処に居るの?」
「さあ……私も何が何だか解らなくて」
「あっ、そうか。引っ越し先から乗って来たっとことか?」
業者の人は言った。
「はい、そうみたいです」
きっと私は長尾家の前を通った時、引っ越し現場に出くわして……
(ん!? そのままコンテナに入り込んだ? んな馬鹿な!?)
私の頭は益々混乱していた。
「あー、もしかしたら中村さん。お爺さんに何か頼まれた?」
「え、何をですか?」
「だから俺達の世話をしてくれだとか……」
(あっ、もしかしたらお手伝いさんか何かと勘違いした? どうしよう? 知らないうちに此処にいた。なんて信じてもらえないだろうな?)
私は本当のことを言うかどうか躊躇っていた。
「あーそうか。爺さんのことだ。俺達に自炊は無理だと思って頼んだのか?」
(えっ!?)
その言葉に驚いた。
確かに聞いた声だった。
さっきまで思い出せなかったのに……
それは、一つの結論になった。
「あー、思い出した。君は羽村大君だ」
私は高校を卒業してからも、直樹君の姿をグランドのフェンス越しに眺めていたのだ。
甲子園への出場のかかる夏の大会。
松宮高校野球部は新聞記事なので取り上げられることが多くて、朝練などで走る川沿いのフェンスは常にごった返していた。
元プロレスラー《平成の小影虎》の息子達を見ようと集まってきた人達だった。
その頃の野球部はキャプテンの直樹君の元で纏まっていた。
その中にありながら、人一倍元気な掛け声を出していたのが羽村大君だったのだ。
大君は、チームのムードメーカーとして松宮高校を甲子園へ導いた立役者だったのだ。
「えー、俺のこと忘れてたのか? 酷いよ直のことはすぐ思い出したのに……」
大君はご機嫌斜めだった。
「仕方無いよ。同じ顔がいきなり二つあれば、誰だって思い出すよ」
私はもじもじしていた。
目の前には大好きな長尾直樹君がいる。
松宮高校を卒業した時、もう逢えなくなると思って寂しかった。
(帰りたくない)
私は陽菜ちゃんには悪いけど、直樹君の傍に居たくて仕方無くなっていた。
「はいそうです。私は頼まれて来ました」
私は嘘を言っていた。
何が何だか解らない。
でもやっと逢えた直樹君と離れ離れになるなんてイヤだったのだ。
「よし解った。そう言うことなら早速引っ越しの手伝いしてもらおうかな?」
大君が言ってくれた。
私は大きく頷いた。
その時、引っ越し業者の二人が睨んだ。
「すいません。私、この二人のお母様に頼まれてまして」
必死に言い訳をする私を直樹君が不思議そうに見ていた。
「あー、やっぱり!!」
「何なんだ?」
「ママがついて来た」
そう言った直樹君の横で秀樹君も青ざめていた。
「えっーーっ又かー!!」
大君までもが悲鳴を上げた。
(な、何なのよ!?)
私は訳も解らずただ呆然としていた。
三人は何を思ったのか、私が本当にお手伝いさんとして来たと勘違いしたようだ。
ただの口から出任せだったのに。
でも、それだけではなさそうだ。
三人の私を見る目が何かおかしい。
それが一体何なのか、私は考えあぐねていた。
その時私はある事実を思い出した。
私はすっかり忘れていた。
いや、上の空だった。
月末に七回忌の母親から頼まれるはずがなかったのだ。
直樹君がビックリするのは当たり前だったのだ。
ドキドキしていた。
気が動転していた。
三人の目が気になる。
私は意気消沈しながらも其処にいるしか手がなかったのだ。
私は三人に案内されて庭に向かった。
其処は荒れていた。
フラワーデザイン装飾技能士三級の血が騒ぐ。
私の夢だった、自分の育てた花の花屋さん。
此処で試してみたくなったんだ。
「ごめんなさい!! 私が頼まれたのは、家事じゃないの。庭の手入れなの」
私は嘘の上に嘘を重ねていた。
大好きな直樹君と離れ離れになりたくないから此処に残る訳ではない。
私は心の中で言い訳をくりかえしていた。
「俺達も昨日着いた時、この庭を見て驚いたんだよ」
「爺さんは寂しい人で、やっと出逢えた孫の傍を離れたくなくなったんだ」
「ホラ美紀だよ、美紀が爺さんの孫だったんだ」
「俺達が大阪の社会人野球チームに入ることになった時、庭もキレイにしたはずなのに……」
「一ヶ月も経たないうちにこうなったようだ。爺さんはそっちの方が心配だったんだな」
「そうだよな。俺達のことより、家や庭の管理だな。よし、そうと決まったら早速ルームシェアだな」
「ルームシェア?」
「住める部屋は六個。そのうち三個は事情があって使えないんだ。だから残りの三個を俺達で割り振ったばかりなんだよ」
「兄貴や俺とは違い、大は教師になるために勉強しなくちゃいけないから、俺達が相部屋なら問題ないな」
「俺はヤだよ。やっと一人部屋になったんだ。これからは手足が伸ばせる生活をしたいんだ」
「何言ってるんだ兄貴。二段ベッドでも同じようなものだったくせに」
直樹君はそう言いながら笑いだした。
「中村さん。兄貴は凄いんだよ。二段ベッドの下で寝ているんだけど、大の字なんだ。上に寝てたらきっと墜落すると思うよ」
「何でそんなこと此処で言うんだ」
秀樹君はプイッと横を向いた。
(何だか難しい人みたい。甲子園のマウンドではカッコ良かったのに……)
私は少しがっかりしていた。
(陽菜ちゃん私とんでもないことになりそうなの。今からでも助けに来て)
私は又陽菜ちゃんに救いを求めていた。
私がこの家で生活していくためにはこの中の三人とルームシェアしなくてはいけないようだ。
だれと相部屋になりたいか私が決めなくてはいけないらしい。
私は又も考えあぐねていた。
ルームシェアはイギリスでは一つの部屋に複数で住むこと。
フランスではコロカシオンと言い、家賃の分配の意味だそうだ。
それぞれの国でそのスタイルは違うようだ。
でもアメリカでは一つの家を共同で借りて住むことらしい。
一つの部屋に共同で住む人はルームメイトと言って区別しているそうだ。
陽菜ちゃんがルームシェアのことを話題に出した後ですぐに調べてみたんだ。
私は誰とそのルームメイトになるのか結論を出さなくてはいけないのだ。
私に与えられた時間は僅かだ。
決められるはずなどないけど、誰と同室になりたいのか言わなければならないのだ。
でもその間にご飯を作り、後片付けをしてお風呂を焚かなければならない。
今まで狭いアパートの風呂がまはガスで、種火を付けてから着火しないといけなかった。
この家のバスルームがそんなのではないことは解るけど、それがどんな物なのかさえ想像すら出来ない私だった。
(バスタブを磨く何かあるのかな? それとも全自動だったりして……)
確か二十時間風呂、なんてのもあったと記憶している。
風呂のお湯を巡回して、キレイにするタイプだ。
私は忙しくなると思いながらも、下らないことばかり考えていたのだった。
それでも私は、この家に置いてもらうために精一杯頑張ろうと決めていた。
(さあ、キッチンへ向かうぞ)
私はやたらと力んでいた。
でも、張り切ったのも束の間。
引っ越し蕎麦の出前が届けられた。
「引っ越しと言えばこれだろう。気を利かせて頼んでやっておいたよ」
大君が得意そうに言った。
「流石気配り上手。松宮高校のムードメーカーだけのことある」
私は料理する時間を取られなかったことを感謝していた。
だってきっと、私の料理なんて食べられたもんじゃないよ。
私はそれを自覚していた。
だからボロが出ないように、庭の管理に逃げたのだった。
でも、此処に置いてもらう以上料理はならなくちゃいけないと思っていた。
(ねえ、直樹君。何が好きなの? 直樹君の好きなものなら私何でも頑張っちゃうよ)
私は直樹君の顔を見つめた。
「そこ、イチャイチャしない」
秀樹君の鋭い突っ込みが入った。
「そんな言い方止めてくれよ兄貴。これから風呂に入って寝るって前に」
「お、ルームシェア宣言か?」
秀樹君の指摘に直樹君は固まった。
「あっ、そうだ。お風呂ふったてておきます」
私は動揺を隠そうとして慌ててバスルームへ向かった。
お風呂に行って驚いた。
だってボイラーが外にあるなんて見たこともなかったのだから。
湯船を洗ってスイッチオン。
それだけで終わる。
食事の後、一番先に入れてもらった。
一坪もないような狭い自分の家の浴槽を思い出した。
「陽菜ちゃんごめんね」
私は今日の出来事を思い出して、出会えなかった友人に謝っていた。
女性の片想いの相手だった。