長尾直樹side
最終章は直樹の本音。
恋に気付いた瞬間。
君を守りってやりたいと思ったんだ。
まだ中途半端な俺だけど……
まさか、中村さんが忍冬の君だったなんて……
『あれは五月の最終日曜日にゴミゼロ運動に参加していた時だったな』
俺はその後に続いた中村さんの言葉で、その事実を確信した。
あの時の少女の髪は、今の中村さん同じように赤っぽかった。
染めているのかと思ったくらいだ。
俺には新鮮だった。
だからすぐに見つかると思っていたんだ。
でも居なかった。
学校にも、近所にも。
だから俺……
すっかり忘れてた。
だから美紀に全力でアタック出来たのかも知れない。
俺は美紀を本気で愛してた。
親父に取られたくない一心で、必死になっていた。
大や兄貴達と猛アピールを繰り返していた。
だって、今まで妹だと思っていた美紀が戸籍上の母親になるんだよ。
それだけは……
阻止したかったんだ。
美紀が兄貴や大を選ぶなら目も瞑ろう。
だけど、親父と肌を合わせる美紀なんて想像するのもイヤだったんだ。
俺は知っていたんだ。
本当は解っていたんだ。
美紀が、どんなに親父を思っているかを。
アイツの態度を見れば判るよ。
俺達三人なんて眼中にないことが……
それでも俺は諦めたくなかったんだ。
美紀を親父に取られることを阻止しようと躍起になっていた。
大も兄貴も多分同じ気持ちだと思う。
親父以外なら誰でも良かった。
勿論俺を選んでくれたなら最高だったけどね。
バレンタインデーの夜、親父の本音を聴いた。
『美紀ー。俺だって抱きたいんだよー! どんなにお前を愛しているか、この体を引き裂いて見せたいくらいだ。でもそれをしたらダメなんだ。もう元に戻れなくなる……』
声を絞り出すように言った親父。
その言葉が切なすぎて、親父を地獄から助け出せるのは俺達しか居ないと判断したんだ。
だからフラれているくせにまだアタックするつもりにさせたんだ。
だから今更言えない。
ずっと君を捜していたなんて言えるはずがない。
だって中村さんは、俺が美紀にぞっこんだった事実を知っている。
あの時には卒業していたとしても、同じ高校だったから噂は耳にしたはずなのだ。
でも何故高校時代に気付かなかったんだろう?
全校生徒の中でもあの赤毛は目立つ存在だったはずなのに……
答えなんて出るはずがない。
俺はあの時、完全に忘れていたのだから……
病院の横の道で、少し赤みを帯びた髪をそよ風になびかせながら佇む少女がいた。
それが中村さんとの出逢いだった。
俺が入学した時、中村さんは三年だった。
だから忍冬の君と名付けた人と結び付けられなかったのだ。
生徒会長に立候補したのは兄貴の一言だった。
『直樹君……、直樹君はどうしたいの? 自分を目立たさせたいの?』
中村さんの質問に頭を振った。
その後で何故生徒会長に立候補したのかと言う話題になった。
『秀樹君が、直樹君に強引に押し付けたのでしょう? 野球部のために一肌脱げとか言って』
中村さんはその後でそう言った。
まさにその通りだった。
でも中村さんにはママが憑いている。
知っていて当然と言えばそれまでだけど……
『でも、生徒会長に立候補した時の直樹君格好良かった。私ハート毎持っていかれた』
中村さんの言葉を俺は聞き流していた。
中村さんは俺に告白してくれていたのだ。
何を言っても言い訳になってしまう。
あの時……
美紀に血の繋がりないと知って、恋に狂った事実は変えられないのだ。
俺は、本当に美紀を愛していた。
だから美紀がママ憑きだと知ってからも攻めたんだ。
親父との結婚式を阻止しようと躍起になっていたんだ。
美紀にママが憑いても結婚しようとしていた俺だ。
もし中村さんに……
想像したら怖いけど、中村さんも愛せるはずだ。
そう。中村さんは俺の初恋の人なのだから……
俺は沙耶叔母さんから聞いていた。
青春十八切符で、熊谷から新潟まで海水浴に行ったことを……
その翌年。
俺達家族も行くことになった。
でも平成十六年十月二十三日に起きた新潟県中越地震の後、鯨波号は廃止になった。
海水浴場である鯨波駅の次の駅が壊れたからだ。
だから俺達は会えなかったのだ。
それも運命の悪戯なのだろうか?
『俺が大阪の大学も受験したのは、もしかしたら美紀ちゃんが来るかも知れないと思ったからだ。親父さんがアレコレ悩んだ末に、爺さんに託すと踏んだんだ』
『つまり抜け駆けか?』
『可笑しいと思ったんだよ。関東地方の大学ならいざ知らず、何で大阪の大学まで受験生したのかって』
大の言葉を真に受けて、一触即発状態になり始めていた。
どうやら大は兄貴に言ってはならないことを言い出したようだ。
大のやつ。
勝ち目は自分にあるってずっと思い込んでいて……
確かにクリスマスの時に大を呼んだ親父にはその腹積もりだったようだけど。
親父が美紀との馴れ初めを話し始めた時もそうだった。
それは中村さんに真実を知ってもらいたくて取った行動だった。
『あれは珠希の誕生日だった。朝起きてキッチンを見たら珠希が居たんだ。俺は驚いて、ドキっとした。俺は珠希が忘れられずに魂になってでも逢いたい。そう思っていたからね。だけどそれは束ね髪をほどいた美紀だったんだ』
『私は悩んでいたの。小さい頃からパパが大好きだったから。どうしてだか解らないの。ただ愛されたかったの。でも何時もパパの隣にはママがいた。苦しくて苦しくて仕方なかったの。それが、ママの死後もっと苦しくなったの』
『それは珠希が美紀に憑依したからだった。珠希は俺を天国に逝かせなくするために美紀の体に入り込んだんだ』
『私は花火大会の日にそれに気付いたの。だから美紀ちゃんとお義兄さんを結び付けようとしたのよ』
パパの話しをフォローするかのように沙耶叔母さんが言った。
『それでも俺は決意出来ずにいたんだ。大君に託すのが一番いいと思って……』
『やっぱり。それなら何で結婚したんだ。俺は今でも美紀ちゃんが大好きなのに!』
パパが苦しい胸の内を話しているのに大は吠えていた。
『直。お前はいいよなー、中村さんがいて。そうだ中村さん。直なんか辞めて、俺と結婚しよう。まだ籍にも入ってないんだろう。今からでも遅くはない』
その上、中村さんの前でも悪態ついていた。
『大君辞めて。みんな私の責任なの。恨むなら私を恨んで』
大の気持ちは判る。
でも、だからといって美紀に抱き付くなんて。
俺がパパに本当のことを言わなかったら、どうなっていたのやら。
あの時の美紀の告白は、正直言って……
もし中村さんにママが本当に憑いていても気持ちは変わらない。
そんな思いにさせてくれた。
元々、大阪を出発する時点で腹は決まっていたけどね。
いやはや、ママらしいと言うか、中村さんらしいと言うか。
でも……
不思議なことにどんどん俺の中で愛しさが広がっていったんだ。
それに反比例するように怖さは無くなっていた。
結婚したいと思ったのは、あの日の朝だった。
中村さんの告白に心が突き動かされたのかも知れない。
中村さんを守ってやれるのは俺だけだと思ったからだった。
そう……
どんなことがあっても迷わないと決めたんだ。
たとえ中村さんに誰が憑依していたとしても、パパみたいに全身全霊で愛そうと思ったんだ。
俺と秀樹が寝ていた二段ベッド。
つい懐かしくなって気付いたら爆睡していた。
中村さんを放っておいたままで……
慌てて下に下りると秀樹のベッドで中村さんが眠っていた。
申し訳なくて、そのままで待つことにしたんだ。
でも一つだけ悪戯した。
朝と勘違いさせたくて部屋にある全部の電気を煌々とつけたんだ。
一刻でも早く目覚めてほしかったからだ。
それはもう限りなく翌日に近かったのだ。
だから焦ったんだ。
俺達はその夜に結ばれた。
まだぎりぎり初夜だったんだ。
でも、中村さんは兄貴のベッドで眠っていたせいで朝だと思ったみたいだった。
全部俺のせいだった。
だからワザと点けたままにした。
明るい中で中村さんを見つめてみたかった。
子供の頃、見つけ出せなかった初恋の人が今目の前に居る。
しかも、俺を愛してくれている。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
だから……
中村さんと……
ママが憑いていると承知の上で結ばれたんだ。
しかも激しく……
ママへの憎しみも愛も込めて……
中村さんがどんなに悩み苦しんだか判る。
でもあの状態でママ憑きだとか言えるはずがなかった。
益々混乱するだけだと思ったからだ。
家のママは、美紀を思うがままにコントロールした人だよ。
そんな恐い存在なんだ。
でも、俺は知っている。
パパを助けるためだったんだ。
生死の境をさ迷っていたパパまで俺達から奪いたくなかったんだ。
だからママに見せ付けてやりたかった。
成仏させてやりたかったんだ。
本音は、俺と中村さんの愛の時間を邪魔してほしくなかっただけだけど……
実は中村さんにはまだ内緒なんだけど……
どうやら中村さんの父親は美紀のじっちゃんの息子かも知れないそうだ。
中村さんの髪の色と、亡くなった父親出身地で勘繰ったようだ。
だから、結婚祝いが大金だったんだ。
じっちゃんは秩父巡礼の時に外国の人に恋をして、プロポーズしたそうだ。
でも巡礼中に居なくなったんだって。
後で解ったそうだけど、その人は峠道で何かに驚いて足を滑らせたらしいのだ。
頭を打って記憶喪失になった彼女は、じっちゃんとの間に出来た胎児を身籠っていた。
それが中村さんの父親だったのだ。
DNA鑑定は結婚式の時に流した涙だった。
ほぼ……
間違いないそうだ。
中村さんに良く似た赤っぽい髪の女性で、病院に運び込まれた時には所持していたパスポートは無くなっていたそうだ。
実は、じっちゃんが預かっていた荷物の中にあったんだそうだ。
だからじっちゃんは必死に探したそうだ。
その女性は記憶のないまま、男の子を出産した。
切迫流産の可能性もあって、ずっと日本を離れることが出来なかったようだ。
その女性の子供が中村さんの父親だったのだ。
その後で入国した時の書類の国に強制的に帰されたのだ。
産まれた子供を引き取ったのは、女性を助けた人だった。
中村さんは美紀と同じじっちゃんの本当の孫だったのだ。
中村さんはまだその事実を知らないけど、じっちゃんは中村さんにあの家を渡すことにしたそうだ。
本当は美紀に渡すつもりだったけど、諦めたんだ。
だって、パパと美紀は運命で結ばれたんだから……
俺と中村さんのように……
それでも、ママ憑き女性はこわいよ。
美紀だなけじゃなく、中村さんまでもパパに取られそうだから……
本当に、出ていってくれてありがとう。
おかあさんといっしょ。
なのは美紀だけにしてほしい。よね。
本当は美紀からも出て行ってほしいけどね。
美紀なら大丈夫。
俺のように全身全霊でパパを愛せるから……
だから心配しないでね。
こう言ったらなんだけど、ママはお邪魔虫で恐い存在なんだ。
幽霊だから怖いんじゃない。
何でも自分の思い通りにしてしまうからだよ。
蟷螂嫌いな中村さんにあんなことさせて……
庭にいっぱい溢れたら、きっと悲鳴の嵐だよ。
ママのお陰で少しは慣れたけど、やはり俺もあの釜は恐いんだよ。
お願いだからもう一度戻ってきて、始末してから出て行ってほしいよ。
完。
これで終わりです。




