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珠希の七回忌

何故だか、珠希さんの七回忌に出席。

 父が生きていた頃も母は直樹君のお父さんに恋い焦がれていたのだろうか?

父が病の床に伏せっている時も思っていたのだろうか?



でも幾ら考えても、父を看病する母の姿しか思い浮かばなかった。



父は長患いをしていた。

本当は何時死んでも可笑しくない状況だったのだ。

母は一日一秒でも長生きしてほしいと思いを看病していたのだ。



『忍冬のように、二人仲良く生きて行ってほしい』

あの、父の言葉も真実だった。

私は考え過ぎているだけなのかな?



確かに母は秀樹君と直樹君のパパさんの大ファンだった。

いや、今でも大好きなはずだ。

だからあのごみゼロの日に陰から見ていたのだ。

それが私と直樹君との出逢いのきっかけとなったのだ。

感謝しているけど、心苦しい。

母の好奇心が大元だったことが……





 久しぶりに母娘水いらず。

たっぷり甘え、たっぷり話した。

母の手料理は美味しくて、ついつい箸が進んだ。

でも……

一つだけ引っ掛かる。

大阪で作っていた料理が無いのだ。



(私は誰からあの料理を習ったのだろうか?)

ふと、そう思った。





 種火のお風呂のことはすっかり忘れ、私は自動でふったてるバスタブに浸っていた。

だから狭くて仕方なかった。



(何時か母にも大きなバスルームでのんびり過ごさせてやりたいな)


そう思いながら、肩まで湯船に浸かった。



『お母さん。美紀ちゃんのお祖父さんの家凄い大きいの。私が直樹君とシェアしている部屋だって、このアパートより広いんだから』


さっきそう自慢した。

まるで其処が自分の家かのように……

母は何も言わずに嬉しそうに笑っていた。



(その笑顔はきっと私のためね。ありがとうお母さん、ありがとう。ごめんね、それでも私……本当のことが言えないの。だて私は何も知らないんだもの。何故大阪に居たのかさえも未だに把握していないのだもん。本当は辛いんだ)

だから母には言えないのに、母は何も聞かずに私を受け止めてくれる。

だから尚更虚しいんだ。





 夜具に足を入れた途端に母の優しさを感じた。

布団が温かかったのだ。



今日帰ることは連絡していた。

でも、そんなことでは計り知れない思い遣りで溢れていたのだった。



(ありがとう直樹君。私もうお母さんに嘘は言わなくても良いんだね。でも、又大阪に行きたいなんて言えないね)


私は母の優しさに包まれながら眠りに落ちていった。





 直樹君の母である、珠希さんの遺影が飾られる仏間。

襖は全て取り払われていた。

何時もなら、直樹君のお父さんがトレーニングをしているリビングと一体化していた。



――ピンポーン。


さっきアパートの玄関のチャイムが鳴った。


急いでドアを開けたら直樹君が立っていた。



『迎えに来たよ』

直樹君はそれだけ言った。


そしてそのまま此処へ連れて来られたのだ。



何も聞かされていなかった私は、いきなりのことで舞い上がっていた。



(そうだよね。美紀ちゃんのお祖父さんに謝らなければいけなかったんだ)

そう自分に言い聞かせた。



読経が流れる中に、すすり泣きが聞こえる。

珠希さんの妹の沙耶さんだった。


私はこの沙耶さんには何故か見覚えがあった。





 『あれっ、もしかしたら紫音ちゃん?』


さっき、いきなりそう言われて考え込んだ。



(あっ、そうだ。母と同じ職場だった沙耶おばさんだ)


おばさんと母は保育園時代からの親友だったのだ。

だから私は顔を見知っていたのだった。



私を青春十八切符で鯨波海水浴場へ招待してくれた人だったのだ。



(あっそう言えば確か、直樹君のお父さんとも保育園時代の同級生だと言っていたな。えっ、ママさんの妹だったの?)


私は、そんなことも知らずにいたのだった。





 昨日は此処へ私も出席するなんて直樹君から聞いてもいなかった。


だから私は余計に緊張していたのだ。



『もしかしたら沙耶おばさんですが?』


私の言葉に沙耶さんは頷いた。



「お久し振りです沙耶おば様。その節は色々とありがとうございました」


私は深々と頭を下げた。



「知り合いだったの?」

直樹君が聞いた。



「母と同じ職場の方です。鯨波号で熊谷から海水浴場へ行ったこともあるほど、仲良しなんです」



「えっー!?」

直樹君が大声を張り上げた。





 直樹君の家は駅から少し遠い。

なのに私はあの日この前の道を歩いていた。


それが不思議でならない。



だって、引っ越し用のコンテナに乗り込んでいたんだよ。

この家の前で?

それしか考えられないんだよ。



『目が覚めたら大阪だったの。引っ越し業者の人に攻めらて、直樹君のお母様から頼まれたって言い訳したの』


昨日遂に告白した。

私は一世一代の決意だったけど、直樹君はあまり驚かなかった。

それが何なのか、まだ私は知らずにいた。





 直樹君の家族と私の母は近くの寿司屋にいた。


七回忌の法事の後の食事会だった。


何故母が其処に居るのか解らない。

誤るのは私一人でいい。

そう思っていた。



地域で一番大きな病院の近くだから私もこの店の前は良く歩いていた。



(あの日も確か……)


でもどうして直樹君の家の近くに行ったのかも解らない。


私は一体どうしちゃったんだろうか?



「皆様、母の法事にお集まりいただきましてありがとうございます。早いものでもう七回忌なんですね」


秀樹君が立ち上がり、挨拶を始めた。



「母は凄い人でした。俺はそんな母から根性を貰いました。だからこのままでは終わりません。必ずプロ野球選手になってみせます」


みんな拍手喝采を送る。


そんな中で直樹も立ち上がった。





 「皆様、母の七回忌にご臨席を賜りありがとうございました。秀樹はああ言いましたが、俺はプロ野球に行く気はありません」


直樹君の発言に注目が集まる。

秀樹君の睨んだ視線に私は凍り付いていた。



「勿論秀樹は支えます。出来る限りやってみます。でも秀樹と違って俺には実力はありません。だから、今の仕事を頑張ります。俺の夢は、コーチのようになることです。そのために通信大学に通い、大と同じように先生になる勉強を始めました」


直樹君は苦しみながらも自分の進むべき道を既に見つけていたのだ。





 「秀樹のいう通り、母は凄い人でした。でも俺はその母以上に凄い人を身近な人に感じています。俺はその人が好きです」


直樹君はそう言うと、私の隣にやって来た。



「中村紫音さん。俺と結婚してください。この場で、皆様の見守る前で貴女と結婚式を挙げたいんです」



(け、結婚!?)

あまりの出来事にどうすることも出来ない。

私はただ唖然としていた。



「何事にも一途な貴女に惚れました。これから先何が俺達を待っているか解らないけど……、俺は貴女と共に居たい。貴女の傍で笑っていたい」





 何をどうしたら良いのか解らなくて、頭の中は真っ白だった。


口の中が異常に渇き、手が小刻みに震え混乱した頭を整理出来ない。



私は落ち着こうと、上がりを口に運んだ。



そんな私をアイツは抱き締めてた。


嬉しくて仕方ない。


でも私は意識もしない行為に出ていた。


恥ずかしくて、私は直樹君の手をはねのけていたのだ。



その時気付いた。


手にも力が入らない事実を。





 私は大好きな直樹君に抱き締めるられる結果になって、ただ震えていた。



足がガクガクと震え、歯もかち合わない。

放心状態のままで其処にいるしか手立てはなかったのだ。



直樹君のプロポーズは勿論嬉しい。

でも私は自信がない。

料理も出来ないのだ。



大阪にいた時は嘘がバレないようにと無我夢中だった。

だから何とかなったのかも知れない。



「私は直樹君のお嫁さんになる資格もない。料理も出来ないし、掃除だって……」



「そんなもんは二人でやればいい」

直樹君が言っている。


私はただ呆然と聞いていた。



「俺は今すぐ皆が見ている前で結婚したい」






 私はすぐ母に導かれ、階段隣の更衣室に連れて行かれた。

其所には白い喪服が置いてあった。



「珠希さんの唯一の花嫁道具だったそうよ」



「白い喪服は、一生この人だけを愛します。っていう意思表示なのだそうだ。でもこれは俺の気持ちなんだ。俺はどんなことがあっても、中村紫音さんだけを愛すると誓います」

直樹君が、膝ま付く。


そして私の手を取り口付けた。



白い喪服。

母の憧れだった少女漫画のヒロインが婚約者の死を知り、葬儀の際にそれで現れた。


アニメにもなり、再放送で何度も聞かされた逸話。珠希さんも憧れて、それを選んだのだ。



結婚式の衣装が喪服だなんて縁起が悪いとも言われた。

でもママさんは自分の意思を貫いたのだった。





 その時、大君と秀樹君が顔を出した。



「俺達も一緒だってこと忘れないでよ。イチャイチャされちゃ、たまったもんじゃない」

二人はそう言いながら、席に戻っていった。



「あぁ、びっくりした。どうして大君が……」



「ごめん、俺が呼んだんだ。これからの二人のこともあるからね」

直樹君はそう言いながらウィンクをした。



結婚式は古式ゆかしく三三九度。

神前より仏前よりシンプルな人前結婚式。

それは想像も夢も敵わない、物凄く温かいスタイルだった。





 「俺の両親もこれだけだったんだって。でも物凄く仲の良くて……だから、俺もこのスタイルが良いって決めていたんだ。ごめんね、何の相談もしないで勝手に決めて」


直樹君はそっと私の頬に手を持っていった。

そして私の顎を少し上げると、自分の唇を私の唇に重ねた。





 泣けてきた。

ただ無性に泣けてきた。


私の大好きな直樹君が、私を選んでくれた。

プロポーズもなくいきなりだったけど、結婚してくれると言った。

一生大事にするとママさんの七回忌の法事の席で、皆の前で誓ってくれた。



(ありがとう直樹君。こんな出来損ないの私を選んでくれて……)


そう思うだけで自然と涙になる。

喜びの嬉し涙になる。

私はただ直樹君に抱き締められながら泣いていた。





 「お母さん嬉しいよ。アンタが直樹君のお嫁さんになってくれて、これでやっと……、でも沙耶さん。私達はトコトンついてないね」


母が突拍子のないことを言う。

沙耶さんは慌てて、母の口を塞いだ。



「えっ!? 何?」


私はこの二人の行動がヤケに気になった。

でもそんな時に割り込んで来た人がいた。



それは美紀ちゃんのお祖父さんだった。



《その髪は?》



「あっ、天然です。父は黒かったそうですが……」



「この子の父親の遺伝らしいです。母親は外国の方だったそうです」



《生まれは?》



「あっ、秩父です」


その言葉を聞いて、美紀ちゃんのお祖父さんは考え込んでしまったのだった。



この赤毛にどんな意味があるのか解らないけど、私は運命的な何かをこの時感じ取っていた。





 《それで、その外国の人は今何処に?》



「国に返されたと聞いています。母親は秩父を遍路中に何者かに襲われ、妊娠させられたようです」



「遍路中に妊娠?」

そう言ったのは沙耶おばさんだった。



「草むらで蹲っていたところを地元の方に発見させたそうです。切迫流産の可能性があって、入院を余儀なくされていたそうです」



「そう言えばアンタトコの旦那さんも若死にしたんだったわね。苦労したね」

そう言いながら沙耶おばさんは泣き出した。



「でも、幸せだったって言ってましたよ。彼女を助けてくれた方がいい人で、帰国する時に彼を養子にしてくれたんです」



「私、秩父のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが大好きなんです」



《何故一緒に帰国しなかったのですか?》



「実は、彼女は記憶を失っていました。よほど怖い思いをしたのだと思います。だから養子……」



「うぇーえー」

美紀ちゃんのお祖父さんが、声にならない声を上げた。






思いもかけないプロポーズだった。

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