大君の夢
大君が夢を語ります。
私は大君を誘って、草ボウボウの裏庭でパーマカルチャーを試してみることにした。
パーマカルチャーとは、自然農法の一つだ。
以前テレビで、その農法で成功した農家の直売場が紹介されていたのを見たことがあった。
それでこのやり方を知ったのだった。
「これはパーマカルチャーって言うの」
私は釜を手に取った。
「まず草の根を鎌で切った後に種を撒いて、上に刈った草を乗せておくのよ」
「後は?」
「何もしなくて良いの。水もあげなくても、立派な野菜のが育つの。上から掛けた草が保湿の役割をしてくれるから……」
「へーえ」
「自然農方の一つなの。一番向くのはレタスかな? レタスには虫が付き難いからね。だから最初はこれからやったらいいの」
「これだけで野菜が育つのか?」
「そうよ。凄いでしょ。テレビでやっていたから覚えているの。だって、物凄く印象深い農作業だと思わない?」
私は大君にイエスの答えを聞き出そうとしていた。
次に、土の袋を倒れないように工夫してフェンス横に並べていった。
その袋の上部のパックをギリギリに切り、穴を掘りじゃがいもを入れてから土のを掛けた。
大君はじゃがいもに興味津々だった。
「こんなんで本当に出来るんか?」
「母は毎年遣ってるよ」
(あれっ!? 母は毎年遣っている? おかしいな、本当に遣っていたのかな? 何であんなこと言ったのだろうか?)
見よう見まねにしてはおかしい。
私は一体誰からこれを習ったのだろうか?
(そう言えば、私のお母さんは毎年野菜を作っていたな? 一体何を使って遣っていたのかな? あれっ、思い出せない。私本当にどうにかなっちゃたのかな? 何であんなことしたんだろうか?)
おかしい。
絶対におかしい。
私は一体誰から?
この方法を教えてくれたのは誰?
「ねえ、凄いと思わない?」
それでも私は大君に向かって得意気に言っていた。
「思う思う。それに、この薯の栽培方法も画期的だね」
「解る? だろうと思った。そうだ。レタスだけじゃないのよ。春菊も虫が付き難いので、パーマカルチャー向きだと言えるの」
私は得意になって、知識自慢を始めていた。
ホームセンターに行ったら、時期遅れの種芋が大幅に値段を下げられて売っていた。
私はそれと一緒に土の小袋を大量に購入した。
何に使うのか全く判らないのだけど、袋プラス一の杭も購入していた。
じゃがいもは別にして、それだけは大君に頼んで配達してもらった。
だって軽トラ無料なんだもの。
これを使わない手はないと思ったんだ。
ギア付き自動車を運転出来る免許証を取得していた大君に感謝感激の瞬間だったんだ。
捕球ネットや他の野球の荷物も一緒に荷台に積み込まれた。
本当はそれがあったから大君が言い出したことだった。
私はそれに便乗してしまったのだった。
もし軽トラが借りられなかったら、私はどうやってあの土を運ぶつもりだったのだろうか?
あの時は本当に何をしたいのかが解らなかった。
でも、今なら判る。
私の頭の何処かに、きっとあの映像が刻み込まれていたのだ。
それしか思い付かない。
だからそれ以外考えないことにしたのだ。
私はどうやら、物凄く楽天家だったようだ。
早速下側に穴を開け、上部中を少し切り離した。
中に穴を掘りじゃがいもを植える。
これで夏前には新じゃがが食べられる予定だ。
「後三ヶ月もしたら美味しいカレー作るね」
私はそう言いながら余っている袋に男爵薯を埋め込んだ。
見よう見まねで大君も手伝ってくれた。
だから思いの外早く済んでしまったのだった。
次は土袋が倒れない工夫だ。
応急措置として土と土の間に杭を打っていくことににした。
(えっ!? このための杭だったの?)
そうは思っていても、私はそれを天才の成せる技だと思ってしまっていた。
「凄いね。流石マ……」
そう言ったまま大君は固まった。
「流石マって何?」
「いや、何でもない」
慌てて打ち消す大君の様子がおかしい。
「家のママのこと? もしかしたらママに教えてもらったと思ってる?」
私の言葉に慌てて大君が頷いた。
「でも、端にはもう少し杭を打った方が良かったかもな?」
「本当だ。私は 袋の数に一を足しただけだった」
「そうだろ?」
大君はそう言った後でビールの入っていたケースを横に置いた。
「はい、応急措置完了」
「大君凄い」
私は思わず大君に飛び付いた。
「うわあー」
大君は逃げ出した。
「えっ!?」
大君のその行為は私に更なる疑問を投げ掛けるきっかけになった。
(私、なんで大君に飛び付いたの?)
幾ら考えても解らない。
だって私は大君を松宮高校野球部のムードメーカーくらいにしか思っていなっかたのだ。
(私だってビックリなんだから、大君だって驚くはずだな)
私は頻りにさっきの行為を反省していた。
「大君。驚かせてごめんね。もうしないから……とにかく此処に来て」
「本当にもうしない?」
「うん」
そうは言っても補償はない。
私は自分が何をやらかすのか把握出来ない心理情態だったのだ。
「さっきは驚いた?」
「うん。でも逃げるほどでもなかったな。ごめんね中村さん」
「大君が謝ることじゃないよ。本当に私どうかしてた」
「解るよ、その気持ち」
大君は何故だか遠い目をしていた。
(解るよって、一体私の何が解るのかな? 教えてほしいな。だって私にさえ、私のことが判らないのだから)
私は大君の次の言葉を待っていた。
「俺は美紀ちゃんの夢を知っていた」
「中学の体育教師だったっけ?」
期待していたのとは違うけど、話を合わせることにした。
「だから、俺も先生になろうかな? なんて思っていたんだ」
「先生になるために教育学部に入学するのよね。美紀ちゃんが結婚したら目標が擦れわね」
「うん。俺は美紀ちゃんと大阪に住みたかった。だから此処に来たのに……」
大君は泣き声だった。
(そんなに美紀ちゃんのことが好きだったのね。きっとあの二人も……)
「中村さんが直を選んだ時、正直助かったって思ったよ」
「あらっ、そんなに私が嫌い?」
「違うよ。俺には時間が必要なんだよ」
大君が悲しそうに俯いた。
「俺は此処に来る少し前に図書館に行ったんだ。そしたらリサイクル図書ってのをやっていて、『学校の先生になるには』って本を貰ってきたんだ」
「リサイクル図書って言ったら無料だよね。やったじゃない」
「でも読んでみて、教師がいかに大変かを知ったんだ」
「そりゃ、教師に限らないんじゃない?」
「俺、本当に甘く考えていた。だからその考えを変えないといけないんだ」
大君はその時に貰った本を私に見せてくれた。
「これ、相当古いね。なるにはシリーズに保母ってある。今は保育士なのにね」
「しょうがないよ、ただなんだから」
「処分するより役立てる人がいるかも知れないからね」
「うん。俺の役にはかなりなりそうだ」
「どれどれ……」
私は何気に中を開いてみた。
すると、なるにはコースにヒットした。
「私は子供の頃からずっとお花屋さんになりたいと思っていたの。でもそれには専門学校で資格が必要だったの」
「えっ!? 花屋で働くにも資格がいるんだ」
大君は驚いたようだ。
「専門学校ってお金掛かりるの。入学金やらで百万円くらいだったかな」
「えっ、そんなに?」
大君は黙ってしまった。
「私は一年間で卒業出来るフラワーデザイン造形科を受験してその資格を取ることにしたの。卒業すればフラワーデザイン三級や装飾技能士三級の資格が与えられるからね」
「もしかしたら、それが花屋さんで働くためにどうして必要な資格だったんだね」
「そうよ。でも、教師になるのも大変なんだね」
私はその本に目を通しながら言った。
「中途半端な気持ちでは喜びは得られない。か?」
「俺は、ただ何となく教師になろうって思っていたんだ」
「美紀ちゃんと一緒になりたくて。かな?」
「秀や直みたいに野球のセンスもないからね。プロポーズするにはてっとり早いと思ったんだ」
「でも、美紀ちゃんは揺るがなかったのね?」
「絆って解る? 家畜などを繋ぎ止めておくための綱なんだって。情にほだされるのホダはホダシって意味で、やはり絆って書くんだ。つまり束縛らしいんだ。美紀ちゃんも縛り付けられていたのかも知れない」
「えっ、誰に?」
「まあ、色々とね」
「家族のために食事を用意するだけでも大変なのに、ソフトテニスの部長もやっていたからね」
「あれっ、何で知っているの?」
「あっ、何となくね。三つ子だからかな? 松宮高校で目立つ存在だったことは確かだもの」
「それに親父が……」
「平成の小影虎だもの。余計に目立つわね。でもまさか育ててくれた人と結婚するなんて、本当に信じられなかったんじゃない?」
「うん。アイドル系プレレスラーがライバルじゃ、俺達に勝ち目はなかったんだ。あれっ!? 何で知っているの?」
「だって、私な……」
其処までで止まった。
私は、直樹君に恋していることを大君に打ち明けるところだったのだ。
(危ない、危ない)
私はポーカーフェイスを装うことにした。
「『だって、私な……』その続きは?」
大君がいたずらっ子の目をして聞いてきた。
「何でもないよ」
「怪しい?」
「あの『な』は、直樹君じゃないからね」
私はこともあろうに自分から暴露していた。
「やっぱり直の『な』だったんだ」
大君はクスクス笑い出した。
「だから……違うって」
「中村さんは正直な人だね」
大君は更に笑い出した。
(辞めてこ。直樹君に迷惑が掛かる)
こうなったら認めるしかない。と思いつつも、頭を振った。
「秀樹君はさっき出掛ける時、ネットを壊すなよ。言っていたけど……」
話題を変えようと必死な私は、大君を釣る作戦に出ることにした。
「えっ!? もしかしたら中村さんがトスを上げてくれるの?」
「だって遣りたいんでしょ?」
私の言葉に大君は大きく頷いた。
まずは策略大成功のようだ。
「遣り方教えてね」
「大丈夫。僕が中村さんのボールに合わせるから」
大君はそう言うが早いか、ネットに向かった。
「俺だって本当は野球がしたいんだ。でも、こんな俺を誘ってくれる企業なんてないんだよ」
私のトスを正格にネットに運びながら呟く大君。
「でも松宮高校の殆んどの人が、大君のことをムードメーカーだって言っていたよ。私もそう思ってった」
「止めてくれよ。ムードメーカーなんて買いかぶり過ぎだよ」
「どうして? 私だったら嬉しいけど……」
「そう言われるとこそばゆい」
「でも皆言っていたよ。気配り上手で、状況に合わせられる人なんだと」
「嘘だろ?」
「いや、マジで……聞き上手だから、何でも話せるんだってさ」
私は、松宮高校時代に聞いた、大君へのありのままの気持ちを伝えた。
「だから大丈夫。大君だったら、きっとどんな状況でも乗りきることが出来るから」
「皆に好かれる先生になれるかな?」
「うん。きっと便りにされる先生になれると思うよ。だから、さっきのこと言わないで」
「さっきのこと? あー、もしかしたら直か?」
大君は更に輪をかけて笑い出した。
やはり何かがおかしい。




