元《剣王》が転生したら自分を殺した相手である《竜王》の娘になっていて、最強を目指すつもりが物凄く甘やかされてる話
アイル・ハルベルトという男がいた。
かつて《剣王》と呼ばれ、剣技において彼に並び立つのは《剣聖》と《剣神》しかいない、と。
魔法をあまり得意としないアイルだったが、剣と魔法を合わせた《剣魔術》においては右に出る者はいないとされた。
そんなアイルが死んだのはおよそ二十年前――同じ王の名を持つ《竜王》との戦いに敗れたからだ。
「……」
竜王――ガイゼルの前に立ったアイルは折れた剣を握りしめ、前を見ていた。
もはや視界は霞み、満足に相手を見ることもできない。
その状態でもアイルは竜を倒すために、震える手で、震える足で、一歩を踏み出そうとしていた。
「見事だ。アイル・ハルベルト」
それに対して、ガイゼルはそう言い放つ。
白い鱗が赤く染まっているのは、アイルの剣によって傷つけられたからだ。
大きな眼の片方は傷つき、閉じられたままになっている。
「人の名を覚えるのは久しいな……。アイル、その名を覚えておくとしよう」
「……」
まだだ、まだ俺は負けてない――アイルはそう答えるつもりだったが、言葉にならなかった。
もはや立っているのも奇跡的な状態。
それでもアイルが立ち続けているのは、《最強》の座を目指すため。
(俺、は……)
《剣聖》でも《剣神》での辿り着くことができない境地を、アイルは目指した。
それだけの力をアイルは持っていたからだ。
だが、アイルは人の枠において最強クラスであっても、目の前にいる竜の中で最強の存在には届かなかった。
同じ竜であっても、レベルの差という物が存在する。
アイルは幾度となく竜族と戦ったことはあったが、アイルの力は竜王には及ばなかったのだ。
(まだ、まだ俺は――)
アイルは手を伸ばす。
遠退く意識の中で気がつくと、アイルは何かを掴んでいた。
***
先ほどまで剣を握っていたはずの手が、別の何かを掴んでいる。
アイルはそれを握っては離しを繰り返す。
(……? なんだ、これ。柔らかい――)
「ふふっ、ママの指をそのまま握っていていいんだぞ?」
「……!?」
アイルの視界がはっきりとしてくる。
そこにいたのは、黒い眼帯を左目に付けた白髪の女性だった。
とても優しげな表情でアイルを見ている。
先ほどまで戦っていたのは、左目が傷ついた竜王のガイゼルだったはず――それなのに、気がつけば目の前にいるのは美しい女性だった。
突然のことで、アイルは混乱する。
(俺は、助かったのか……?)
「あうう――っ!?」
喋ろうとしたが、うまく話すことができない。
ガイゼルとの戦いで、アイルは致命傷を負った。
確かに生きていたとしても、まともに話すことができるとは思えなかったが、それとはまったく違う。
脳内に響くのは、可愛らしい赤ん坊のような声だった。
「どうしたんだ、アイル。そんなに驚いた表情をして」
「うあっ!?」
目の前の女性は、アイルのことを呼んだ。
アイルにとってはまったく知らない人物であったが、女性はアイルのことを知っているらしい。
そう思っていたが、次に女性が口にした言葉で、アイルはさらに衝撃の事実を知ることになる。
「ふふっ、良い名前だろう? アイル――この私の左目を奪った男の名だ。人間の名を付けるな、とお前は怒るかもしれないが、いつかその話を聞かせてやるからな」
「……っ!? うああっ?」
(ま、まさか……)
先ほどまで戦っていたはずのガイゼルと同じ髪色。
竜族の最高位ともなれば、人の姿になることも容易だと聞く。
だが、目の前にいる女性がそうであるとは思いたくはなかった。
女性はアイルの身体を持ち上げると、高く天に掲げる。
「お前はこの《竜王》ガイゼルの娘として、お前はこの竜王の名を継ぐ者なのだ。それくらいのことでは怒らないよな」
「うええ!?」
(な、なにぃ!?)
泣き声のような、良く分からない声になってしまう。
アイルはガイゼルの――それも娘として生まれ変わってしまったのだった。
***
《剣王》――それはかつてアイルが呼ばれていた名前だ。
今でもその名を捨てた覚えはない。
剣と魔法を合わせた《魔剣術》を使えば、アイルは竜王に傷を付けることができる。
「ほら、アイル。口元についているぞ」
「いいっ、自分でやるっ」
「まったく、世話を焼かせるな。竜族は五百歳までは幼い子供だ。お前はまだ五歳だぞ? あと百倍は私に甘え続けなければならないのだ」
「な、何で甘えないといけないんだっ」
「いいじゃないか。私の事をママと呼んで?」
「やだっ」
「そんなこと言うなよぅ、アイル」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそんなことを言うガイゼル。
そう――この女性が、アイルが死闘を繰り広げた相手なのだ。
《剣王》アイルの記憶を持って、アイルと名付けられた少女――早い話アイル本人なのだが、とんでもなくガイゼルに溺愛されていた。
まさか自身の娘がかつて戦った相手の記憶を持っているとはガイゼルも思いもしないだろう。
気高く、他人に決して弱みを見せることはない竜族であるにも拘らず、ガイゼルはアイルに対してそれはもうデレていた。
ご飯の時も一緒。
風呂に入る時も一緒。
寝る時も一緒――どこをとっても一緒だった。
まだ五歳の娘なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、アイルの方は気が気でない。
自身の正体をばらすつもりはなく、アイルは再び手に入れた生を持って再び《最強》を目指すつもりだった。
そのアイルの目指す最強の存在が、アイル自身の母になるとは誰が予想しただろうか。
「ご飯食べたら歯磨きしないとダメだぞ」
「わ、分かってる」
「私が磨くからな」
「……っ!? 自分でできる!」
「ダメだ。私がやる」
「や、やめ――ふぐっ」
無理やり歯ブラシを突っ込まれて磨かれる――これがかつて剣王と呼ばれた男の今の生活だった。
竜族は、幼い頃は自身より弱い生物の姿を取ることが多い。
特に子供が成長するまでは、そうして生活するとのことだ。
いかに竜族と言えど、生まれながらに最強というわけではない。
ゆえに、アイルはガイゼルに育てられることになる。
ただ、ガイゼルの話だと五百年はこうして甘やかされるという話だった。
アイルにとってはたまったものではない。
「歯磨きしたら今日は風呂に入って寝よう」
「いひゃだ、まだふぎょうひてなひ」
いやだ、まだ修行してない――そう答えたつもりだが、歯磨きされているアイルの声はガイゼルに届いていない。
「うんうん、私も嬉しいぞ。本当に可愛いな、アイルは」
「いってなひ!」
「いわゆるツンデレってやつだな」
「ちがふっ!」
(ぐぬぬ、絶対こいつをいつか超えてやる……!)
そう固く誓うアイルだったが、今日もアイルはガイゼルに甘やかされる日々は続いていた。
最強を目指す剣士が気付くと竜王の娘になっていて、最強を目指すつもりが竜王に溺愛されまくる話のプロローグ的なもの。




