あの子の未来が幸せで溢れてますように……。
本来投稿しようと思っていた話はまだ作成中なので、なんか投稿しとこと思ってさっき打ちました。掌編並みですけど、これぐらいのもいいですね(自己満ですけど)。
10階建てのビルの屋上、その縁に小学生くらいの女の子がいた。
「どうして死んじゃダメなの?」
飛び降りようとしているその子に対して「死んじゃダメだ」とありきたりな言葉をかけたぼくにその子は言った。
「世間一般的にはダメだから?」
とっさにバカらしい答え方をしてしまう。もっと色々それっぽいことはあるのに。
「世間なんてきらい」
よくそんな言葉知ってるな。でもごもっとも。何も思いつかない。命は大切だ、命を粗末にするな、死ぬ勇気があるなら、死んだってなんにもならない、まだ若いのにもったいない……どの言葉もこんな世界ではなんの説得力もない。
「ほらね。思いつかないでしょ?」
何も言わないぼくに、その子は得意げな顔を浮かべて眼下を覗き込む。
「人がアリのようだ」
「えっ……人がゴミのようだ?」
その子は得意げな顔から呆れ顔に変えてこちらを向いた。
「ちがう、アリ」
言いたいことはなんとなくわかる。
「それがどうしたの?」
「この前パパが言ってた。ていうかいつまでいるの?」
娘の前でなんてことを言う父親だ。なんとなくわかると思ってしまったけど。
「とりあえず君が飛び降りるのをやめるまで」
「なにそれ。今、わたしがぴょんって行ったらどうするの?」
ぼくは少しだけ考えるそぶりをする。んー、なんて言いながらしれっと女の子に近づく。
「それいじょう、こないで」
ピタッと止まる。
「救急車を呼ぶかな」
女の子はわかるかわからない程度に表情を崩す。
「救急車のってみたい」
そんな悠長な状態じゃないとは思ったけど、さすがに言わない。
「まあね」
これ以上、会話を続ける糸口が見つからなくて王道の質問をする。
「そういえば、君何年生?」
「この前2年生になった」
まじか。小2の時のぼくなんて世間なんて知らなかったし興味もなかった。それよりも友達とゲームしたり鬼ごっこしたりすることに精を出していた。
「よく世間なんて言葉知ってるね」
「いつもママとパパが世間世間うるさいから」
それで、世間なんてきらいって言ったのか。一人納得する。
「おにーさんはなんでここにいるの?」
「んー、このビルで働いてたんだけどクビにされた。クビって言っても君にはわからないか。そもそもここにいる理由にもならないな。まあ、君がいるのが見えたからさ」
思わず苦笑いが漏れる。
女の子は柵の通用口からこちら側に戻ってくると律儀にもぼくの前まで来て頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうして君が謝るの?」
なんとなく、これがこの子がここにいる理由にも繋がってる気がした。
「パパの会社だから」
やっぱり。それにしてもーー。
「誰も止めなかったんだね」
「トイレに行くって言った」
単純だけど、その場しのぎには効果的な言葉だ。どれくらいこの子がここにいるのかわからないけれど、もう探し始めているだろう。
早めに帰さないと。
「じゃあ、いってきます」
「気をつけていってらっしゃい、っていうわけないでしょ。そんな軽く言われても困るよ。そもそも気をつけてってなんだよ」
一人で勝手に盛り上がってると、女の子に小首を傾げられた。
「どうしたの?」
「いや。ていうか本当に死ぬ気なの?」
「うん。そうすればママもパパもわたしのことかまってくれるでしょ?」
脳裏には跡形もないくらいにぐちゃぐちゃのこの子の死体に泣き叫びながら覆いかぶさる母親の映像が浮かんだ。申し訳ないがこの子の父親は好きじゃない。
「えっと、死んじゃったら構ってくれてるかもわからないと思うよ」
「そうなの?」
この返しは予想してなかった。
「いや、だって君は死んでるから親が君の名前を呼ぼうが、抱きしめようがなにも感じれないでしょ」
「うん」
理解してくれたようだ。
「それに戻ってみたら、すっごく心配してくれてるかもよ? それを確認してからでもいいんじゃない?」
「うん」
「君、かわいいしこれからいいことたくさんあるかもよ」
「へへ。いろんな人にかわいいって言われたけどおにーさんに言われたのが一番うれしいかも。ありがと」
「あっうん。どういたしまして」
こんなことを言う小2なんてそうそういないだろうな。
「おにーさんにこれあげる」
女の子は自身の前髪を留めていた赤いハートのヘアピンを外すとぼくにくれた。
「いいの?」
「うん!」
「ありがとう」
「おにーさんヘンタイみたい」
にひひ、といたずらっぽく笑う。
「なんて言い草」
ぼくも笑いかける。
「じゃあ、いってきます!」
今度は、屋上に出るドアに向かって走っていった。
「……いってらっしゃい」
女の子が中に戻ったのを見届けて、一息つく。
まさか、屋上に出たら女の子がいるなんて思わなかった。まだ女の子だったのは幸運だったけど。"ヘンタイ"の方の幸運じゃない。断じて違う。
ぼくは、あの子にもらったヘアピンを目の前に掲げる。赤いハートはまさしく心臓に見えた。
ヘアピンを軽く握りしめると、さっき女の子が立っていた縁に自分も立つ。眼下を見下ろす。なるほど、人がアリのようだ。今日が休日だから余計にアリの大群に見える。平日には、それぞれの女王アリのためにせっせと働くのだろう。
ぼくの女王アリーー妻も息子も家も火事で亡くし、仕事も無くなり、お金も無い、そして……生きる気力も無い。今あるのは文字通りこのヘアピンだけだ。ヘアピンを握りしめる。
「きっとぼくのせいでこの会社の印象は悪くなるだろう。それでも、あの子の未来が幸せで溢れてますように……」
握っていたヘアピンを足元に置く。
「ふぅ」
別に、死にたいわけじゃない。だからと言って生きたいわけでもない。ただなんとなく、生き辛い。
下にいる人たちには申し訳ないな。トラウマになるかもしれないし、それこそ当たっちゃったら本当に申し訳ないけど。道連れにするつもりは毛頭ない。どうせなら写真を撮るような奴に当たりたいかな。
「はっ、何考えてんだか」
自分に苦笑する。
じゃあ、逝ってきます。
ゆっくり前に倒れこむ、一瞬の浮遊感、落ちる感覚ーー。
✳︎
女の子がドアを開けて、下に向かって階段を駆け下りてると、下からも駆け上がる音が聞こえてきた。
「幸! どこだ!」
あっ、パパの声だ。
「パパー!」
「幸! 良かった、どこいってた」
「おくじょう。おにーさんに会ったよ」
「なんでまたそんなところに。危ないだろ」
父親が呆れ顔を浮かべる。すぐ「?」という顔つきになる。
「おにーさんってなんだ?」
「おくじょうのおにーさん」
なんだその都市伝説みたいな呼び名は、と父親の表情は雄弁に語っていた。
「こっち」
幸は父親の手を引いて屋上に向かう。
「ママは?」
よっぽど「おくじょうのおにーさん」とやらを気に入ったのか幸はニコニコしている。
「お母さんは下に探しにいってるよ。メール入れといたから、こっちに急いでくるかもな」
今更ながらホッとして父親も笑顔をこぼす。
「心配した?」
「当たり前だろ。お母さんなんて、すごい慌てようだったぞ。なんでまた屋上に?」
相変わらず、ニコニコしたままだ。
「死のうと思ったの」
その表情と言葉のギャップに思わず父親は固まる。
急に立ち止まった父親に今度は幸が「?」の顔つきになる。
「……なんでだ」
父親は幸の両肩に手を置くと、目線を合わせた。
幸はニコニコ顔を引っ込めると、父親の形相に泣きそうな顔になる。
「……か、かまってくれるかもって」
「絶対にもうそんなことするなよ」
「うん」
グスンと鼻をすすった幸の頭を父親が優しく撫でる。
「屋上のお兄さんはいいのか? そういえばヘアピンはどうした?」
「おにーさんにあげた。あとねおにーさんが死んじゃダメだ、死んだらかまってもらえるかなんてわからないよって言ってくれたの」
命の恩人というわけか、父親は「おくじょうのおにーさん」とやらに俄然興味が湧いた。
幸がドアを開けて屋上に出る。父親も娘の後に続いて屋上に出た。
そこまで広くない屋上に人の姿はなかった。幸もキョロキョロと辺りを見回す。
とことこと通用口のある柵に近づく。
「あっ!」
柵の外に出ようとする幸に慌てて近づいて止める。
「おい、何やってんだ。危ないぞ」
「あそこに……」
幸の指差す方向を柵越しに見る。赤いものが落ちていた。
それは、ハートのヘアピンだった。
取りに行こうとする娘をなだめてかわりに父親が取りに行く。
手に取って見ると、まさしく娘のヘアピンだった。
「おにーさんどこ行ったんだろう?」
娘にヘアピンを返しながら、父親も首をかしげる。
幸の言ってることが本当なら、 本当に都市伝説とか〇〇不思議とかになりそうな話だ。
「なんだか騒がしいな」
地上では救急車やパトカーのサイレンが鳴り響いていた。
まだまだ稚拙ですが、いつか長編に挑めたらなって思ってます。どんな些細なことでも指摘や感想もらえたら嬉しいです。