轟音と雑音《ノイズ》と金属の歪む音とでわたしの気分はますます荒んでいくけど、わたしのせいだって決して言わないでね、死にたくなるから
「1000円」
「500円にして?」
「ふざけんな! 1000円だ!」
隣の市の商店街の地階にあるじめじめしたライブハウス。20キロ歩いてたどり着いた頃には前座のバンドは終わり、メインアクターが3曲目をやっているところだった。
民間企業に就職はしたけれども、未成年なので飲み会でお酒が飲めるわけでもない。本来ならば高校新卒の採用枠に中退のわたしをねじ込んでくれた高1のクラス担任は恩人なのだろうけれども、わたしはずっと逆恨みしていた。斡旋してくれなければ食べるのに困るのは自分だという現実には目を向けず、中退・就職そのものが担任のせいだと僻んでいた。「エンタメ、近隣」というネット検索で上位に出たところに遊びに行こうと勝手に自暴自棄になっていた時、なぜかこのライブハウスがトップに出てきた。以来、仕事で疲れ果てた時に足を運ぶようになった。
「死ね! 死ね! 全員死ね!」
どうやらこのライブハウスに出演するバンドは全部このような傾向の暴言を口走るようになってしまうらしい。オーナーの方針なのか、各人の音楽性の問題なのか、よく分からない。もともとロックなど聴かなかったわたしなので、彼らが弾いている楽器がエレクトリック・ギターであることすら知らなかった。ただ、来るたびにわたしは奇妙な自信に満ちて帰ることができた。
「20人しかいない客の前でメインアクターなんて、笑える」
わたしの方がマシだと安心できた。
「カナエ、まだ週の途中だぞ」
オーナーが声を掛けてきた。
「リストラされた」
「へえ・・・」
「・・・何?」
「いや、大変だと思ってな」
「別に。どうせ潰れるよ、あんな会社」
「やけになるなよ」
「ふ。ステージで`死ね!`とか歌ってるのに何言ってんの」
「ありゃ歌詞じゃない。MCさ」
「余計悪いじゃない」
「また見下しに来たのか」
「そのつもりだったけど、わたしの方が ダメ人間だって気がしてきた」
「一杯飲むか?」
ハイネケンの注がれた、汗をかいてぬるそうなグラスを突き出された。
「要らない、酒なんか」
「じゃあ、タバコは?」
「タバコも要らない。何も要らない」
「困ったやつだな」
「オーナーが困る必要ないじゃない。わたしの事情なんだから」
「金ヅルが減る」
「ふふっ、はっきりしてて清々しい」
「だろ? みんなホンネを言わんからな。わかりにくくてしょうがない」
「確かに。でも正直、仕事がなくって」
「キャバクラとかどうだ?」
「あいつと同じこと言ってる」
「誰か知らんがセンスのいいやつだな」
「あーあ。ほんとにそっち系で働くしかないのかな」
「別に悪い仕事じゃないと思うぞ」
「頭ではわかってるよ。でも、根は人と話すのを避けたいわたしじゃ勤まんないでしょ」
「学校入り直したりできんのか」
「金があればね」
「金か」
「金だよ」
ステージ上から一際大きいノイズが聞こえた。
「うるさいっ!」
ロックバンドに向かってわたしは怒鳴りつける。
「話してんだから、静かにしろ!」
怒鳴っても轟音ギターのノイズにかき消される。
まるでこのノイズはわたしの従兄弟だ。




