自宅警備員
ぼんやりと天井を眺め続け、もう三十分近くそうしていたことに気づく。
日吉正樹はゆっくりとベッドから体を起こし、伸びをした。軋むベッドの音にももう慣れた。
部屋を出て、階段を下りる。
「あら正樹。今日は早いのね。ようやく働く気になったとか?」
母にそう言われたが、黙って洗面所に向かった。顔を洗い、歯を磨くために。
リビングでは父と母、二人が朝食を摂っている。
食べる? という母の言葉に断りを入れ、日吉は水を一杯だけ飲み、再び二階の自室へと戻った。
日吉はいわゆるニートだ。働きもせず、毎日家に籠っている。父は何も言わない。
最近は母も当初に比べほとんど文句を口にしなくなった。
それは自分が他のニートとは違うからだと日吉は思っている。
親の金を使って何かを買ったりすることはない。
望めば家の手伝いもするし、買い物にだって自ら車を運転して付き合う。
日吉は何年も掛けて、自分の居場所を作ったのだった。
やりたいゲームをし、読みたい本を読む。
インターネットもするが、自分から書き込んだりはしない。
ニュースや、面白そうなまとめサイトを覗く程度。
生活費は完全に親に依存しているものの、特にあれが欲しいという物欲もない日吉は、今の生活に満足していた。
最近、学生時代にしていたアルバイトのことをよく思い出す。
何度も怒られはしたが、仲間はいい人が多く、楽しかった。
あれが日吉の最も充実していた時期だった。
そして親が死んだ日のこと。
一緒に自分も死にたいが、そんな度胸はない。
五年目にして、ようやく重い腰を上げるときが来たのかもしれない。
そうだとしても、もう三十過ぎになる自分に働き場所があるとも思えなかった。
結局日吉の思考は逃げを選択し、いつも通りの生活を送る。――はずだった。
その夜、父が風呂場で倒れた。脳梗塞だった。
枝分かれするドミノのように、日吉の運命は動き始めた。
父は結局最後まで、働けの一言も日吉には言わなかった。
葬式の日、日吉は声を上げて泣いた。挨拶等は全て母がした。
「正樹君、今何してるのって大変だったよ」
目元を腫らし、やつれた母が葬式の後で日吉に言った。
これからは自分が家族を守らなければならない。
それに面倒臭さを覚えつつも、もう逃げられないと日吉は悟った。
次の日からハローワークに通った。
面接の予定にこぎつけるだけでも大変な労力を必要としたが、家に帰れば母が暖かく迎えてくれた。
それは久しく忘れていた愛情だった。
思いのほか手応えのあった面接を終え、日吉は自宅に向かっていた。
全て正直に話したのが逆に良かったのかもしれない。
笑顔で角を曲がったとき、パトカーと人混みが見えた。眉をひそめ、首を伸ばす。
――自宅だった。
家に強盗が押し入り、母は腹部を何カ所も刺され、死亡していた。
自分が家にいれば。
母を守れたか、一緒に死ねたかもしれない。
日吉は吼えた。