お嬢様との約束
とても広い教室に入ると百五十人くらいの学生が集まっていた。
決まった席なんてないようで、何人かの友達同士で集まって座っているようだ。
前の席より後ろの席の方が人多いけど、大学でも後ろが人気なんだなぁと思わず笑ってしまいそうだった。
「人多いね」
「学部全員揃っての授業だからなー。って、おい、前行くのかよ!?」
「え? うん、せっかくだから」
「って、おい、お前その席は!」
後ろの混んでいる中に、博人さんの友人が集まっていたら多分お喋りに巻き込まれる。そうなったら中身が私であることがばれそうだったしね。
ばれてどうにかなるという訳でもないのだろうけど、何となく止めておこうという気分だった。
そんな中、適当に座っていると隣の席にとてもかわいい人が座った。
お屋敷に住むお人形みたいなお嬢様みたいな人で、女の私でも思わず目が離せなくなった。
少女漫画で綺麗な人がいるとお花が紙面に咲き乱れることがあるけど、まさにそんな感じの雰囲気で花でも咲いているかのような華やかさがあった。
「私の顔に何かついています?」
「あ、ううん、そうじゃなくて、すっごくかわいい人だなって」
「ふふ、お世辞でも嬉しいです」
お嬢様が口を手で隠しながら笑う。
仕草までお嬢様だ。すごいなぁ、本当にこんな人がいるんだ。
でも、あれ? あの指って。
薬指に指輪がついているのも気になったけど――。
「ううん、お世辞じゃないよ。それにその人差し指すっごく綺麗」
「そうですか? 私はあんまり可愛くない指だなと思ってしまいますけど」
「ううん、かわいいし、綺麗だよ。小さい頃からすっごく頑張ったんだって伝わってくる」
「え?」
お嬢様がきょとんとした顔を見せた。素の顔でも綺麗な人は綺麗だなぁ。私とは全然違うや。
「バイオリン小さい頃からやってるの?」
「あら? どうしてそれを?」
「右手の人差し指の第1関節と第2関節の間に弓のタコがあるから。すごい小さい頃から練習してるんだね。いいなぁ。私もバイオリン弾いてみたいなぁ」
バイオリンを小さい頃から弾いていると出来るみたいで、コンクールでそういう人を何人か見たことがあった。
「もしかして、あなたも何か楽器を?」
「うん、私はピアノをやってるんだ。まだまだ先生に怒られることが多いけどね。普段はそんなことないけどコンクールが近いとすごいよ? そんなんじゃコンクールは戦えませんって」
「ふふ、先生が厳しいのはどこも同じですのね」
すっかり意気投合して私はノリノリでお喋りをしていた。
「どんな曲を演奏するのですか?」
「ショパンとかだねー」
「わぁ、すごいですね」
「そうでもないよ。だって、たまには違う曲も弾きたいなーって思うと、そっちの方が楽しく弾けるし」
「ふふ、分かります。息抜きに全く違うジャンルの曲を弾いてしまいますよね」
「そうそれ!」
すっかり周りのことなんて忘れて、私はお喋りを楽しんでいる。
でも、そんな楽しいお喋りの時間はあっという間に過ぎていき、先生が教室に入ってきたことで、お喋りは終わりを告げる。
「えっと、ごめんね。そういえば、あなたの名前知らなくて」
「古手川梓。あなたは紬博人君だよね」
「あ、うん」
そうだった。今の私は博人さんなんだった。
でも、どうせこれは夢なんだし、せっかく出来た友達は私として接しても良いよね?
「梓ちゃん、今度一緒にセッションしようよ。きっと楽しいよ」
「えぇ、喜んで。あ、そうだ。これ私のLINE IDです。演奏する時はぜひ声をかけてください」
「うん。楽しみにしてるね!」
そう言ってお喋りを終えた私は前を向く。
すごいなぁ。大学の授業って黒板じゃなくてパソコンとプロジェクター使うんだ。なんて感動していると、後ろに座っていた太平君が背中をつついてきた。
「お前何してんの!?」
「え? 何かしたの?」
「いや、え? マジ?」
「授業ちゃんと聞かないとダメだよ?」
「え、あ、はい。そうだよな? 授業はマジメに聞かないとダメだよな?」
私の注意に泰平君は引き下がったけど、何かずっと後ろで、えー? とか嘘だろ? とか呟きっぱなしだった。
まぁ、いいや、どうせ夢だし。