この人は誰?
スマートホンのけたたましい目覚ましの音が鳴る。
私はやけに重い身体を伸ばし、音のなる方へと手を伸ばす。
何とか音を止めて手元にスマホをたぐり寄せると、時間は既に八時を回っていた。
「遅刻!?」
七時に起きないと学校には間に合わない。やっちゃったと思って立ち上がると、やけに見える地面が遠い気がした。
あぁ、なるほどベッドの上に立っているからだ。私は布団派だからいつもより高く見えるんだな。
「って、そんな訳ないよね!? ここどこ!?」
見知らぬ部屋に私は立っていた。
使ったことの無いパソコンに、見たことの無い分厚い本と漫画が並べられた本棚。
自分とは全く別の人の部屋だと一目で分かる。
まさか男の人に捕まって何かされたんじゃ? そんな不安に自分の身体を見てみると――。
「……ない?」
胸が真っ平らで足下まで見える。
それに……。
「何かズボンが張ってるんだけど……」
実物はお父さんのを昔見たくらいで、後は保健体育の知識しかないけど、これはやっぱり?
恐る恐るそれに手を伸ばしてみる。
そして、それに触れた途端、私の背筋は凍った。
「何か付いてるんだけどおおお!?」
あれ? 聞こえる声もやけに低い。
私はもしやと思い電源の入っていないスマホの画面を自分に向けてみる。
すると、そこには目を丸く見開いて驚く男の人の顔が映っていた。
驚きのあまり口を手で塞ごうとすると、鏡の中の男も手で口を塞いだ。
「え? この人私? やっぱり男の人になってるの!?」
信じられないけど、この男の人の身体は私の思ったように動いてしまう。
「うぅ……変な夢……」
そう思わないと気がおかしくなりそうだった。
というか、あれ? 何か変な感じが……。何かムズムズするような?
「男の人って……トイレどうするんだろ……」
ふるふると身体が震える。女でも男でも朝起きれば誰だってトイレに行きたくなる。
けれど、私は男の人がトイレでどうしているのなんか全然分かんないし、ズボンを脱いだら見えちゃうよね!?
うぅ、見るのは恥ずかしいし、我慢しないと……。
「やっぱ無理!」
私は我慢出来ずに部屋を飛び出して、目につく扉を片っ端から開けていき、ついに解放されるのであった。
「うぅ……もうお嫁にいかれへん……」
泣きたくなるけど、これは夢だ。私はまだ汚されていない。
「あら? 博人まだ学校に行ってなかったの? そろそろ行かないと遅刻じゃない?」
ショックでうなだれていると、年配の女性が私に声をかけてきた。
博人? そうか、この男の人の名前なんだ。でも、この時間に学校ってもう遅刻じゃないのかな? 学校近いのかな?
「え? この時間で間に合うの?」
「何言ってるの? 昨日明日は二限からだから朝早くに起こさなくて良いって言ったのは博人よ?」
「え? 学校って一限だけ無い日なんてないでしょ?」
「大学ってそういうところなんでしょ? 自分で時間割組めるってすげーって言ってたじゃない」
「私……大学生?」
「どうしたの? もしかして、身体の調子が悪いの? だったら、すぐ病院に検査に行かないと」
「あー! 違うの違うの! すっごく元気! 朝ご飯食べたら学校に行くね!」
私は博人さんのお母さんから逃げるように、階段の下へと降りた。
心臓がどきどきする。なんてリアルな夢なんだろう。
でも、本当にどういうこと? 何で高校二年生の私が大学生の男の人になる夢を見るんだろう?
まぁ、いいか。これで夢が一つ叶うんだから。
とりあえず、この夢を全力で楽しんでみよう。そう吹っ切れたら気持ちが随分軽くなった。