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ズレ始めた日常

 二限の授業がある教室に、俺はおどおどしながら入った。

 警備員さんが見かけたら挙動不審で何か質問されてもおかしくないくらい、キョロキョロしている自覚がある。

 もちろん、探しているのは――。


「おはよう。博人君」

「へっ!?」


 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには古手川梓が立っていた。

 艶やかな長い黒髪に整った顔立ち、そして、落ち着いた柔らかい雰囲気で周りの空気を優しく良い香りに変えている気さえした。

 男子はもちろん女子も憧れる古手川梓が俺に声をかけた!? しかも下の名前!? こんなこと今まであったか!? いや、ない! マジでどうなってんだ!?


「風邪じゃなくてただの寝坊だったの?」

「お、おはようございます。古手川さん。そうなんです。ちょっと寝坊しちゃって」


「遅くまで演奏するのは良いけど、体調管理もしっかりしないとダメですよ?」

「あ、ありがとうございます。気をつけます」


「それじゃあ、今夜の演奏楽しみにしていますから、がんばってくださいね」


 そういって古手川さんは微笑みかけてくれると、友人の女性が集まる席の方に歩いて行った。

 モテ期という訳ではないけれど、何か良い感じ?

 突然降って湧いた幸運にホワホワしていると、何かを思い出したかのように古手川さんが振り向いて――。


「あ、それと、昨日みたいに梓ちゃんと下の名前で呼んで頂いて結構ですよ?」

「へ!?」


 梓ちゃん!? 俺がそう呼んでいたの!? いつのまに博人君と梓ちゃんの仲になってたの!?

 マジモテ期到来!? 昨日の俺なんか分からんけど良くやった!


「博人君に梓ちゃんだと……!?」

「下の名前で呼び合う……!? これはギルティでは? 証人喚問など必要無くギルティでは!?」

「おい、わら人形と五寸釘を用意しろ!」


 あれ? 何か視線を感じるのは何故!?

 ひぃ!? 何か男性諸君がすごい怖い目でこっち見てる!?

 何か殺気というか呪詛の言葉まで吐いてるし、やっぱり死期が近くて良いことが起きているのか!?

 昨日の俺マジで何やらかした!?


 俺一人じゃどうしようもならん。泰平助けてくれ! 

 俺は目で泰平に助けを訴えると、泰平は親指をぐっと立てて、白い歯を覗かせた。

 しかも、俺に全部任せな。なんて決め台詞まで付け加えた。

 なにこいつカッコイイんだけど。代筆代返で怒るのは止めてあげよう。


「みんな落ち着いてくれ。早まっちゃダメだ」

「泰平! 裏切り者の肩を持つって言うのか!?」


「そうだ。ここで博人を失う訳にはいかない」


 泰平……。お前良い奴だな。

 男子全員を敵に回しても、俺を庇ってくれるのか。


「けど、そいつは俺達を出し抜いたリア充だぞ!?」

「そうだ。けれど、ハッキリ言って冴えない博人がリア充になったんだ。だったら、俺達にもリア充になれる。そう思わないか?」


 おい、今なんつった!? 冴えない博人って言ったかおい!?


「なるほど! そういうことか! 俺たちは危うく大変な間違いを起こすところだったんだな!」

「良かったな博人。みんな分かってくれたみたいだぞ」


 ありがとう泰平。お礼は代返無視一回でいいかな!?

 にしても、俺ですら何でこんなことになったか分からないのに、よくみんなを治めてくれたなぁ。

 先ほどまで凄い目を向けてきた人達が集まって来て、悪かったとか、すまなかったと声をかけてくれる。


「い、いや、そこまで謝らなくても……」


 と言ったのに、男子達は一斉に俺の目の前で頭を下げた。あれ? 何か変なことに?


「博人様、女性を落とす催眠術のかけ方を教えて下さい!」

「泰平! 誰も分かってないぞ!?」


 とんでもないことを言い出した。

 いや、そんなものがあったら俺が教えて欲しい。


「ちっ、催眠術がねぇなら、こいつは用済みだ」

「バラバラにして近くの川が良いか? それとも山奥の方が良いか? 腐敗を進める菌は土壌系の研究室にあったはずだ」

「スコップは塹壕戦にて最強! スコップは塹壕戦にて最強!」


「ちょっと待て! 何の相談だよそれ!?」


 不穏過ぎるって! みなさん完全に犯罪の計画立ててますよね!?


「みんな待つんだ! 催眠術は確かにあるよ? 博人は確かにその催眠術を使ったんだ」


 泰平! 頼むからこれ以上事態をひっかき回さないでくれないか!?

 みんなの目が何かヤバイ色で光ってるから!


「ほぉ、言って見ろ」

「これだよ」


 そう言って泰平はスマホを取り出すと、昨日録画したという俺の演奏を流した。


 画面の中にいる俺は、とても楽しそうにピアノを弾いていた。

 ピアノの音が跳ねるように鳴り、軽快なリズムに合わせて思わず身体が動きそうになる。

 胸の奥にある心臓がトクントクンと跳ね、全身に熱い血液を送っているような興奮が身体の奥底からわき上がった。


 まるで、もう一人誰かが自分の中にいるみたいに。


 何故だろう? 俺は今、涙が出そうになるほど嬉しい。ずっと願っていた夢が叶ったかのようなすごい満足感で胸がいっぱいになっている。


「すごいだろこれ? これは女の子が聞いたら惚れるって。ある意味、催眠術だぜ?」

「むぅ……」


「ってことで、お前らも一緒にバイトやらね? 万年人手不足だから大歓迎だぜ! 催眠術が使いたいならバイトしようぜ! もてたいならバイトしようぜッ!」

「「結局それかよ! このバイト中毒者!」」


 泰平が欲を出した途端、皆がしらけたようでそれぞれの席に散っていく。

 その現実に最高のプレゼンをしたはずの泰平がショックを受けて固まっていた。


「お礼に今度、お前が遅刻したら代返と代筆してやるから」

「……ありがとう」


 泰平もガックリとうなだれ席につくと、その日の授業が始まった。


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