狭間の世界で
「香織!?」
俺は真っ白な光の中から現れた人物を見て、素っ頓狂な声をあげた。
なんで? ここってあの世的な世界だろ?
なんで生きているはずの香織がいるんだ?
「あれ? 博人さん?」
「事故に遭わず、生き延びたんじゃないのか!?」
「それがそのー……博人さんの病院に行こうとしてね……」
「え?」
「病院の駐車場で跳ねられた……みたいな?」
「えええええ!?」
あれだけしてダメだったのか!? 人の生死に関わる重大なことは修正されるとか? そういうこと!?
「というか、博人さんどういうこと!? 何で私を助けたら博人さんが死んじゃうこと隠したの!?」
「言える訳ないだろ? 香織が助かったら俺が死ぬなんて」
「それでも言って欲しかったよ! それだったら、私はもう一度博人さんに心臓をあげられたから。何度だって、一緒にいられたんだよ!?」
「その度に、泣いて、死んでたら俺が悲しいんだよ! 好きな子が何度も死ぬなんて耐えられるか!」
「私だって大好きな人が死んじゃうのなんて嫌だよ!」
俺たちはあらん限りの声量でお互いの言葉をぶつけ合った。
そして、お互いに長いため息をついてお互いを抱きしめ合う。
「全く、随分ワガママな子を好きになったもんだ」
「本当にどうしてこうも自分勝手な人を好きになっちゃったんだろ」
お互い文句を言いつつも顔はどうしようもないほどにやけている。
身体はないのに、しっかり触れた感触があることが嬉しくて仕方無いんだ。
君が目の前にいて、お互いの姿を見ることが出来るのがすごく幸せで、思わず笑っちゃうんだ。
「ねぇ、博人さん、もし私と博人さんがこういう風にお喋り出来たら、もっと違う結末になったかな?」
「どうだろうな? でも、そうだな。きっともっと上手く行く方法を二人でなら見つけられたのかもしれないな」
そんなもしものことを想像してみようとしたその時だった。
「あれ? 何か博人さん薄くなってない?」
「って、香織もだぞ!?」
「え!? 何これ!?」
突然色が薄くなった俺たちは意味が分からず、きょろきょろと周りを見渡す。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「柊香織さんの術式終了」
「良かったですね。すぐ搬送されて。もう少しで手遅れになるところでした」
「まったくだな」
え? 香織の手術が成功?
ということは……。
「あれ? 私、死なない?」
「だから、ここで薄れているんだな。多分あの世みたいなところだから。そっか、車にひかれるっていうイベント自体は消せなかったけど、羽田先生と一緒に病院に来たから、助かったんだ……ははは、良かったぁ……」
「で、でも、博人さんも薄れてるよ!?」
「……どういうことなんだ?」
「私が死んでドナーになったんだよね? あれ? ドナー……そっか! 分かったよ博人さん!」
「え?」
何かを閃いたように香織が顔をほころばせる。
まるで世紀の大発見でもしたかのような嬉しそうな顔だ。
「二人で生きられないなら、命を半分こして二人で生きようよ」
「どういうこと?」
「私の心臓はあげられないけど、私が目を覚ましたら、骨髄移植に登録してあげる。そうしたら、博人さんの血の病気は治るでしょ?」
「あぁ、そういうことか。心臓は……まぁ、激しい運動しなければ大丈夫だし、もしかしたら未来に新しい治療法が見つかっているかもしれないか」
でも、それだと俺が貰ってばっかりじゃないか? どうして半分こなんだろう?
そんな俺の心の声が聞こえたのか、表情だけで悟ったのか香織はおかしそうに笑う。
「私は既に博人さんから命を助けて貰った。博人さんの電話がなければ――、ううん、博人さんが私と先生とお父さん達との関係を変えていなかったら、今日みたいに私は羽田先生と一緒に動けなかったから、そのお礼に命を返してあげるの」
「人と命を繋げることで、人からお礼を貰って、新しい命を育む。香織のお父さんの言葉が測らずともその通りになったな」
「ねー、あの頑固な頭も実は役に立ったんだね」
「言い過ぎ」
「えへへ」
お互いに冗談だと分かっていたから、俺たちは二人揃って一緒に笑えた。
身体はもう半透明になっていて、後数回言葉を交わせば俺たちは消えるだろう。
「香織、例え俺のこの記憶が消えても、俺は絶対に君をもう一度好きになる」
「ホントに?」
「当たり前だ。お前が好きすぎて、あの古手川梓さんを振ったんだぞ?」
「なにそれ。ははは、もう本当に……本当に博人さんは……」
消えかけた身体で香織が俺に抱きついて耳元で笑う。
「私だって、あのラブレターの束を全部断って、置き手紙に《告白は全部断りました。私は博人さんが大好きです》って書いたんだから」
くすぐったそうにそういう君を俺は強く抱きしめ返す。
たとえ記憶からこの温もりと感覚と君の存在が消えてしまっても、魂が覚えているように君の存在を刻みつけた。
「俺はここにいる」
「私もここにいる」
俺たちはそう言って互いを放すと、自分胸に手を置いて、笑ってこう言い合った。
「「君はここにいる」」
君と何度も弾いた曲が暗闇の世界で奏でられると、俺たちの身体は完全に消え去った。