異変が起きた
変な夢だった。
春も終わって桜が散った代わりに、新緑が眩しい初夏らしい暑さがあたりを包む。
そんな中、俺は大学に続く道を歩きながら、昨日見た夢をぼんやりと思い出していた。
あの後、確か学校に行って、授業を受けた後ははっきり覚えていない。
けれど、朝起きたらちゃんと男の身体になっているかどうか、思わず確認するほどリアルな夢だった。
しかも、驚いたことに散々身体を触った感触が、まだ手の中にある気がしたんだ。
今日の授業は頭に入らないかもなぁ。なんてことを思っていると、不意に肩を叩かれた。
「おはよー。博人」
「ん? あぁ、泰平か。おはよ」
「今日はちゃんと名前覚えてくれてるな。ったく、夜更かしも大概にしろよ?」
「バイト漬けのお前にだけは言われたくないんだけど……」
覚えていたも何も忘れた記憶がない。
こいつの名前は桐ヶ谷泰平、大学で出来た同じ学部学科の友人だ。
大学デビューをして入学早々は金髪だったけど、あまりにも似合わないとみんなに言われて茶髪に染め直したちょっと残念なやつ。
素行も割と残念で、大学に入るとすぐにバイト戦士になり、夕方から深夜までどこかの店で働いている。ぶっちゃけ大学で勉強している時間より、バイト先にいる時間の方が長い。
おかげで朝に起きられないらしく、遅刻と欠席の常習犯になっている。学費を払う親は怒って良い。
怒って良いのだけれど……、そのくせ試験にはちゃんと参加して、良い点をもぎ取っていくから、怒りにくいだろうなぁ。
実際、この前あった英語の中間試験で一度も出席していないのに満点取るとか、マジメに参加していた他の学生は怒って良い。というか、代返代筆をしてやった俺には怒る権利があると思う。この天才め!
「代返頼むーって言っても返事が無かったのは、博人が今日も寝坊したからだったか。他の奴に頼んで良かったぜ」
「え? 月曜日は二限からだろ? お前月曜一限になにか入れてたっけ?」
「何言ってるんだよ? 今日火曜日だぞ? 一限に英語の授業があっただろ」
「え!?」
慌てて、スマホのカレンダーを確認してみると、確かに火曜日になっている。
でも、月曜日の思い出は何一つ思い出せない。
「昨日って月曜日だったの? 日曜日じゃなくて?」
「ん? 何だよ。昨日あれだけのことやって、まだ寝ぼけてるのか? 忘れてないだろうな? 今日もバイトのヘルプに来てくれるんだろ?」
「ちょっと待ってくれ。確かに月曜日にバイトのヘルプに入るって話はしたけど、今日も? というか俺、昨日何したの? 本当にお前のバイト先に行ったのか?」
「え? あんなすごい即興演奏だったのに忘れたのか!? しかも、明日も弾きに来て良いですか? って、店長に言ったのはお前だぞ?」
「……マジか」
マジで記憶にないぞ。
月曜は人手が足りないから、という理由で泰平のバイト先に手伝いに行くとは確かに約束していた。
けれど、それはあくまで給仕のヘルプであって、演奏のヘルプではない。そもそも俺はピアノを弾いたこと無いんだ。
マジで昨日の俺は一体何をしたんだ?
「絶対来いよ? 来ないと俺が怒られるんだから。それに今日はあの古手川梓さんたちも来るんだからさ」
「へ?」
「いやー、昨日の演奏があんまりにも凄かったから、思わず動画で保存しちゃったのよ。それをLINEで学科のみんなにばらまいた。そしたら、みんなで今日は博人の演奏を聴きながら飲み会になった」
「何してくれてんの!?」
俺の知らない間にどんどん変なことになっている。
特技無しの冴えないランキング一位二位を争う俺が?
しかも、古手川梓さんって、あのみんなが狙っている古手川さんか!?
すげー可愛くてザ・お嬢様って感じの人だ。
見るからに高嶺の花だし、性格も凜としている感じで俺にはちょっと話しかけにくいと感じていた。
そのせいで、俺は話しこと数回しかないのに、俺目当てで参加する?
モテ期でも来てるのか?
っていうのは、さすがに自意識過剰か。そんなことある訳がないって。
「ん? LINEでメッセージが……って古手川さん!?」
《一限に来ていないみたいだけれど、風邪でもひいた? 今夜の演奏会大丈夫?》
「何かめっちゃ心配されてる!?」
《もし風邪なら、楽しみにしていたけど、無理はしないで。また今度聞かせてね》
マジで何が起きた!? 何で古手川さんとLINEのIDを交換出来てるんだ?
いや、というか、マジで俺の演奏目当て!?
「え? 何これ? また俺死ぬの? また死期でも来たの!? 俺の人生に最後の輝きでも来たのか!?」
「さっきから叫んだり、青ざめたり、急にどうしたんだよ?」
「何で俺、古手川さんとLINEのID交換してんの!?」
「昨日古手川さんから教えて貰ったからだろ?」
「えええええ!?」
本当に昨日の俺に何が起きたんだ!?