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運命の日へ

 元の紬博人の身体に俺が戻った朝、電話の向こうから聞こえる声で、俺は自分の部屋の床にぺたりと座り込んだ。


「紬さん大丈夫ですか?」

「……大丈夫です」


 肺の中身が空っぽになるまで息を吐き出し続ける。

 そのまま自分の魂まで抜け出しそうになって、俺は慌てて息を吸い込んだ。


「届いた……」

「それにしても、電車が止まったことまでよくご存知でしたね。もう間に合わないと思っていたのですが、お父様がタクシー代は持つ、行くぞと二個前の駅から行ったんですよ」

「そうだったんですか」

「はい。懐かしいですねー。ふふ、弾き語りなんてどこで練習さぼって覚えたのかしら」


 実はそれ俺だったんですよ、とは言わない。

 楽しい思い出は楽しいまま取っておいて欲しいから。

 それにしても、ファインプレーだよ香織のお父さん。そんな必死な素振り全く見せなかったのに、そんな格好良いことしていたなんて。

 危うく切れかけた希望の糸がおかげで繋がった。

 でも、本番はここからなんだ。


「香織が死んだ時のことを詳しく聞かせて貰えませんか?」

「それが私も現場は見ていないので分からないんです。電話で連絡があった時には既に病院で……」


「分かる限りで良いんです。お願いします」

「あれは確かコンクールの日でした。最優秀賞をとればプロにスカウトされるかもしれない大事なコンクールで、あの子は大きな失敗をしてしまって……。気付いたら会場から姿を消していました」


「場所は!?」

「東京の……すみません。地名までは分かりません」


「あぁ、いえ、十分です」


 それだけ分かれば、俺が入れ替わった時に気をつけられる。それに、その日に入れ替われなくても、入れ替わったときに手紙を置いて注意すれば良い、

 香織も自分が死ぬことを知っているのだから、きっと素直に従ってくれるはず。


「ありがとうございました」


 俺は精一杯のお礼を羽田先生に告げて、学校に向かった。


 すると、俺を待っていたかのように教室の入り口で古手川さんが待っていた。

 昨日俺たちが入れ替わった時、香織がまた遊びに誘ったらしいので、俺が過去に戻っているかどうか知りたかったのだろう。


「どうでした?」

「あれは過去の世界だった。ピアノの先生が俺の弾いた曲を覚えてくれていた。普通に懐かしい思い出を語るみたいに」


「そうでしたか! 良かった。本当に良かった」

「うん、それに香織が死ぬ時の情報も手に入ったし、これであの子を助けられる」


「今度はちゃんと女の子同士で会えるんですね。楽しみです」


 そう言って微笑む古手川さんを見て、俺はどこかまたホッとした気持ちになった。

 香織はこの世界でうまくやっていけるみたいで、本当に良かった。


「あ、そうそう。これ、香織ちゃんからです」

「USB? 何か入ってるの?」


「はい。私と二人で演奏した曲を編集してきたので、入れておきました。後で聞いて下さい」

「ありがとう」


「今度は三人で一緒に弾きましょうね」

「うん、任せてくれ」


 俺は明るくそう言うと、その日は普通に授業を受けて、普通にバイトに向かった。

 まるで、いつまでもこの日常が続くかのように。



 入れ替わりが起きず、君が事故にあった日まで時間が刻一刻と過ぎていく。

 そんな中で俺はジャジーダイニングに毎日のように通い、録音してあった香織の弾いた曲を聞いていた。

 目を閉じれば、古手川さんと一緒に楽しそうに演奏している君の顔が浮かぶような演奏だ。

 でも、どこか不安で、何か緊張しているようにも聞こえる。

 まるで、君が照れて真っ赤になった顔を背けているような、そんなイメージが頭に思い浮かぶ。

 そのイメージだけで胸の辺りがドキドキしたり、手を伸ばして触れたりしたいと思う。

 その気持ちで、改めて俺は君のことが好きなんだなって知った。

 言えなかった言葉は今度ちゃんと置き手紙で伝えてこよう。例え、君が全て終わった後で見て、俺の事を分からなくなっても、伝えたということには変わらないから。


「何にやついてるんだ?」


 泰平が俺の顔を見て興味ありと言った様子で顔をのぞいてくる。


「いや、古手川さんと一緒に演奏して、楽しかったんだなって思って」

「人ごとみたいに言うけどお前だろ? 羨ましい。こっちはバイトで汗かいてるってのに」

「だろ?」


 俺は適当な軽口を返して、目を閉じて曲に意識を戻す。

 そうしていれば、香織が俺の側にいてくれるような気がした。

 多分、もう俺と君は後一回しか入れ替われない。

 そう思ったのは多分、この前の文化祭の時の入れ替わりからだった。

 あの時も入れ替わるまで随分時間がかかった。

 そして、今回も入れ替わりが二週間以上起きていない。

 その理由を俺は出来るだけ考えないようにしていた。

 どれだけ考えて答えを出しても、香織のコンクールは二年前の明日なんだから。


「博人君」

「うわっ!?」

「驚き過ぎですよ」


 古手川さんか!? 驚くなって方が無理だって!

 突然、イヤホンを外されて耳元で囁かれたら、誰だってびっくりする!

 中身が香織の時もこんなこと平然とやってるのか!?


「最近、変に落ち着いていますね」

「そうかな?」


 古手川さんが俺の隣に座り、そんなことを言う。


「明日なんですよね?」

「あぁ、うん、だから、今日寝つけるか不安でさ。睡眠薬も用意してるんだ」


 情けなく笑いながらおどけてみる。

 ただ、事故にあわないように会場に閉じこもっていれば良いってだけなんだけど、これでもすごく緊張しているんだよ。


「博人君、ちゃんと想いを伝えてあげて下さいよ?」

「分かってる。ちゃんと言わないと後悔するって、知ったから」

「なら、良かったです」


 ニコッと微笑む古手川さんの顔を見て、俺は何を言うべきか考えた。

 俺たちの事情を知ってくれたことに対する感謝なのか、明日の香織を頼むって言うべきか、それとも明後日の予定を組んでしまうか。


「この記憶ってどうなるんだろうな?」


 色々考えたあげく、俺はそんなことを尋ねた。


「どういうことですか?」

「この前過去が変えられるって分かった時、過去で曲を聴いて貰った羽田先生っていうピアノの先生は、すごく自然に、そういうえばそんなことがありましたって言ってたんだ。過去の改竄があったことに全く気付いていないようにさ」


 あまりにも自然すぎたから、香織が今日まで生き残るっていう過去になった場合を想像する。


「きっとあいつはプロになって、俺たちとは接点がなくなるんじゃないかって思うんだ。で、それに気付けるのは、香織と入れ替わる俺しかいないから……」


 俺は古手川さんの大事な記憶を消すかも知れない。

 そう言って、頭を下げた。

 こんなに楽しそうに演奏できる仲間を遠くに奪うのは、何かとても悲しく感じたから。


「大丈夫ですよ。きっとまた会えます」

「俺も……何となくそう思うんだよね。非科学的で理系っぽさは全然無いけどさ」

「そもそも、博人さんと香織さんが時を経て入れ替わっている時点でオカルトですし。私は信じていますよ。運命みたいなものがあるって。それに強い想いは残るかもしれません。博人さんの中で目覚めた香織さんのように」


 俺の嘘に古手川さんはそう言うと、俺の前に手の平を広げた。


「私はこのバイオリンのたこができた手がかわいくなくて嫌いでした。小学校の頃はそれで男の子にからかわれていましたから。でも、香織さんはかわいいって言ってくれました。あの時はすごく嬉しかったです」


 古手川さんはその手の平を自分の胸に当てる。

 まるで、そこに大事なものがあるかのように、ゆっくりと胸の真ん中を撫でている。


「それに香織さんと博人さんの演奏は私の耳と心にちゃんと刻んであります。香織さんが生きていることで、私の記憶は変わるかも知れません。けど、刻まれた音と感情がきっとまたつなぎ合わせてくれます」

「それが聞けて良かったよ」


 これでもう後悔は無い。

 あ、後、もう一人に、ちゃんと言っておかないといけないことがあったな。


「おーい、泰平」

「んー? なんだー? 今日もバイトする気になったかー?」

「違うっての。多分とびきり可愛い女の子がピアノを弾きたいってやってくると思うから、その時は店長に紹介して弾かせてあげてくれ。俺の友達だからさ」

「何だよ二股かよ? センテンススプリング投げつけるぞ!」

「違うって!?」

「なら、俺が手をつけても?」

「絶対に許さん! 死んでも止める!」

「やっぱり二股じゃねぇか!?」

「だったら、この場で古手川さんと俺が修羅場ってるだろ!?」

「ハッ、それもそうか」


 入れ替わりの件を説明しないまま、何とか誤解を解けた。

 学校では完全に俺と古手川さんが付き合っていることになっているし、香織のせいでそう思われても仕方の無い距離感だったらしい。


「公認ハーレムとか余計許せる訳ないだろ!?」

「だから違う!」


 こんなやりとりが何度も続く中、当事者にされている古手川さんは意味深に微笑むだけだった。

 誤解されている当事者なんだから手伝ってくれても良いのに!

 とはいえ、実はちょっとそう言われて嬉しかったのも事実だったのは、絶対に伏せておく。


「そろそろ帰るわ。また明日な」

「はい。おやすみなさい」

「おう、また明日な」


 明日も続くように、俺たちは別れの挨拶を交わした。



 目を覚ますと、そこは真っ白な天井のある部屋だった。

 香織の部屋にあった小物の代わりに、ピッピッピと俺の心音を測る機械や、点滴のチューブがぶら下がっている。


「え?」


 それらが俺に繋がっていることに気がついて、俺は変な声を出した。

 この身体は香織のじゃない。けど、大学生の俺でも無い。


「これ……高校の時の俺?」


 信じられなくて、俺はそう呟くので精一杯だった。


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