祭りの後
「はぁー……疲れた」
俺は廊下の天井を見ながら息を吐いた。
やりたいことはやってしまったし、この後、どうしようと悩んでいると、後ろから不意に背中を叩かれた。
「おつかれ香織」
「あ、有佳か。おつかれー」
「この後、暇? 暇ならせっかくだし一緒に回ろうよ」
そっか。そういえば、俺もやり残したことをこの世界でやろうとしていたんだっけ。
何か相手が女の子だと、俺が浮気したみたいな感じになるけど、今の身体は香織のだし、香織の友達の有佳だし、許してくれるよな?
自分の胸に浮気じゃないからと念押ししておく。
「うん、一緒に回ろう」
そう言って、俺は有佳と文化祭を見て回った。
その中で目に入った物に嫌な汗が流れた。
ドナーカード……。
ボランティア部の展示の中にそれは置いてあった。
その一枚を有佳がひょいっとつまむ。
「本物初めて見たよー。この前テレビで移植を待つ患者さんの番組やっててさー。もう超感動した」
「へぇ……」
「命のリレー的な? 人を助けて自分の一部が生きていけるって感じなのが、ちょー泣けたの」
俺は素直に同意出来なかった。
だって、俺は今からその真逆なことをする予定なんだから。
「私もとりあえず持っておこうかなー。あ、香織も持っておいたら?」
「私は……」
「ほら、逆にあげたくないなら、あげない方にマルつけないと」
「そうだね」
俺は渋々その紙を受け取って、そっと移植しないにマルをつけて財布の隅に入れた。
もしも……もし、君が俺に移植しなかったら、君はある日、ベッドから突然目を覚ましているかも知れないから……。
そう思って、出来るだけ見つからないように他のカードにはさんで隠す。
けど、そんなことにならないように、俺は頑張るんだ。
「香織、怖い顔してるけど、大丈夫?」
「あ、あぁ、うん、大丈夫。それじゃ、残りも見て回ろう」
俺は胸にわき上がった感情を笑って誤魔化して、いち早くその場から立ち去った。
たまらず気持ちが落ち込むけど、落ち込んだ気持ちもすぐ吹き飛ばされることになる。
突然、やっと見つけたと声をかけられて振り返ると、バイオリンを弾いていた男の子がいたんだ。
確か神崎君だったかな? 家がお金持ちのイケメン、しかもサッカー部でエースとかいう漫画のチートキャラか何かかと思ってしまうようなスペックの持ち主だ。
そんな神崎君が突然こういった。
「柊さん、僕と付き合って下さい」
「えっと、どの模擬店に?」
……すまん。わざとだ。
大人げないとは分かっているものの、好きな子が他の男から告白されてちょっと妬いた。
中身が恋敵なんて知らないであろう神崎君は完全にてんぱっている。
とはいえ、誰を選ぶのかは香織が決めることだし、俺が選ばれるのは多分ない。なんたって生きている時代が違う訳だしなぁ。
俺が香織の運命を変えた後に、幸せな人生を歩んで欲しいっていう気持ちもあるし……。
「冗談よ。そんなに慌てないで」
「ははは、冗談がきついよ……」
「返事だけど今すぐ答えられないわ。ピアノのコンクールがあるから、それが終わった後に返事するので良い?」
「うん、待ってる。ありがとう柊さん」
うわー、爽やかだなぁ。
意地悪した俺が何かすげー小物に思えてきたぜ……。
「良いの断って?」
「良いも何もコンクールが大事なのは本当だし」
「いや、そういう意味じゃなくて、あれ。多分みんな同じ事しようとしてるよ?」
「へ?」
何か人だかりがこっちに来てる?
「柊さん! 俺とつきあってくれ!」
「柊さん! 私とつきあって」
なんで女の子にまで告白されてるのさ!?
香織のやつ、すげーモテ期来てるなおい!
「恋愛成就なんて言ってた本人がこれじゃ世話無いねー」
「まったくだよ!」
俺が香織に惚れたことに対する当てつけにしか聞こえねえよ! ちくしょうめ!
まるで黒い雪崩のように迫ってくる人の波から、俺と有佳は逃げ出した。
おかげで嫌なことを考えずに済んだし、超疲れたから、この日はそれはもうぐっすり眠れた。