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文化祭での過去改変

 俺は香織の眠る布団の中で目が覚めると、大きくノビをしてから身体を起こした。

 よりにもよってと言うべきか、おかげで準備が出来たと言うべきか、この前の入れ替わりがあってから、俺たちは今日まで入れ替わらなかった。


「文化祭の日か」


 壁には香織からの置き手紙が一枚だけ。

 短く日記帳を見てと書いてある。

 机の上にはわざわざ日記とデカデカ書かれたノートが置いてあった。

 そこには文化祭に向けて、どんな練習があったのか、苦労があったのか、まるで俺に当てつけるように細々書いてある。


 そして、最後には――。


《私だけに苦労させた罰として、文化祭の日に入れ替わったら、博人の身体で甘い物食べまくるから!》

「あはは、言い出しっぺの俺が美味しいとこ取りだから、そりゃ怒られるわな」


 多少の散財くらいで済むのなら、目を瞑るよ。

 俺はノートを置くと、自分かおりの指をそっと撫でた。


「よし、やってやる!」


 俺は不安を全部吹き飛ばすように気合いを入れて、家を飛び出した。


 学校に着くと地味な校舎は色とりどりの飾り付けがされて、随分と賑やかになっていた。

 まだ準備が万全じゃないのか、一部の生徒はあっちへこっちへ走り回っている。


 一方で、俺はすっかり準備の整った教室に入ると大きく息を吸い込んだ。

 中には頑張って持ち込んだであろうピアノと楽器、そして、樹で作られた椅子と机。

 あぁ、ジャジーダイニングと同じコーヒーの香りがする。

 全く香織のやつ、こだわりすぎだって。

 思わずフフッと笑ってしまうと、みんなが一斉に俺に気付いて挨拶をしてくる。

 すっかりみんなの中心になってしまったみたいだ。

 最後の確認を済まして、開店時間が迫る。


 すると有佳が俺の手をとって、みんなの真ん中へと連れて行く。


「香織、みんなに一言お願いします!」

「みんな今日は目一杯楽しもう。男子は頑張って女の子を口説け! 女子も男子を惚れさせちゃえ! 後で後悔しないようにその恋心を伝えてね!」


 俺は自分に言い聞かせるように声を張り上げた。

俺も後悔しないように、やれることを全力でやるんだ。


「ジャジーダイニング開店だ!」

「「おおおおおお!」」


 かけ声とともに扉を開けて、開店の看板を掲げる。

 最初のお客さんの中に、俺の待っている人達はいない。

 けれど、そこで気を落とさず、俺は演奏を続けた。

 三十分に一度の演奏がおこなわれる。

 その度に、お客さんがなだれ込んでくるけど、羽田先生も香織のご両親の姿は無かった。

 嫌な予感がふつふつと胸に込み上がる。

 もしも、俺の見ている世界がただの思い出で、俺が何をしようともその日限りの変化しかなく、日をまたいだら俺がした約束は消えるんじゃないか?


 そんな不安で胸がいっぱいになる。

 お昼を過ぎても先生たちは来ない。

 お昼を過ぎたら、演奏は残り一度しかない。もし、先生が来なかったら俺は未来で過去改変を確認できなくなってしまう。

 心臓の打つ音が秒針が時を刻む二倍くらいの速さで刻まれる。

 そして、ついにやってくる最後の演奏。

 そこで羽田先生たちはようやくやってきた。


「遅いですよ先生! お父さん! お母さん!」

「ごめんなさいね。電車が事故で止まって、立ち往生しちゃってて。でも、間に合って良かった」

「ホントだよ。さ、座って座って」


 一か八かの実験が始まる。

 その緊張で喉が乾き、心臓の鼓動が速くなる。


 でも、ピアノを弾き始めると、すぐにその緊張は消え去った。

 ピアノの音がした途端、君を側に感じられたからかもしれない。

 君の身体に染みついた癖や動きが、俺の魂に宿ってくれる。

 まずは、君はここにいる、をみんなで弾く。


 サックス、バイオリン、ドラムスが増えるだけで、この曲はさらに明るく賑やかになった。

 ピアノが二人だけのダンスだとしたら、これはもうダンスパーティみたいに華やかになっている。

 羽田先生もご両親も身体を揺らしてリズムを刻んでいる。

 演奏が終われば、皆が俺たちバンドメンバーに拍手を送ってくれる。


 これで今日の演奏は全て終了。後はCDをかけて文化祭の残りを楽しむだけ。

 でも、俺にとっての本番はここからだった。


「先生、お父さん、お母さん、もう一曲あるから聞いて下さい」


 そう言って、俺は未来の曲を弾き始めた。

 君の存在しない未来で、君を助けるために練習した曲。

 そして、普段の君が絶対にしなかった演奏で、俺はこの世界に俺がいたという爪痕をのこす。


「え?」


 羽田先生が声を出す。

 そりゃあ、香織のピアノの先生だったら驚くだろう。

 今までずっとコンクールのピアノを見ていた香織が、弾き語りを始めてしまったんだから。


 しかも、メチャクチャ甘い恋の歌で、歌詞の視点は男性。

 さらに言えば、歌自体はクリスマスソングという季節外れ感がすごい選曲。

 ピアノを弾く香織からは絶対に想像出来ない姿を、俺は皆の目と耳に強烈に焼き付ける。


 二度と消えないように、あの文化祭の日って言えばすぐ思い出せるように、一生懸命声を出す。

 俺は君と同じクリスマスを過ごせるように、その先もずっと君といられるますようにと祈りながら、未来に向かって歌い続けた。


「へへ、初めてオリジナルの曲を作って歌ってみたけど、どうだった?」


 そして、盛大に嘘をつく。

 この記憶が残っていれば、先生達は香織が死んだ後のクリスマスに、世間で流れている曲が香織おれの歌っていた曲だって絶対に気付くから。

 とはいえ、ここまで香織のキャラじゃないことをすれば、羽田先生は頭を悩ませる訳で。


「最近マジメにコンクールの練習やってたと思ってたら、そんな練習までしてたんですね」

「ごめんなさい」


「コンクールでちゃんと入賞しないと、後悔しますからね」

「はい!」


 羽田先生は仕方なさそうに笑うと、俺を許して教室を出て行く。

 というのも、俺の周りに他の学生が集まって、今の曲についての感想でもみくちゃにされていたからだろう。

 格好良かったとか、歌も歌えたの!? とか、作曲まで出来るなんて凄いって色々な方面から褒められていた。

 こうまでされたら、さすがに怒れないだろう。

 ご両親の方はというと、ただ何も言わずにこちらを見つめていた。


 全く不器用だなぁと思って、俺は二人にも笑いかける。

 すると、二人は諦めたように笑い、そっと教室を出て行った。

 その後を追いかけるように俺は人垣を抜け出すけど、もうそこにご両親の姿は無かった。

 代わりに携帯には二人からのメッセージが残っている。

 中身は《良い物聞けたし、俺たちは仕事に戻る》とだけ。

 そのメッセージに俺は苦笑いして、了解とだけ返した。

 これで、やれることはやった。後は神様の気まぐれを待つだけ。


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