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香織の本音

「誰か好きな人がいるの?」

「へあ!?」


 私は反射的に大きな声を出してしまった。

 びっくりし過ぎて、変な声が出たよ。


「図星みたいですね」

「そ、そんなことないかなー?」


「だって、さっきの最後の方の演奏、私じゃ無くて別の人に向けて弾いていたみたいだったから」

「気のせいじゃないかなぁ?」


「ドキドキして緊張して、イライラして怒って、でも、楽しそうで。あんな演奏、誰か相手がいないとできないですよ?」

「うぐ……」


 降参だなぁ。梓ちゃんの耳は誤魔化しきれないみたい。

 そうだよなぁ。途中から梓ちゃん放っておいて、博人さんのこと考えてたもんなぁ。気付いちゃっても仕方無いよね。

 よし、ここは適当に女の子の名前でも挙げて誤魔化そう。さすがに私の名前だと恥ずかしいし、有佳の名前を――。


「泰平君のこと、好きなの?」

「ひゃい!?」


 裏返った変な声が出た。

 それはない。良い人だけど、好きとかそういうのではない。

 博人さんに抱く感情とは全然違う、って何言ってるんだ私!?


「それじゃあ、もしかして店長?」

「い、いや、それも違います……」


 確かに格好良いおじ様だけど、それもやっぱり違う。

 一瞬色々な物がバレタかと思っちゃった。

 あぁー……すっごい焦った。


「あれ? お店の中にいた二人じゃないんですね」

「い、一応言っておきますけど、俺、男だからね?」


 中身は私だけど、一応そう言っておかないと、何か取り返しのつかない誤解が広まりそうだった。さすがにそんな誤解が広まったら博人さんが可愛そうだし、何とか誤魔化しきらないと。


「分かっていますよ? ごめんなさい。中身が時折女の子っぽいのでてっきり」

「ははは……」


 鋭いなぁ……。まぁ、自分でもボロを出したっていう自覚はあるあたり、反論しにくいよ。

 素直に中身が女子高生に入れ替わってるからねー。なんて言える訳がない。


「外に出ようって言ったのは、俺があの二人のどちらかを好きだと思ったからなの?」

「ごめんなさい。私の勘違いでした。でも、すごく誰かに聞いて欲しいっていう気持ちは本当だったんじゃないかなって? そんなに思える人がいるなんて、何となく羨ましくて。私だって博人君に聞いて欲しかったんですよ?」


「ごめん……」


 梓ちゃんの真っ直ぐな気持ちは誤魔化しちゃいけない気がして、私は謝るしか出来なかった。


「んー、それじゃあ、恋話してくれたら許してあげます」

「えぇ!?」


「どうなんですか? 博人君は誰が好きなんですか?」


 あれ? 何かめっちゃぐいぐい来てる!?


「梓ちゃんってもしかして結構こういう話し好きなの!? お嬢様ってそんなの気にしないと思ってたんだけど」

「私、お嬢様育ちの世間知らずなので、後学のために他人の色恋沙汰は学んでおこうと」


 やばい。何かスイッチが入った有佳みたいな目をしてる!?


「世間知らずのお嬢様は自分のこと世間知らずなんて言わないよ!?」

「じゃあ、許してあげません」


「えぇ!?」


 ぷいっと腕を組んでそっぽを向く。梓ちゃんってこんなに愉快な人だったの!?

 もしかして、私がお嬢様の仮面みたいなのを剥いじゃったせい!?


「親戚から聞いた変わった恋話で良ければ……」

「変わった恋話ですか。聞きましょう」


 梓ちゃんはわざわざ居住まいを正して、私の目を見る。

 あぁ、もうどうにでもなれー!


「その女の子は遠距離恋愛してるんだって。すっごく遠くて、連絡出来る日も限られているんだ」

「海外にでもいらっしゃるんですか?」


「うん、遠い場所なんだって」


 本当は海外どころか時間を超えている。

 それも連絡の取り方は置き手紙っていうアナログな方法。


「始めは別に気にしてなかったの。そんなに大して格好良い人でもないし、えっちだし、デリカシーないし」

「どうしてそんな方を好きになったのでしょう?」


「ははは……俺もそう思うよ」


 私は他人の振りをして作りこいばなを続ける。


「その子が言うには、男の子と出会ってから、色々な重荷が無くなったんだって。今までずっとそうしないといけないって思っていた気持ちがどんどん無くなって、こうしたいって思えるようになったんだ。それに気付いたら、変わった自分が見て欲しくなったのに、その男の子は遠い所にいて、自分を見てくれない。それがとっても辛いって」

「その子は想いを男の子に伝えられたの?」


「伝えられてないみたい」

「何故伝えられないのでしょう? 連絡手段はあるのに」


 恥ずかしいとか、想いが届かないのが怖いとか色々あるけど、私は何となく気がついていた。

 私の気持ちにも、入れ替わりの真実にも。

 きっと、博人さんが私に会ったことがなくて、この場に私がいないこと。そこに答えがあるって。


 私は君にこんなにも感謝しているのに。

 私は君のことを――。


 こんなにも好きになったのに。


 それなのに、君に恋をした私の未来の姿がないのなら、きっと私は――。


「博人君? 大丈夫ですか!? あの、涙が……」

「え? あ……」


 おかしいな。我慢出来ないや……。

 涙が止まらないよ。


 ポロポロと涙が零れて、頬を濡らすと、地面の上に落ちて雫が弾けた。

 その瞬間、自分の中で何かが弾けて、私は転んだ痛みに我慢出来ない子供みたいに、声をあげてわんわん泣いた。

 そんな私の背中を梓ちゃんが優しくさすってくれる。


「ごめんなさい……私うそついた。そんな女の子は親戚にいない」

「知っています。お話しに、あなたの感情がこもっていましたから」


「私……博人さんじゃないの……」

「知っています。私の大事なお友達ですから」


 私の懺悔に、梓ちゃんは優しく頷いてくれた。

 そのせいで、私はこらえきれなかった。誰かに支えて貰わないと、折れた心が消えてしまいそうだったから。


 私は涙を拭うとお店の先に置いてあったベンチに腰掛けて、空を見上げた。

 私の住んでいた村に比べると、東京の空は随分と低く見える。

 そう見えるのは、ビルのせいじゃなくて、私が不安だからなのかもしれない。

 私はあの空の上にいつか帰らないといけなくて、低い空がまるで私を迎えに来たみたいに見えたから。


「私の名前は柊香織……多分、高校二年生から三年生の間に――死んでる」

「そう……でしたか……。あなたの名前は柊香織さんでしたか……」


「うん……。博人さんのお父さんとお母さんから聞いた話だけど、博人さんの心臓と血は他人から移植を受けたんだって。それをあげたのは、多分私……。ううん、絶対に私だと思う」

「臓器移植ですか……。臓器提供者の嗜好が再現されることがあると噂には聞いたことありますけど……人格が入れ替わるなんて……」


 信じられない、そう梓ちゃんは呟いた。

 私もそう思う。

 けど、私に私の意識があるのだから、私はそれを信じている。

 今私の胸にこみあげてくる感情も、身体の持ち主である博人さんのものではなく、私のものだって。


「私は……私は博人さんが好き……。好きだって気付いたら止まらなくなっちゃった……。一緒にいて欲しい……側にいてほしいって想うようになっちゃった……」

「はい。……とってもよく知っています。その思いの強さに羨ましいと思うくらいに」


 梓ちゃんは小さく笑っていた。

 その笑顔に私は随分と救われた気がした。

 なんとなく、私の許されない恋心が許されたみたいで。


「死んじゃった私が……身体を借りている人を好きになっちゃった……。博人さんと私は同じ身体にいるけど、心は別の場所にいて……、私の思いを伝えても同じ時間は過ごせない……それがとっても辛いの……。いつ消えるか分からない自分が怖いの……」


 私は溜まっていた弱音を全て吐き出した。

 まるで濁流のように色々な気持ちが流れていく。

 梓ちゃんはただそれを黙って受け止めてくれた。

 それが、すごくありがたくて、嬉しかった。私はまだこの世界にとどまれている気がしたから。


「梓ちゃん……私……どうすれば良いんだろう?」

「そうですね……」


 梓ちゃんは腕を組んで考え始める。

 こんなことを真剣に考えてくれるなんて、梓ちゃんは良い人だな。


「私には何が正解か分かりません」

「……そっか」


 梓ちゃんでも方法は思いつかないんだ。

 やっぱり、どうしようもないのかな……。


「ですが、何が間違いかも分かりません。香織さんが博人さんを好きになったのだって、間違いだとは誰も言えません」

「え? どういうこと?」


「前例があまりにもありません。誰も挑戦したことの無い問題ですから」


 私は梓ちゃんの言っていることが良く分からなくて、ただ首を捻る。


「たった一つ間違いがあるとすれば、何もやらないことだと思います」


 私はそれを選ぼうとしていた。何もやらなければ、きっと私が消えるまで、このまんま過ごせば、この気持ちを失わずに済むって思っていた。

 でも、間違いと言われてしまって、私は余計に何がなんだか分からなくなる。


「博人さんはもう教えてくれたはずです。それに私も香織さんから先ほど、教えて貰いました」

「博人が……私に?」


 胸に手を当てて考えてみる。君の身体で私の心臓に触れる。

 君の手の温もりで、私の心臓を優しく温めながら、君が私にくれた物を思い出す。

 私が果たせなかった夢の後悔を晴らしてくれる君に、私の心は救われて、君が好きになった。


 私の遠慮と不安を全部無視した君はとことん好き勝手前に歩いて行って、私の欲しかった物が足踏みしているここじゃなくて、踏み出した先にあるって教えてくれた。

 君はいつもそこにいたんだ。


「……そっか。そうだね」

「協力出来ることがあれば、何でも言って下さい」


「それじゃあ、早速で悪いけど、私と演奏してよ。博人にはもっといっぱい私の曲を聴いてほしいから」

「はい」


 私は梓ちゃんの手を引っ張って、ジャジーダイニングの中に入る。

 泰平君と店長に泣いたのかと驚かれたけど、私は目にゴミが入ったと最高の笑顔で笑って誤魔化した。


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