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ケーキとアイスティー

 私はおいて行かれないように梓ちゃんの後を追いかけて、カフェの窓際の席に座る。


「ここのオススメはレアチーズケーキとミルフィーユです」

「梓ちゃんはどっちにするの?」


「私はレアチーズケーキにします」

「じゃ、わた――俺はミルフィーユで。来たら一口交換しようよ」


「そうですね」


 危ない危ない。ケーキでテンション上がって素に戻ってた。

 私は今博人さんなんだ。


「うっま!?」

「ふふ、お口に合ったようで何よりです」


 演技を忘れるほど美味しかった。


「生きてて良かったぁ」


 こんなに美味しいケーキを食べたのは初めてかもしれない。

 生クリームは口の中で雪のように溶け、甘い香りが鼻に抜ける。


「ふふ、本当に言うんですね」

「え?」


「ご飯を食べたとき、生きてて良かった。って思えたから、農学部に入った。あなたは真っ直ぐな瞳でそう言ったんですよ」

「そんなこと言ったんだ」


「はい。不思議でした。私はご飯を食べただけで生きてて良かったなんて思ったことはありませんでしから」


 ふと博人さんのご両親の言葉を思い出す。

 そういえば、長い間、闘病生活していたんだっけ。かなりやせ細って、ご飯もろくに食べられず、点滴だけで生きていたとか。


「それに、それなら料理人を目指して、美味しい料理を提供出来るようになる方が良いのでは? と尋ねたら、博人君は恥ずかしそうに笑って首を横に振りました」


 私はボロを出さないために黙ってその言葉を待った。

 何となく、その言葉が博人さんを知るために大事だと思って、聞き逃さないように待ったんだ。


「ごはんを食べるまでに料理する人、野菜や家畜を育てる人、その元になる種を育てる人、それと畑とか牧場などの環境、そういうのが全部俺の命に繋がっているって思えたから、俺はその繋がっている全ての人に恩返しするために農学部に入ったって言っていました」

「そうだったんだ。死にかけてたところから、生きられたから……」


 そういえば、家の畑のお手伝いさせられる時に良く言われたなぁ。

 俺たちは作物を作って世の中を繋げてるって。

 野菜と土地を自分の手で結びつけて恵みを収穫する。恵みを人に繋げて人を生かす。人が生きれば自分達に富が返ってくる。人の富をまた野菜と土地に繋げて、新たなる恵みをもらう。


 だから、毎日土地も見るし、野菜も見るし、人も見る。


 そんなお父さんたちが毎日大変そうで、ちょっとは楽すれば良いのにって思ってた。ピアノの演奏会に一度も来てくれないくらい忙しそうだったなぁ。


 だから、お前も家を守るのだから、それが出来るようになれ、って言われるのが嫌だった。私はあんなに大変そうな思いをしたくなかったから。


「でも、すぐ後に、こうも言っていたんです。誰かがそう教えてくれて、大変だからもっと楽になる方法を見つけてよって言われた気がしたって。実は自分の意思で入ったんじゃなくて、その誰かのお願いで農学部を選んじゃったから、格好付けちゃいましたって」

「え? それって……」


 心臓がドキッと跳ねる。

 ……それ私? たまたま……だよね?

 心臓の音がさらに大きくなる。

 ドクンドクンとすごい勢いで血を送ってくれる。


「最初に言った理由も、後で言った理由も博人君の目は嘘をついていなくて、真剣そのものでした。まるで、何か私たちと違うものを見ているみたいで。それがとても不思議で、ずっと覚えていたんですよ。だから、声をかけてくれた時は、また違う意味ですっごく不思議で、博人君のことをちょっと知ってみたくなったんです」

「そ、そうなんだ」


 梓ちゃんは魅力的な微笑みで私の眼を見つめてくる。

 ドキドキしているのは女の人に免疫力のない博人さんの身体が反応しているんだ。


 私じゃない。断じて私じゃない!

 私はちゃんと男の子と恋がしたいの!


 自分にそう言い聞かせないと、ちょっと頭がどうにかなりそうだった。


「そう言えば梓さんは何で農学部に? 農業ってイメージからは何というか真逆なのに」

「言っておりませんでしたっけ? 私の家はちょっとした酒造メーカーでして、発酵に関する学門を修めに農学部に入ったんです。分家なので特別お金持ちという訳でもないのですけれどね」


 ちなみにと言って、梓さんが耳打ちする。

 その内容に私は頭が一瞬真っ白になった。私でも見たことあるお酒のメーカーさんだ。というか、お父さんがよく夜飲んでたよ!?

 梓ちゃんガチのお嬢様だったのね!?


「ふー、落ち着いた。……お酒って農学部だったんだ」

「他にも醤油や味噌などの発酵は菌が関わりますからね。そういった微生物学も私というか実家の関心がある分野で」


「……梓ちゃんってすごいんだねぇ」

「そうでもありませんよ。私にとっては博人さんの方が羨ましいですもの」


「え?」


 どういう意味なのか良く分からなかった。博人さん自身なのか、博人さんの中に入っている私なのか、どちらにしても羨ましがれるような立場じゃない。


「博人君の振る舞いは自由ですから。変に自分を偽らないで、真っ直ぐで、でも人には優しい。そう生きられる人はすごいと思いますよ。泰平君のバイトにも良くつきあってあげているなぁ、って感心しますもん」


 どうしよう。私じゃないって分かっているのに、顔まで赤くなっているのが分かるほど、顔が熱い。


 梓ちゃんの言う通り、あの人はいつだって自由気ままで、私の生活を空気読まずに変えまくる迷惑な人なんだ。

 でも、ちゃんと私の本心を感じて、私の代わりに空気を壊してくれた。

 それが、実はちょっと嬉しくて、次は何してくれるんだろうって楽しみにして、特別に思っているなんて、そんなことは絶対に無い!


 だって、それじゃあ……まるで……。


「レアチーズケーキ、一口いかがですか?」

「頂きます……」


 梓ちゃんから貰ったレアチーズケーキが私の口の中で溶けると、口の中いっぱいに幸せな甘酸っぱさが広がった。

 その甘酸っぱさに思わず顔がだらしなくにやけたら、梓さんにクスクスと笑われた。

 色んな意味の気恥ずかしさを払うため、私は慌ててシュガーシロップを入れ忘れたほろ苦いアイスティーを飲み込む。


 むぅ、このままやられっぱなしなのも、面白くない。

 そう思ったら、ふとあることに気がついた。


「そういえば、今日指輪は?」


 と言った瞬間、しまったと思った。

 そういえば、あの指輪の位置って確か……右手の薬指。


「えっと、ごめん。言いにくいことだよね」

「気にしないで下さい。あれは言い寄ってくる殿方を避けるためのものですから」


「あー、そうだったんだ」

「はい。今日は博人君がいるからつけなくても寄ってこないかなと。出会う前にナンパされるのは想定外でしたけど」


「あはは……。梓ちゃんかわいいもんねぇ」


 私が男になったら絶対見過ごさないと思う。……女の子で良かった。

 でも、そっか。彼氏、いないんだ。

 これは置き手紙に書いてあげよ。ふふ、どんな顔するんだろ?

 その驚いた顔を想像したら、ちょっと胸がちくっとした。

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