デート
目を覚ますと私はベッドの上にいた。
それだけで、今日は入れ替わったんだと分かる。
突然入れ替わっても、もう特に驚くことは無いし、慌てることはない。
ただ、あー、今日は入れかわったんだ。何しようかな? ってワクワクするくらいに慣れちゃった。
そして、もう一つの楽しみが扉に残された私宛ての置き手紙だ。
《何勝手にデートを申し込んでるんだよ!? 香織と違って俺は古手川さんと共通の話題無いぞ!? というかデートに行く服が無い!》
博人さんの慌てた様子が目に浮かんでくるようだ。
その姿が可愛くて、なんとなく愛おしく思える。実物を見たかったなぁ。
「ふっふっふー、安心したまえ博人さん。今日のデートは私が行くみたいだよ? 服も華の女子高生の私プロデュースでバッチリだよ! 後でたっぷりお土産話を書いてあげるから楽しみにしていたまえー」
アニメに出てくる悪役みたいなことを言ったことに気がついて、私は恥ずかしさを払うように咳払いをした。
というか、私にとってはデートじゃないし、同性同士のおでかけだし!
それこそ、中身が女子高生の私なんだから、泰平君と一緒に遊びに行く方がデートだし。
泰平君との共通の話題は……バイト? デートで話す内容じゃないなぁ……。
うーん、確かに博人さんの言う通りかも。共通の話題が無いとデートって意外と難しいのかな?
まぁでも、博人さんも男の人だし、あんなかわいい梓ちゃんと一緒に歩けるだけで、きっと楽しいはず。お土産話だけできっと楽しめる!
私は申し訳ないと思った気持ちを置き去りにするように部屋を出て、顔を洗う。
そして、ふと鏡に映る自分を見て、そっと手を伸ばした。
冷たい鏡にぺたりと手が触れる。この感覚は私が感じているもの。けれど、私の身体じゃない。
私は私じゃない頬に触れ、ちょっとしたため息をつく。
「やっぱり冴えない顔だよねぇ」
鏡の中の私が困ったように苦笑いする。
「そういえば私、博人さんのことあんまり知らないんだよね」
何度も入れ替わっているのに、私は博人さんの記憶を見たことが無い。
どれだけ入れ替わっても、私は私で博人さんは博人さんでしかなくて、私たちは相手の記憶を共有していない。
同じ身体の中にいるのに、知ろうとしなければ、相手のことは全然分からないんだ。
だから、私は博人さんのことを全然知らなかった。
「博人さんは何か私のこと知ってたっぽいし、夢ノート勝手に見たし、私も知っておかないと不公平だよね?」
私の独り言に鏡の中の博人は、またまた困ったように苦笑いした。
その後、私は博人さんが来たことの無い服を着て、外に出ていた。
私が入れ替わっている間にしたアルバイトのお金で、新しい服を買っていたのだ。
黒だけじゃなくて、他の明るい色も取り入れて、清潔感と元気さがあるような服装で、冴えない顔もちょっとはマシになったはず。
しかも、中身もちゃんと進歩している。私は駅の中の乗り換えでもう迷わなくなったし、行きたい所に真っ直ぐいけるようになった。
これで博人さんも見た目は立派なシティーボーイってやつね。
「えっと、あ、いたいた。あれ?」
駅を出てすぐのところで私は梓さんを見つけた。
白を基調にした涼しげな服と可愛らしい帽子を被っていて、シンプルなのにすごく目立った。素材の力半端ないなぁ。
そんな感じに一瞬目を奪われたけど、私はすぐに首を傾げた。
梓さんは一人じゃなかったんだ。
二人のチャラチャラした男の人に囲まれているけど、お友達って感じでも無さそう?
「君、かわいいね。これから遊びに行くんだけど一緒にどう?」
「なんなら、お昼もおごっちゃうよ?」
うわっ!? ナンパだ! 初めて見た! さすが梓ちゃんだ。
もちろん、私はされたことない。……うぅ、これが女子力の差かー……。
「ごめんなさい。お友達と約束があるので」
「だったら、友達も一緒にさー」
その一言で一瞬、あの男の人達と一緒に歩いている香織の姿を想像してしまった。
んー、あのちゃらい人達と? ないわー。マジないわー。
それだったら博人さんが隣にいる方がずっとマシだよ。
そう思ったら早く梓ちゃんを助けないとって思った。
「ごめん。待たせちゃった?」
「あ、博人さん。いいえ、約束の時間より前ですし、気にしないで下さい。行きましょう」
私の登場に梓さんはホッとしたように笑い、私の横に駆け寄ると、手をとって歩き出す。
よし、救出成功、っていうのは良いんだけど――。
うーん、梓ちゃん近くだとより可愛く見えるなぁ。
服で誤魔化されているけど、多分これは胸も大きいし、何か女としての格が段違いで凹みそうになる。
私も大学生になる頃には成長していると良いなぁ……。
「おい……あんなのが彼氏ってどうなってんだ?」
「わからん……あの地味な感じの顔が逆に良かったんじゃないか?」
チャラ男さんたち聞こえてるからねー……。
うぅ、確かに冴えない顔だけどさ! 私もそう思うけどさ!
でも、でも、格好良い時だってあるんだよ! ピアノ弾いている時とか! ピアノの前にいる時とか! ……ピアノに触れている時とか。い、いや、冴えない顔も可愛いって言うか……。
ごめんなさい博人さん。
「どうかしました? 何か暗い顔していますけど」
「うん、博人――じゃなかった。俺ってそんなに冴えない顔してるかな?」
「そうですねー」
梓ちゃんは少し考えた様子を見せると、ちょっと困ったように笑いながらそう言った。
「いわゆるイケメンではないですよね」
「だよねー……」
私はがくりと肩を落とす。梓ちゃんに言われたらぐうの音も出ない。
別に悪い訳じゃないけど、地味なんだよね。何か抜けているっていうか、キリッとしていないっていうか。イケメンかどうかで言えば、文化祭バンドメンバーに入った神崎君の方がよっぽどイケメンだと思う。
でも、そうじゃないんだよ! 大事なのはそこじゃないの!
「でも、ピアノを弾いている姿は本当に楽しそうで、見ている私まで楽しくなるような素敵な表情を見せてくれます」
「だよね!」
そうなんだよねー。ピアノの前だけは博人さん格好良いんだよね!
「でも、私が一番驚いたのはあの時ですけど」
「あの時?」
「入学時のガイダンスの後にあった新入生歓迎会を覚えていませんか? 学部の先輩方と一緒にゲームをしたり、軽食を食べたりしたのですが」
「あー、歓迎会、歓迎会だよね」
やっばい。全然分かんない。歓迎会で博人さん何やったの!?
「あの時の博人君の目を見た時が、多分一番驚きました」
私の眼をみながらクスクス梓ちゃんが笑う。
ちょっと博人さん、マジで何やったの? こんな可愛い子に覚えて貰うような目ってどんな目してたの!?
「そんな驚かせることしたの?」
私の問いかけに梓ちゃんは、続きはお店の中でとクスクス笑い、いつのまにかついていた目的地の中に入っていった。