私の夢と現実
私は大混乱していた。
昨日、私が博人さんになっている間に、何があったのかと今すぐ博人さんを問い詰めたい。
「香織閣下! 我々に下知を!」
「意味わかんないわよ!?」
朝教室に着いた途端にコレだ。
なんで男子がみんな私の前で跪いてるの!? しかも香織閣下って一体なにがあったの!? 私何やらかしたの!?
「ちょ、ちょっと有佳、何よこれ?」
「香織、私、一生あなたについていくって決めたわ。一緒にみんなを幸せにしてあげましょう! 恋愛マスター香織様!」
「有佳もどうしたの!?」
おかしい。みんなが私の愛のキューピットとか、私の恋も応援してねとか、訳の分からないことばっかり言ってくる。
あ、担任の美海先生が入ってきた。一体どういうことになっているのか、美海先生なら冷静に教えてくれるはず!
あれ? 何か担任の先生がいつもよりオシャレしているような? 何というかいつも以上に女の子らしいというか? 何か嫌な予感がするんだけど……。
「せ、先生、私、昨日一体何したんですか?」
「先生は香織さんがこんなに積極的にみんなを引っ張れるように成長してくれて、涙が出そうになるほど嬉しかったです。先生も覚悟を決めて好きな人を誘ってくるので、応援よろしくお願いします。恋愛マスター」
「本当に何があったのよおおおおお!?」
多分生まれてから今日まで生きてきて、一番大きな声を出した気がする。
一限の授業が終わり、次の移動教室に向けて廊下を有佳と一緒に歩く。
とりあえず、みんなの話を聞いてまとめてみると、状況は何となく分かってきた。
どうやら、私が昨日の文化祭でやる出し物の話し合いで、ジャズ喫茶の意見を出し、大演説をしたらしい。
そこで、ジャズ喫茶で恋愛成就とか何とか言って、みんなをその気にさせたとかなんだとか。
うん、絶対私はそんなこと言わない。
犯人は絶対に博人さんだー! というか、まるっきりバイトに人を誘う時の泰平君だあああ!
よりにもよって何やってくれてんのよ!?
というか、何が恋愛マスターよ!? 彼氏の一人もいたことないって!
初恋すらまだしたことないのに! あぁ、もう博人さんのバカ!
壁に貼ってあった置き手紙が、何か思わせぶりだったのはこのことだったのね!
何がみんなを上手くまとめてやってくれ。きっと楽しいことになる。よ!?
あぁ! もう博人さんの大バカ! 私のキャラが変な方向に突き進んでいるじゃない!?
「うずくまっちゃってどうしたの香織? 頭だいじょうぶ?」
あー、皮肉に聞こえるぅ……。痛くないか心配してくれているって分かるけど、頭がおかしいんじゃないかって聞こえるぅ……。
「うぅ……大丈夫じゃないかも……頭痛くなりそう」
「夏風邪? 保健室行く?」
「ううん、そういうのじゃないから……。はぁ、まぁ、もう、やっちゃったもんは仕方無いもんね」
博人さんがやっちゃったんだから、仕方無い。
文句を言いに言ってやりたいけど、言いにいけないことを私は知っている。
携帯電話で連絡が通じない理由は、私と博人さんの生きている時間軸が違うから。
だから、ここでは未来の博人さんに文句は言えない。それにこの時代の博人さんにも文句は言えない。
何故なら、博人さんはこの時代、病院に入院していて携帯電話を持っていないと書き置きを残していた。
それに、私も博人さんになった時、私はこうご両親に尋ねた。
二年前の自分はどこで何をしていたのかと。
そうしたら、酷い病気になって、東京のとある病院で入院し続けていたことを教えてくれた。
だから、私はこの時代に博人さんに会えない。というか、会ってもどうしようもない。
それに、こうしてくれたことが好意であることも、一応は理解している。
博人さんは私の書いた《やりたいことノート》をきっと見たんだ。
《みんなと一緒に文化祭で楽しい思い出を作る》
きっとあれを見て、こんなことをしてくれたんだと思う。
他にも既に叶ったけど、ジャズバーでアルバイトしたいとか書いていたから、それでジャズ喫茶になったんだろうなって思う。
だからこそ、心を見透かされたみたいで、恥ずかしくて余計に腹も立つんだけど。どうせ博人さんのことだから、詰めが甘くて問題ばっかりのはず――。
「それで、ピアノは私がやるとして、他に楽器が出来る人っているんだっけ?」
「うん、吹奏楽部の真鍋さんがサックスで、軽音楽部の烏丸君がベース、後はサッカー部の神崎君がバイオリン。これで四人だね」
「……そこは何とかなったんだ」
「もっと驚いてよー。神崎君がバイオリンだよー? サッカー部エースでイケメンで楽器まで格好良く弾くんだよ? 狙っている人たくさんいるけど、何人に告白されるんだろうね? そこんとこどうなの? 恋愛マスター」
「……知らないわよ」
「えー!? そこは実は狙っている男子が結構多い香織だって、いっぱい告白されるかもしれないんだよ!?」
「……もっとどうでもいいよ」
「あれ? 神崎君にも他の男子にも興味ない?」
「ないわよー。というか、文化祭の後コンクールもあるし、そんな余裕ないって」
ゴシップ好きな有佳の話を適当に流しつつ、私は違う意味でため息をついた。
意外なことに演奏出来る人を集めるという、一番高いハードルがあっさりクリアされていたせいだ。
博人さん、まさかこうなることを知っていた訳じゃないよね?
なんて疑いたくもなる準備の良さだよ。
そんな私の困惑など知らない有佳は、さっきから何か困ったようにそっかー、とかどうしようかなーとか呟いているけど、こっちの方がどうしようだよ。
「ま、香織がそう言うのならいいや。話は全く変わるけどね、香織が言っていた椅子と机のことなんだけど、大林さんの家で作れるって。家具屋だし」
「え? 何のこと?」
「え? 何か落ち着いた木目の椅子とテーブルが欲しいって言ったの香織でしょ? ほら、こんな感じの絵も描いてたし」
そういって手渡された設計図は私の良く知るお店に似ていた。
というか、名前もそのままだった。何のひねりも無くて、私は思わず噴き出してしまう。
《ジャジーダイニング》。
博人さんの世界で、私が夢を叶えた場所。
全く、あの人はこれで私が喜ぶと思ってるのかな? 女の子ってそんな単純じゃないんだよ?
そんなんで私をその気にさせたつもり?
「うん、机と椅子の配置はこれで良いよ。後はうちのクラスに酒屋さんの酒井さんっていたよね? あの子に開いたワインの瓶とかリキュールの瓶とかを持ってくるよう伝えてくれる?」
「え? お酒の瓶?」
「後、珈琲の香り! 何か香料とか香水みたいな感じのを樹に染み込ませるの!」
「え!? そ、そんなことまでするの? 香りなんて始まれば色々な匂いで分からなくなりそうだけど」
「必要、ぜーったい必要! だって、《ジャジーダイニング》なんだもん」
やっぱ再現するなら完全再現でしょ!
全く博人さんは甘いんだから。私がここで元の身体に戻らなかったらどうするつもりだったのよ。
せっかくの《ジャジーダイニング》がなんちゃって《ジャジーダイニングもどき》になってたところだよ。
「あれ? 何か香織楽しそう」
「え? そう?」
「うん、何かるんるんしてる」
「そっかなー。あはは、そうかもね」
全く、博人さんはしょうがないなー。全くしょうがないんだから。
「だって、ジャジーダイニングに行くのが夢だったから」
ジャジーダイニングで演奏していた私は、あくまで博人さんの中にいた私。
だから、たとえ現実でも、あれは博人さんにとっての現実であって、私にとっては夢みたいなもの。
でも、この文化祭でやる《ジャジーダイニング》は博人さんとっては夢だけれど、私にとっての現実だ。
夢の中だけじゃなくて、私の現実でも夢が叶うんだ。
「夢?」
「そう。夢だったんだ」
だけど、お礼は書き残さない。
代わりにどれだけ私がビックリして、苦労したか書き残してやる。
だから、とりあえず、今はこれだけ君に届くことを祈って空を見上げる。
「ありがと」
ちょっと恥ずかしいから、これで許して欲しいな。
「え? 何にお礼を言われたの?」
「えへへ、ナイショー」
「あー、ちょっと香織!? 待ってってばー!?」
私は今にもふわふわと宙に浮きそうになる足を誤魔化すために、廊下を走って駆け抜けた。




