夢の叶え方
ホームルームの時間が始まると、まずは進路調査の回収から始まった。
俺は鞄の中を探して、それらしい紙を取り出す。
けれど、それを提出することは出来なかった。
だって、それは全くの白紙だったのだから。
「どうしたの香織?」
俺の前の席に座る女の子が不思議そうにこっちを覗く。
俺は紙を忘れたと言って、そのまま後ろから回ってきた進路調査を前に渡す。
変な感覚だった。俺はその白い紙を見て、何故か心臓が嫌な意味でドキリと跳ねた気がしたんだ。
俺は咄嗟に紙を鞄の中に戻すと、慌てすぎたせいで鞄を倒してしまった。
がさりと中身がこぼれ、あたふたしながら中身を鞄に戻していく。
そんな中、ノートの表紙がめくれて中身が見えた。
《家を出て東京に行きたい》
《新しい友達を作りたい》
《アルバイトをしたい》
《ジャズバーで演奏したい》
《夏休みは梓ちゃんと泰平君とみんなで海にいく》
《花火を見る》
《梓ちゃんと一緒に演奏する》
《友達と一緒に東京で美味しいケーキを食べる》
《泰平君と違うバイトをする》
色々なやりたいことが書いてあった。
その中には俺の中で過ごしていたことも書いてある。
そして、最後の書き込みには――。
《羽田先生と両親とみんなと一緒に楽しめる演奏者になりたい》
と書いてあった。
良い子なんだな、と思うと頬が緩んだ。ちなみに、羽田先生とは香織が習っているピアノの先生だったな。カレンダーに羽田先生とのレッスンって書いてあった。
そのノートを片付けようとしたら、突然風が吹き、最後のページがめくれる。
すると、隅の方には小さい字で、短くこう書いてあった。
《恋がしたい》と。
「そっか」
君はそういう子なんだ、と俺は呟いた。
君は音楽が大好きで、恋をまだしたことないけど、憧れている女の子なんだと、ほんの少しだけ君という子が見えた気がした。
「香織、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっとボーッとしていただけだから」
俺は鞄の中身を整理しなおして、姿勢を正す。
俺と香織は不思議なことに時を超えて、入れ替わっている。
だから、これも何かの縁だろう。
委員長が文化祭でやりたいことを皆に問う。
俺はそこで真っ先に手をあげてこう言ってやった。
「ジャズ喫茶がやりたい」
そう言ってやった。
すると、委員長にどういう内容なのかを聞かれた。
それに対して、香織が中心になってジャズバンドを編制し演奏する、喫茶店型の模擬店だと説明した。
その後、他の意見も出て、決選投票をすることになった。
そして、その投票前に三分だけアピールタイムが用意され、発案者が自分の案についてアピールすることになった。
その決め手となったのは、あいつの酷い一言だったのは付け加えておこう。
「良い? 男子のみんな、よーく聞いて」
突然、俺こと香織に声をかけられた男子は不思議そうにこちらに視線を集める。
「女の子にもてるための催眠術ってあると思う?」
男子の間でザワザワとどよめく声がする。
「答えは《ある》。ジャズ喫茶が催眠装置よ」
「ど、どういうことだ?」
「良い? 運動部でもてるのはあくまでエースと呼ばれる輝く人達だけ。ベンチや控えにもなれない人は眼中に入らないわ。夏休みマジックはみんなにかかる訳じゃない!」
「「なっ!?」」
男子の一部が青ざめた。
「けれど、音楽は演奏するだけで格好良い! 例えばギター! とりあえず弾けたら格好良く見える! ギターを弾けるってだけで格好良い!」
「「弾けるだけで格好良い!?」」
「そして、執事服! 着るだけで格好良い! しかも、BGMつきでさらに格好良い! つまり、そこに立っているだけで格好良い!」
「「立っているだけで格好良い!?」」
「つまり、ジャズ喫茶とは音楽が出来ない人でも格好良く、楽器が弾ける人はさらに格好良く見える。それはある種の催眠術! だからもてる!」
「「な、なんだって!?」」
これで男子の心は掴めた。後は半分の女子票だ。
「それと女子の皆さん、彼氏がいる人は彼氏をつれてきてください」
ざわっと女子の間でもどよめきが走る。
「淡い光に包まれる大人の雰囲気の中、彼氏と一緒にジャズを聴いて、甘いお菓子と紅茶を楽しむ。まるで、ロマンチックで映画にいるみたいで、二人の仲はきっと進展するわ! もちろん、彼氏がいない人でも大丈夫! 気になる相手を誘えば、ムードはバッチリ。告白すればきっと思いは伝わる! 告白成功率は当社比百五十パーセント!」
波紋が男子と女子に一気に広がる。
「恋の成就にジャズ喫茶! 私はみんなの恋を応援する! 店の名前は《ジャジーダイニング》!」
ありがとう泰平。お前のバカみたいなバイトの誘い文句が役に立った。もはや言っていることはメチャクチャだけど、熱意は伝わるはずだ。
そして、俺の思惑通り、投票の結果はめでたくジャズ喫茶になった。
これであいつの願いがちょっと叶ったと思う。いや、違うな。俺の願いが叶ったのか。
こうやってみんなとバカをやりたい。
俺は失った時間を取り戻せたみたいで、この時、とても楽しかった。