女子高生の夏
俺たちの入れ替わりが発覚した後、俺たちは入れ替わっている間に、互いのスマホに電話をかけた。
けれど、電話は全く別の人が出て、メールも通じない。
何度も間違い電話扱いされて、終いには相手に怒られた。
「何で通じないんだ? というか、かけてる先は俺の電話番号なのに、何で八十歳の婆さんに繋がるんだよ……」
はぁー。とため息をつく。こうなれば香織との交流手段は置き手紙しかない。
俺は香織の身体で額に手をつきながらため息をする。
すると、やけにスベスベした肌の手触りに思わずドキリとした。
そうか。俺は今女の子の身体の中にいるんだよな。肌すべすべだ。
鏡に映る香織は興味津々といった様子でこちらを見つめている。
いや、俺がそういう目で見ているのか。
意外と良い体型しているんだよなぁ。何というか色々な意味でちょうど良いというか、手にすっぽりはまるというか。
思わず手で胸を揉んでいた。
「揉むと大きくなるって言うけど、本当なのかな」
なんて独り言をつぶやきながら。
「って、これは香織の身体なんだよな……。これじゃあ俺が変態みたいじゃあないか」
何とか理性を引っ張り出して、自分の手を止める。
そして、変な気を起こさないようにもう一度連絡が取れない原因を探ろうと思考を巡らせた。
自分の物では無いスマホを手慰みに弄る。
すると、写真フォルダを開いてしまった。
「あー、写真はさすがにヤバイか。ん?」
けれど、そこであることに気がついた。
2013年と書いてある。
あれ? と思い、適当なニュースサイトで今日の日付を調べる。
そこで俺はハタと気がついた。
「時間がずれているんだ」
二年間、俺のいる時間と香織のいる時間はずれている。
なるほど、そりゃ、電話もメールも繋がらない訳だ、と俺はそれで連絡が出来ない理由に納得した。
二年前といえば、俺はとある病気で病院に入院していた。
ほぼベッドの上にいる毎日で、携帯も電波の影響があるかもしれないからと、親が持ち込ませなかった。
そうなると、香織側から俺に直接連絡を取るのは不可能だろう。
もちろん、当時の両親の携帯電話番号を覚えている訳もなく、メモとして書き残すことも出来ない。
「となると、後は現代の俺に入った香織が、香織自身に連絡を取るのに賭けるしかないか」
もし、連絡が取れれば、現代の香織はこの二年前にあった入れ替わりを経験しているだろうし、良いアドバイスが貰えるかも知れない。
それどころか、入れ替わりを終わらせる決定的な方法を教えてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、とりあえず学校に向かう。
かなり田舎に住んでいるのか、家はまばらで田んぼと畑ばかりが広がる。
駅は無人駅だし、一時間か二時間に一本しかないし、乗るのも高校生ぐらいまでで大人はいない。
田舎だなぁ。そんなことを呟きながら東京よりもずっと高く見える空を眺める。
電車に揺られて目的地の駅につくと、ようやく街っぽくなってきた。
コンビニとスーパーがあるだけで、すごいと思ってしまうあたり、香織が東京で目を回しているのが簡単に想像できる。
「おはよう。香織」
「おはよ。有佳」
ふと、俺もとい香織の名前を呼ぶ声が聞こえて振り向く。
すると、そこには小柄なお下げの女の子、遠月有佳がいた。何というかリスとかハムスターとかそういう小動物系の女の子だ。正直言ってかわいい。
「今日も暑いね」
「だなぁ」
俺は有佳に同意しながら長い息を吐いた。
確かにジメジメして暑い。初夏が過ぎ、今は梅雨の季節。たまたまやってきた晴れは、それはもう蒸し暑くて仕方無かった。
俺は胸元に指をかけ、ぱたぱたと服をはためかせて風を身体に送る。
「それ、男の子の前でやらん方が良いと思うよ」
「あー……そうだな」
しまった。つい男の時のくせで。
「この前のスカートぱたぱたよりマシだけどね。あの日は完全に見えてたよ」
「ははは……」
女の子になって気がついたことが一つある。
意外と男子の目線は分かる。
ガン見しているやつ、顔を反らして目だけ向けるやつといる。
その度に、一体なんなんだと思っていたけど、そう言えば俺今香織だったなぁと思い出して、手を止めてきた。
とはいえ、気が抜けると男の癖は出る訳で、こうやって香織の友達の有佳にたしなめられているのであった。
「そういえば、進路調査の紙って今日までだけど、香織は何書いたの?」
「え? 進路調査? あー、何書いたっけ……」
「えー、隠さなくてもいいじゃん」
隠すも何も俺は香織のことを何も知らない。せいぜいピアノがメチャクチャ上手いってことぐらい。
考えてみれば、この香織っていう子は、一体どういう子なんだろうか?
「ずばりプロの演奏家でしょ? 日本と世界各地を飛び回る大演奏者! 香織のピアノすごいもんねー。何かすっごい真剣な顔してピアノ向き合ってる姿は女子でも惚れそうだし」
「ばれたかー。プロの演奏家って進路希望に書くのは、ちょっと恥ずかしいけどねー」
適当に合わせて応えてみる。それに何となくそんな気はした。
俺は素人だけど、香織の演奏する曲はとても人の心を打つ。
俺の身体を介して、あいつの音楽が好きという気持ちが伝わって、俺はウキウキ出来た。
きっと、あぁいう人が音楽のプロになろうとするんだろうと思ったんだ。
「ふふふー、あたし達親友だからね。というか、何度もあの家から早く出たいからプロになるんだって言ってたの香織でしょー? もう耳にたこができるほど聞かされたってのー」
そういう間柄だったのか。確かにちょくちょく声をかけてくるなぁ、とは思っていたけど、今ようやく納得出来た。こっちの身体にいるときは大事にしよう。
「有佳は決めてるの?」
「それがぜーんぜん。とりあえず、東京とか大阪とかの都会に出たいかな。私はそういう特技とか才能ないから、プロになるとかじゃなくて進学かなーって」
「そっかー」
適当に相づちを打ちながら、自分はどうだったかを思い出す。
俺は確か――。
昔の思い出を引っ張り出そうとすると、不意に興味を別方向に引っ張られた。
「ま、そんなことよりもさ。今度の文化祭の出し物考えた?」
「文化祭? あれ? もうそんな時期? 今から準備って相当気が早くない? 」
「何言ってるの? うちの学校は夏休み前でしょ? 三年生の受験に配慮するーとかなんとかで」
「あ、そう言えばそうだったねー」
知らねぇよ!? と思わず言いかけたけど、ぐっとこらえた。
そっか。文化祭か。そういえば、ちゃんと参加したことってなかったなあ。
香織たちはどんなことをするんだろう?
俺は自分の失った時間を取り戻せるような感覚に、ちょっとうきうきしながら水たまりの残る道を歩いた。




