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桜のつぼみ

この想いはずっと前から……。


最終話「桜のつぼみ」


黒板上部のスピーカーから流れる鐘の音で、僕は目が覚めた。チャイムと同時に、教材を入れたかごを持って教壇に立つ日本史の先生。

前の席から、もう休み時間は終わりだよ、と古川さんが小さな声で教えてくれた。

あれ?

試練が終わったら、電車の中に戻ってくるって話じゃなかったのか。

心の中でルートKを事情を聞かねば。


石器時代に関する無機質な授業が中盤を迎えようとしても、ルートKは全く返事を返してこない。

今までなら、こっちが頼まなくても喧しいほどに話しかけてきたのに、どうして必要なときには出てこないんだよ。

ペンを回しても、真面目にノートを取っても、ルートKの声を聞くことはできなかった。



授業の予習と復習を終え、少し肌寒い初春の夜。僕は毛布に身をくるみ、小説を読みながら眠気が訪れるまでゆっくりしていた。

蛍光灯の明るすぎる光が紙面に反射し、眩しさで文字が読みにくかった。

そろでも、文字を追うほどに、まどろみの世界へゆっくり落ちていき、瞼が重くなり始めた。


その時、うっすらと勘づいていたものの、認めたくないがままに目を逸らしてきた事実が心の中でより大きな実体を持ち始めた。


ルートKの試練は、全て休み時間に見ていた夢ではないのか。

あれは溢れんばかりの恋慕の情が生み出した夢の世界ではないのか。


僕は、全てが本当であって欲しいような、嘘であって欲しいような不思議な気持ちになり、毛布を纏ったまま目を閉じた。


夢を見た。人の形をしたモザイクのような何かと会話する夢を。

今でも明瞭に思い出せる。

「ありのままの想いを伝えなさい」

それは確かにそう言った。

機械的で事務的なのに、新緑の古刹のように深みを持ったあの声。

ルートKだった。



そろそろ告白したほうがいいのかな。こんな夢を見るほどにまで膨れ上がったこの想いを告げたほうがいいのかな。

おすすめの小説を貸してくれたり、時々メールをしてくれたり。こんな事があっただけで、もしかして……と期待してしまう。

休日の朝から、何を考えているのだろうか。


好きは日を経る毎に大きく育っていき、一年が経過した今、おそらく古川さんは僕の気持ちに気づいているだろう。好きすぎて、好きすぎて、大好きすぎて。

心の奥から、どんどん気持ちが湧き出てくる。心は好きで満たされているのに、まだまだ好きがたくさん出てくる。


夢の中でルートKと思われる声が僕に告げたあの言葉。試練は全部で3つあったはず。

3つめの試練は何なんだ。

ただ、確信できることがある。今僕がいるこの世界は、現実だ。空気の感じとか、体の動きやすさとか、理屈はないけどそれだけは分かる。


こうして、肝心なことは分からないまま時間は流れていった。まだ、夜は暖かくならない。



また夢を見た。

「これが最後の試練です。その真っ直ぐな想いを伝えてみなさい。私の役目はここまでです。頑張ってください。さようなら」

今度も確かにルートKの声だった。影のように、どこからとなく現れて儚く消えていく。


初めて出会った時、ルートKは恋を叶えると言った。でも、それは何か魔法の力で僕と古川さんとを結びつけるというわけではないのだ。僕ようやく気づいた。

僕を告白に導くもの。それがルートKの本質なのかもしれない。

そして、今の僕は昔と違う。素直になれるような気がする。勇気を出せるような気がする。

確実なんて恋には存在しないけど、可能性はいくらでもあるんだ。

もう砕け散ってもいい。この覚悟が、最高の結末に繋がるかもしれないと信じてさえいれば。



休み明けの月曜日は流石に緊張したから、呼び出せなかったが、その次の次の日、水曜日の放課後に古川さんを教室に呼び出した。

別に、ルートKに促されたから急に告白する気になったというわけでもない。告白はずっとしたかった。僕の背中を後押ししてくれたのがルートKというわけだ。

その日は古川さんが日直日誌を書くために教室に残っていたから、違和感なく二人きりになれた。

無言の教室。カリカリと黒鉛の芯が紙と擦れる音だけがその存在を主張していた。


ずっと前から、告白しようと思っていた。だけど、怖くてなかなか行動に移せなかった。そんな時、ルートKが現れて、僕を強くしてくれた。

ルートKが夢の中の人物であろうとなかろうと、僕を成長させてくれたのは目に見えて明らかな事実だ。

だって、僕は今から告白しようとしているのだから。


僕は古川さんが日誌を書き終えるのを後ろの席に座って待っている。当の本人もこれから何が起こるか感づいているようで、シャーペンを持つ手が震えている。僕も古川さんも緊張してるんだ。


「それで、風太くん。話ってなに?」

日誌を閉じ、古川さんが振り返ってきた。その頬は淡紅に染まっている。

「大体わかると思うけど……」

僕は誰にもこの大切な話を聞かれないように、教室の扉を閉めた。

「うん……」

僕が古川さんの机の前に行くと、そっと立ち上がってくれた。

「その、僕は……」

「……うん」

「この一年間、その……」

肝心な言葉に限って喉につっかえてしまう。

「……」

「古川さんのことが……、好き……でした。良かったら、僕と付き合ってください」

古川さんの頬と耳が更に赤く染まった。

校庭側の開け放たれた窓から、風がビューっと教室に吹き込み、古川さんの髪をなびかせた。

「風太くん……。私は―――」



気温も少しずつ下がり始め、まだまだ冬の気配が残る空気の中、桜の蕾はどんどん大きくなっている。

なんだか通学路がいつもと違うように見える。

蕾が膨らむように想いを積み上げてきて、ぱあっと花を咲かせた。


「よく言えましたね」

一瞬ルートKの声がしたような気がした。

でも、きっと気のせいだと思う。


もう僕の心の中にルートKはいない。



おしまい


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