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第三話 勇気があれば

伝えよう、勇気を出して。


第三話 「勇気があれば」


気づくと僕は、長椅子の端に座っていた。


「素直になること」

心の中ではそうあるべきだと思っていても、妙な羞恥心に妨げられて、なかなか難しいことだ。


なんだか僕の思っていた試練とは全然違っていた。てっきり、剣山を登るだとか、ジャングルから脱出するとか、映画の主人公のように、かっこいいものだと思っていた。

でも、これは恋の試練なのだ。断られることを恐れるばかりで、行動に移せない僕を強くするために必要なのは、痛みを耐えぬく不屈の精神や自然の中で生き抜くサバイバル力なんかじゃない。

もっと現実的なもの。欲しくてもなかなか手に入れられない、例えば素直さ、とかそういったものが今の僕には足りなかったのだ。

この試練の正体なんて知ったものじゃない。

でも、これがたとえ夢だとしても、僕は強くなる!



電車から降りると、冷たい輝きを放つ鉄の扉が僕を待ち構えていた。

「さあ、ふたつ目の試練があなたを待っていますよ」

「簡単にクリアしてやる」

「頑張ってくださいね」

何が起ころうと、僕は試練をクリアすればいい。冷酷ともとれる、不気味な輝きの扉を全体重で押し開けた。扉はゆっくりと開いていき、僕は再び眩い光の空間に放り出された。


まぶしすぎて何も見えない空間。フリーフォールに乗った時のようなGで、体内の液体がヒューッと上がる不快感に包まれた。


少しずつ体勢が安定してきた頃、足が地面をつかむ感覚がした。

ちょうど春が訪れる時のように、周りの光が少しずつ暖かな色を帯び始め、今回僕が置かれた状況が明らかになろうとしていた。


僕の目の前には同じクラスの女の子が二人。

机の上に置いてあるクッキーを美味しそうに頬張っているのが、高野美咲。今年のクラス替えで出会ったやつで、ちょっと子供っぽくて、クラスの男子の中では密かな人気を得ている。

もう一人、自分の思った事をはっきりと言うから好みが分かれるけど、みんなの中心にいるような女子、佐山由紀。こいつは僕の幼なじみで、小学校の時からクラスが離れたことがない腐れ縁ってやつだ。


そんなことはどうでもいい。僕は誰になったんだ。

でも、嫌な予感がする。今の状況から考える限り、僕はまた女子に……。


無言で洗面所まで向かい、鏡に写った自分を確かめた。

はぁ……。

同級生の女子になんて、どうやってなりきれって言うんだよ。

それと、こんなこと言って申し訳ないが、せめてもう少し可愛い子が良かった。

僕の腐れ縁その二、鏡の中で中野恵が困った顔をしていた。


「今回の試練は何なんだ」

僕は心の中でルートKに尋ねる。

「そんなに焦らなくてもいいですよ。それにまだ、試練のきっかけとなる出来事が起こっていませんから」

「なるべく早くしてくれ」

「それなら早く部屋に戻って下さい」

僕はルートKに返事をせず、早足で階段を駆け上がった。


「わたし飲み物取ってくるねー」

どうやらここは高野の家らしい。僕とすれ違いで部屋を出て行った。

「ねー、恵。美咲の部屋って面白いものありそうじゃない?」

突然、悪知恵を働かせた佐山由紀が立ち上がって部屋を物色し始めた。

また嫌な予感がする。しかも結構深刻な。

「止めといた方がいいって!」

僕は彼女を制止しようと試みた。

「そんなの大丈夫だって。ほら、これ綺麗じゃない?」

佐山はガラスで作られたミ☆キーマウスに手をかけた。照明に透かして見るためか、背伸びをして高く掲げている。


その時だった。

「あ!」

佐山の甲高い叫び声が聞こえたかと思うと、ガラス細工は床に向かって真っ逆さまに落ちていった。そしてそのまま、それは原型を留めず、細かな破片となってキラキラと嫌な光を放っている。

オレンジジュースとコップをお盆に載せて持ってきた高野がそれを見たのは、それからすぐの事だった。


「ごめんなさい……」

高野が寂しそうに破片を片付ける横で、佐山は後悔の表情を浮かべ謝りつづけていた。

僕はどうすることもできなかった。下手に何か話すと、この場の空気を更に険悪なものにしてしまいそうで。

高野の勉強机の上には、家族でディ☆ニーランドに行った時の写真がぽつりと立てられている。

「わざとじゃなくて……」

「わざとじゃなかったら何しても良いの?」

「そうじゃなくて」

「言いたいことがあるなら言って。私への嫌がらせなの?」

「嫌がらせなんかじゃないよ……。私には謝ることしか出来ないから、だから、本当にごめんなさい……」

「もういい……」

「え?」

「もういいってば。いくら謝ってもこれは元に戻らないんだし」

「……」

僕も佐山も、言うべき言葉が見当たらなかった。何を言っても高野の機嫌は治らなさそうで。


結局この日は、気まずいムードのまま僕と佐山は帰宅することになった。いいよ、と言う高野の表情も、ごめん、と言う佐山も、クッキーを頬張っていた時のような高校生らしい無邪気さはなく、仲良しの気持ちがどこかに浮遊してしまったいるようだった。

「ほんとにごめん」

「もう良いってば」

高野の声が、謝る佐山を突き放すように聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。

余程思い出の品だったのか、高野の目が少し潤んでいるようにも見えた。



あれから三日間、二人は一言も言葉を交わさなかった。

二人は教室の席も近くで、授業で班を作るときは最悪の雰囲気だった。日本史の授業中、その空気を読もうともしないルートKの声が聞こえた。


『高野美咲と佐山由紀を仲直りさせなさい』


早速、今日の帰りに新しくできたクレープ屋さんに寄らないか、と二人を誘ってみたものの簡単に断られてしまった。それから、お弁当に誘ったりしたけれど、二人は、特に佐山が一緒になろうとしたがらない。壊してしまった方には気まずさと罪悪感が残り続けているのだろう。


その日の放課後、偶然下駄箱で佐山と出くわした。

「ねぇ恵。今日一日、私達をくっつけようと頑張ってくれてたでしょ?」

見透かされていたのか。

「う、うん……。やっぱりいつもの仲良しな二人に戻って欲しいし……」

ごめん! それもあるけど、恋の成就に僕は必死なんだ!

「ありがとね。でも、大丈夫。これは私が解決しなきゃいけないことだと思うから」

そう言って、佐山は肩に届かないショートカットさえ、ひらりと大きく舞うほどの勢いで背を向け立ち去った。

佐山は今日も、高野と話さなかった。


あれから一週間が経ち、ゴールデンウィークに突入してしまった。確か二人とも帰宅部だったから、学校以外で会う機会はほとんど無い。

できるだけ早く解決しないと、本当に仲が悪くなってしまう。

考えを巡らす僕の手元には中野恵のスマートフォン。今時珍しくロックが掛かっていない。

佐山を呼び出して仲直りさせるか……。

呼び出す……。呼び……。


あ、この手があったか。

僕は、佐山と高野に同じ内容のメールを送った。


三十分後、僕に呼びだされた二人が公園で鉢合わせた。

佐山は不思議そうに、

「あれ? 私は恵に呼ばれたんだけど……」

「私も……」

高野も目をぱちくりさせている。

僕はその様子を近くの木の陰から見守っている。今は中野恵の姿をしているから、別にストーカーには見られない。


二人は、とりあえずベンチに座ろうという話になった。僕は最後のひと押しということで、佐山にメールを送信した。

『今しかないよ! 気まずいけどもう一回謝ってみよ!』

佐山の携帯のメール着信音が予想以上に大きかったのでビビったが、佐山は、

「恵が急用で来られなくなったって」

これは予期していなかった。佐山のこういう所、見習わないとな。


状況は揃った。あとは佐山がこの気まずさを吹き払うだけだ。

佐山は俯きながらも、はっきりと話し始めた。

「あのね、あの時のことなんだけどね……」

「うん」

「あの時は本当にごめんなさい。あまりにも綺麗だったから、光に透かしたらもっと綺麗になるのかなって思って。言い訳みたいに聞こえるけど、ホントにごめん……」

「もう、だから良いって言ってるじゃん」

「でも」

「もしかして、まだ私が怒ってると思ってる?」

「うん……」

佐山は小さく頷いた。

「本当に正直だね。そりゃ、あの時はちょっと怒ってたけど、今はもうそんなこと思ってないから」

「ほんと?」

佐山は顔を上げて、高野をまっすぐ見つめる。

「どうやったら信じてくれるかなぁ」

「でも、このままなかったことにするのは違う気がする。だから……、私を一発殴って! 本当に怒ってないなら、それで仲直りにしよ!」

涙目になりながら、必死に訴えかける佐山の前で、高野は立ち上がった。

おいおい二人とも本気かよ。

「ほら、由紀も立って」

佐山は、足を震わせながら立ち上がった。

「じゃあいくよ」

ビクビクしながら、佐山はぎゅっと目を瞑った。

高野は大きく振り上げた手を、佐山の頬へ一直線に運んだ。


「え?」

高野のビンタはもはやビンタではなく、高野はただ優しく佐山のほっぺたを撫でている。

「殴れるわけなんかないよ」

高野の手は頬に優しく触れたままだ。

「確かにあのガラス細工は大事なものだったけど、由紀との友情の方がもっと大事に決まってるよ。ここで殴っちゃったら本当に友情が壊れちゃうから」

「これで………いいの?」

「うん。仲直りしよっか」

「うん!」

それから、お昼を過ぎても二人の楽しそうな話し声は途絶えることはなかった。

もうそこには、険悪なムードなんて一切なかった。佐山が頑張った結果だ。

色んな事を乗り越えて、友情は深まっていく。

乗り越えれば、乗り越えるほど強くなっていく。


風がふわりと葉桜をさざめかせる。

役目を終えた僕は、ひらりと公園をあとにした。



「お疲れー」

光の間で、佐山と高野と中野が僕を出迎えてくれた。

「もう疲れた」

「だろうね。でも、なかなか良かったよ」

「それはどうも」

「この勢いで告白も頑張ってね」

手を振りながら彼女たちは光と化した。


試練も終わり、僕は再び戻ってきた。


あれ?

電車の中じゃない……。



2つめの試練「勇気を出すこと」


おわり















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