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素直に

素直な気持ちを言葉にして伝えてみようよ。


僕はまだエレベーターの真ん中で立ったままルートKと名乗る謎の声と話していた。

「このままではあなたと古川サトミが結ばれることはありません」

「どうして言い切れるんだ」

「あなたには欠けているものがあるのです」

「じゃあ何が欠けているか言ったらいいじゃないか」

「これは口で言ってどうなるものでもないのです。ですが、あなたは欠けているものを手に入れるチャンスに恵まれました。あなたが古川サトミと結ばれたいのなら、私が与える試練をクリアする必要があります」

どうするべきか。それと気になっていたことが一つ。

「っていうかここはどこなんだ」

「おっと、言い忘れていましたね。ここはあなたの記憶の断片を繋ぎあわせて作られた世界です。この駅もあなたが今まで見てきた様々な駅の風景を少しずつ組み合わせて作られました」

「なるほど。それではこの世界の出来事は現実には影響しないのか」

「そういうことです」


正直言って何が正しいのかわからない。ルートKの言うことを鵜呑みにしていいのか。そもそもルートKって何なんだ。

「まだ私を信じきれていないようですね。まぁ、無理もありませんが。ここはあなたの記憶が作り上げた世界です。ですから、もし私が悪者だとして、この世界のあなたを殺しても現実世界に戻れば何も無かったのと同じになります。夢の世界と考えてもらったほうが分かりやすいでしょうか」

「それは本当か」

「もちろんです。それにこの試練は絶対です。つまり試練をクリアしないと、いつまでもここで私とお話することになります」

仕方ない。試練をクリアする以外に帰れる方法はなさそうだ。

「それなら早く試練ってのを出してくれ」

「ようやくやる気になってくれましたね。まずはエレベーターから降りてください」


まだ少し怖かったが、僕は誰もいないホームを一歩ずつ歩いて行った。鉄筋がむき出しの屋根の下には、ずらりと並んだベンチ以外には何もない。それに、どこを見渡しても駅名表示はなかった。

「ここからあなたは電車に乗って3つの駅で降りてもらいます。その度に試練を1つずつ与えていき、すべての試練をクリアするとこの駅に戻って来られます」


銀の車体に緑のラインが入った電車がホームに滑りこんできた。行き先は書いていない。

恐ろしいことに運転席には誰もいない。

「この電車に乗り込んでください」

「本当に大丈夫なんだろうな」

「ええ、私はあなたの恋路を応援する者ですので」

この電車に乗ったらもう二度と帰ってこられないような気もしたが、早く元の世界に帰るためには試練をクリアするしかない。何が待ち受けているのか全く分からない恐怖で、背中に冷や汗が流れた。


その汗は車内のひんやりとした冷房で更に冷たくなった。無人運転の電車はぐんぐんスピードを上げていく。

長い椅子の端で、背もたれにさえ、もたれかからず僕は全身に力を入れて座っている。全く揺れない車体。つり革だけが、この電車の加速度を教えてくれた。

「もうすぐ一つ目の駅に到着しますよ。準備はいいですか?」

「何があるのか知らないけど、すぐにクリアしてやる」

「頑張って下さいね」


到着したホームはさっきの駅とある一点を除けば、全く同じだった。

さっきの駅ではエレベーターたった場所が重厚な木の扉になっている。

「あの扉を開ければいいのか」

「物分りがいいですね」

僕はずっしりと重い扉を開けて、強烈な光で何も見えない真っ白な世界に足を踏み入れた。


その瞬間。ジェットコースターに乗っているかのような浮遊感に包まれた。周りが何も見えないので、自分が上を向いているのかさえ分からない。今度は体が前方向に回転し始めた。完全に平衡感覚を失い、頭が痛くなってきた。


少しずつ景色が見えるようになってきた。テレビ台においてあるペンギンのガラス細工、ソファで寝転がる飼い猫のミケ。どうやらここは僕の家らしい。

でも、この部屋はどこか違和感がある。家具の配置が若干変わっているのか。

それより、これは誰の視点なんだ。洗面所に行って、鏡を見てみることにした。


リボンで緩く小さく結んだ二本のお下げ。僕も通っていた小学校の制服。全国平均を余裕で切っている身長。

妹じゃん!

どうしよ、これ。お母さん帰ってきたらバレるだろ。


「あー」

声は妹のものだ。話し方を真似すればなんとかごまかせるはず。

状況をつかめない僕はルートKに助けを求めた。「おい、どうなってるんだよ」

「これからあなたには試練を与えます。あなたは定められた姿で試練を突破していかなければならないのです」

「言うのが遅すぎるだろ」

「それは失礼。では頑張ってください」

「おーい!」


「さっきから大きな声出してどうしたの、沙織」

お母さんの声だ。沙織は普段大きい声とか出さないんだった。

「なんでもないよー」

「そう?」

「うんー」

台所からは何事もなかったかのように、野菜を刻む音が聞こえてくる。どうやらバレなかったらしい。

「私が言うのもアレですが、全然似てないですね」

ルートKが笑いながら話しかけてきた。

「人の話し方なんて真似できねーだろ!」

「語尾を伸ばせば良いと思ってるあたり、まだまだですね」

「ちょっとずつ上手くなっていくんだよ!」

「それ、現実世界に戻った時に困りませんか?」

「あ……」


鏡に映る僕、いや沙織はまだの小学校の制服を着ている。小学校!?

今、僕は高校一年生で沙織は中学二年生のはず。どういうことなんだ。

走ってリビングに掛けてあるカレンダーを確認しに行った。

うわ、二年前のカレンダーだ。過去に来たってことは試練も過去に関係あるものなのだろうか。


ルートKとの話し声が聞こえないように沙織の部屋に移動した。棚の上にはぬいぐるみがたくさん置かれている。本当に昔から趣味が変わってないんだな。

「そういえば俺が沙織の体を借りている間、沙織はどこにいるんだ?」

「それは試練が終わってから教えてあげます」

「さっきから試練って言うけど、いつから始まるんだよ」

「もうすぐ始まりますよ」


階段の下からは肉じゃがのいい匂いが昇ってくる。空は少しずつ暗くなり始めている。

「沙織ー。ご飯できたわよ」

「今行くねー」

父は仕事で帰ってくるのが遅くなるらしいので、今日の晩御飯は僕(沙織)とお母さんとこの時代の僕の三人だ。

いくら過去とはいえ、自分の顔を自分で見るのは変な気持ちだった。


でも、中学二年の頃の俺ってこんなだったっけ。髪はボサボサだし、服はだらしないし。

過去の僕は食事中なのに左手でスマホをずっと触っている。

「ちょっと風太。食べてる間くらい携帯置いときなさい」

「は?」

過去の僕はお母さんを睨みつけながら、ポテトチップスを持って自分の部屋へと上がっていった。


お母さんの顔の小さなシワが悲しそうに見えた。

そうだった。僕は反抗期が他人より長く、そして程度が酷かったんだった。何か言われると無性に腹が立って、部屋に戻ってから後悔ばかりの日々。素直になりたくても、親に対してはそうなれなかった。沙織やお母さんからはこんな風に見えてたんだ。

「これがあなたにとって最初の試練です」

ルートKの声が聞こえた。どうやらこの声はお母さんには聞こえていないようだ。


『二年前の宮野風太の素直な気持ちを引き出してやりなさい』


この頃の僕はお母さんのことを別に嫌っていたわけではないから、この試練はどうにかなりそうだ。ただ素直になれない。この気持ちをどうしてやるべきか。

夕食後、とりあえず今後の予定を決めるためにカレンダーを見た。今日は4月25日か。何かプレゼントさせるのが良いと思うけど、母の誕生日は2月だ。それまで待っていられない。どうするべきか……。

それからずっと考えたが、結局まとまらなかったので、今日は寝ることにした。


朝の情報番組では、スカイツリーのオープン記念の話とか、北陸新幹線が約1年後開通するとかいう話ばかりだった。こうして見てると本当にここが現実世界のように思えてくる。でも、僕の髪は後ろでくくってるし、制服のスカートを履いている。


番組は一旦コマーシャルに入った。

『今、イオンでは母の日のギフトセットを販売中。カタログもございます。イオンから真心を込めてお送りします』

これだ。これなら、過去の僕も素直になれるはず。次の日曜日にでも一緒に買いに行かないと。


「お兄ちゃん。入ってもいい?」

早速その日の晩に過去の僕に話を持ちかけにいった。

「おー。何だ?」

「あのね、もうすぐ母の日でしょ?」

「それがどうしたんだよ」


「お兄ちゃんと沙織とでお母さんに日頃の感謝の気持ちを伝えようよ」

「はぁ? 俺はあいつに感謝なんかしてねーよ。沙織が一人で伝えろよ」

ここまでひねくれていたとは。本当に反省しないと。でも、ここで挫けてる場合じゃない。

「お兄ちゃんもちゃんと伝えないとダメだよ!」

「もういいって。ほら出てけ出てけ」

追い出されてしまった。今の僕はこの頃に比べたら随分丸くなったものだ。というより、多少は素直になることができた。

でも、この頃はどうしても素直になれなかった。

「ありがとう」この一言を言うのがどれほど恥ずかしかったことか。

でも、恥ずかしくても言わなくちゃいけない。僕は今になってようやく気づいた。この頃お母さんや沙織にどれほど迷惑をかけていたかということを。そして、どれほどの愛に恵まれていたかということを。

口も悪くなり、態度も冷たくなった僕を見捨てず、ずっと話しかけてくれたお母さん。

ありがとう。この頃のことはごめんね。

現実世界では反抗期が終わるまで素直になれなかった。だから、せめてこの世界の僕だけでも早く素直になってほしい。

この試練、絶対に成功させなければならない。




「お兄ちゃん、入るよ」

「まだ入っていいって言ってないだろ」

「お兄ちゃん、本当にお願い。もう明後日は母の日なんだよ。明日買いに行こうよ!」

「嫌だ」

「お兄ちゃんはお母さんが本当に嫌いなの?」

「……」

「でしょ? ちょっとだけ素直になってみようよ」

「……しい」

「え?」

「恥ずかしい……」

よし、この調子ならいける!

「お兄ちゃんは沙織のことどう思ってる?」

「どうって言われても」

「嫌い?」

「いや、嫌いじゃない」

「もっと素直になって」

「好きだよ……。良い妹だと思う」

「その調子でお母さんにも素直になってみよ?」

「うん……」

過去の僕はゆっくりと首を縦に振った。

誰だって人を本当に嫌いになることなんてめったにない。ただ素直になれないだけであって。

「じゃあ明日、感謝の気持ちを込めたプレゼント買いに行こっか」

「わかった……」




事前の打ち合わせで僕が感謝の気持ちを述べてから、過去の僕もそれに続くことになっている。

「お母さん。いつもありがとう」

これは母から見れば沙織の感謝の言葉。でも僕は、あの頃言えなかった素直な気持ちをこの言葉に乗せた。

あとは過去の僕が頑張るだけだ。

「その、ありがとう……。いつも迷惑かけてごめん。それでこれ」

二人の僕が母への感謝の気持ちを込めて選んだプレゼント。

「二人共本当にありがとう。特に風太、ありがとうね。お母さんにとっては反抗期の風太も可愛いんだよ。でも、こうして『ありがとう』って言ってくれる風太はもっと可愛いね。こちらこそいつもありがとう。二人が成長してくれるだけでお母さんは幸せですよ」

そう言って僕達はお母さんの腕に抱きしめられた。

「本当にありがとうね」


再び景色が真っ白になり浮遊感に身を包まれる。

「お疲れ様、お兄ちゃん」

そこには沙織がいた。

「どうしてここにいるんだ?」

「だってこの1つ目の試練を作ったのは私なんだもん」

「だから僕は沙織の視点から世界を見てたのか」

「そういうこと。これで1つ目の試練は終わったよ。あと2つ、もしかしたら私がまた出てくるかもしれないね。それじゃあ頑張ってね」

そう言って沙織の姿は光の中に溶けていった。


「それでは次の試練に向かいましょう」

ルートKの声がしたと思った時には、僕はまた電車に揺られていた。


1つ目の試練「素直になること」

おわり


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