心の中の
この気持ちをあの子に伝えられたら。
部活も休みで特にすることがないので、新しく大阪府にできた商業ビルにやってきた。目的はない。ただ電車に乗って、好きなように見て歩いて、そのまま帰るという旅。
知らない場所を歩けば、知らないことに出会える。それが楽しくて、最近多い悩みごともすべて忘れさせてくれる。
好奇心が僕の恋の悩みを一時的にどこかに追いやってくれるようで。
僕は高校に入学してすぐに前の席の古川さんのことが好きになった。いわゆる一目惚れというやつだ。
僕がつまらない話を持ちかけても楽しそうに笑顔で接してくれたり、ノートを忘れた時はいち早くルーズリーフをくれたり。それでいて飾り気を感じさせない。
そういった優しさを知ってからはもっと好きになった。
僕は古川さんに告白するべきなのだろうか。一年間積み上げてきた想いは今にも口から溢れ出そうになる。
想いを伝えたい。だけど、伝えても断られたら立ち直れそうにない。
僕は弱い。告白なのだから気持ちさえ相手に伝わればそれでいい、と考える人もいるだろうが、やっぱりその結果のことを思うと心を揺り動かされる。
古川さんと付き合いたい。でも、そのためには断られる覚悟を持たなければならない。
そう覚悟を決めたら、断られるのを認めるように感じてしまうことが辛かった。
だからといって告白できない自分を責めるのはもっと辛かった。
だから、今日もこうして旅に出ている。
余計なことを考えないで済むように。
旅といっても高校生が日帰りで遊びに行くのと変わらないから、そろそろ帰らないといけない。婦人服店の壁に備え付けられた時計を見ると四時を指していた。それより僕はこんなフロアで一体何をしていたのだろうか。
思い出されるのは恋の悩みごとばかり。悩みから逃避するためにここに来たのに、逆に付きまとわれているような気もする。
外が見える大型のエレベーターに乗って駅に隣接する一階へと降りていく。今日はこれでおしまい。僕以外に誰も乗っていないエレベーターはどこか無機質で寂しい雰囲気が漂っている。
もうすぐ到着するという時だった。突然エレベーターがガクンと揺れた。僕は思わず手すりを強く握った。しかし、エレベーターは何事もなかったかのように再び動き出した。
僕が押したボタンとは反対の、上の階に向かって。
ボタンの操作パネルでは確かに一階が光っている。それなのにエレベーターは知らぬ顔で急速に上昇していく。どこの階でもいいから早く止まって欲しかった。
チン。ようやく暴走したエレベーターは止まってくれた。パネルは81階に到着したことを示している。止まったのに何故か扉は開かない。不思議に思い、エレベーター内に掲示された各フロアの主な説明を見てみることにした。
僕がさっきまでいたのは45階の婦人服関係のフロア。僕が向かっていた一階は食料品関係。
80階は空中庭園。ってことは屋上か……。
あれ?
手汗で手すりが滑りそうになってきた。得体のしれない恐怖が僕の身を震わせる。
しかし、思いに反するようにその扉は開いてしまった。
あれからどれほどの時間が経ったのか分からない。30秒だったかもしれないし、あるいは1時間だったのかもしれない。ただ、いつまで経っても動く気配のないエレベーターが、この恐怖からは逃げようのないことを示しているようで、ずっと瞑っていた目を開けた。
そこは、空の上でもなければ、異世界でもなかった。閑散とした広いホーム。その奥からは線路が顔を覗かせている。電車は停まっていないものの、ここは駅のようだ。
でも、こんな駅に見覚えは全くなかった。もしこれが夢の世界だとしても、僕の記憶にこんな駅の風景はこれっぽっちも刷り込まれていない。
「エレベーターから降りて下さい」
突然、女性の優しい声が聞こえた。僕はいっそう怖くなってその場に座り込んでしまった。
こんなはずじゃなかった。ただ、悩みごとから逃れるために、何も考えなくていいようにここに来たのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃならないんだ。
「さぁ、まずは立ってください」
一段と鼓動が早くなる。どこから僕は見られているのだろうか。
「お前はだれなんだ!」
「私はあなたを導く者、ルートKです」
「お前は一体どこにいるんだ」
「私に実体はありません。強いて言うなら、あなたの心に宿っているのです」
何が起こっているのか全く見当がつかない。
「分からないのも当然でしょう」
もしかしてこいつは僕が考えていることを読みとれるのか。
「だから先程も言ったでしょう。私はあなたの心に宿っていると。あなたの考えてることなんて手に取るように分かりますよ」
こいつに嘘はつけないってことか……。
「それでお前は僕に何をする気なんだ」
「あなたは古川サトミを好いていますよね」
「それがどう関係あるって言うんだよ」
「もし私が、あなたの恋を叶えてあげることができると言ったら、あなたはその賭けに乗りますか?」
これが僕とルートKとの出会いだった。
おわり