第4話 投げ出された子羊たち
ひょんなことから異世界に転生し、仲間を作り、そして彼らとともに悪を倒すというのは漫画やアニメでよくある設定だ。
俺は昔からそういう世界はひょっとしたら本当に存在するのではないか、いつか使者が現れて「お前は選ばれし者だ。」的な発言をして自分は異世界に連れていかれる日が来るんじゃないか、という妄想は心の根底にあった。
高校生を過ぎたあたりからそういう夢物語は描かなくなったものの、時々遠くの物に手をかざし、心の中で『動け』 と念じて動かせないか、指パッチン一つで目の前の人がこけたりしないかなどと細やかな厨2病は発揮していた。
だが、大学生になりそんな思いはすっかり消え去っていた。やっと厨2病という蔓延性の病気とはおさらばしていたと思っていた。現に、妄想はすることはなくなり現実と向き合い、キャンパスライフという単調な心電図のような毎日を淡々と過ごしていた______今日までは!!
ところが、目の前に広がっている光景はなんなんだ。
心の中のあの頃の俺が魅せている絵空事の一部なのだろうか。高鳴る鼓動、震える手足、脈打つ血管_______
自分の中のすべてが現在起こっている出来事に興奮していた。
月夜に照らされている森は広かった。
少なくとも車窓から見える範囲はどこまでもが森だった。月も不気味なくらい綺麗で大きかった。
どうやら俺らが乗っている車両は丘の上にあるらしい。
丘の上から広大な森を見渡せる状況だ。
目の前の風景と自分たちが乗っている電車の車両が明らかにミスマッチだ。
車内はざわついていた。
スマホを取り出し、「圏外だ。」と怒鳴っている人やその場に凍り付き冷や汗をかいている人、窓をたたきながらここから出ようとする人。
翔也もスマホをいじり散らかしているが、どうやらネットはつながらないらしい。
ふと、自分の左腕の時計を見ると18時25分で時針、分針、秒針すべてが停止している。
そして、車両の後ろと前を見ると、どうやらこの森に連れてこられたのは俺らが乗っている車両だけらしい。
つまり、自分たちが乗っているこの5号車だけがポツンと丘の上にある状態だ。
車内には、自分らを含めて8人。
会社員や、JK、ホストそして主婦とその子供らがいる。
おそらくまだ3歳ぐらいであろう、突然のこの異変のせいで泣いてしまっている。
「おい、うるせぇぞ!そいつ黙らせろよ!」
ホスト風の身なりの男が主婦に近づき、子供を指さしながら怒鳴る。
主婦はごめんなさい、ごめんなさいと何度も申し訳そうにして子供をなだめている。
その光景を見て、周りの乗客もおとなしくなり、しばし不穏な空気が流れる。
「君、子供に対してそれはないだろう。」
眼鏡をクイッとさせて、スーツを着た七三分けのリーマンがホスト男の前に立ちはだかった。
「あ?」
とああいうちょい悪男にはありがちのガン付けをリーマンに対してする。
リーマンは一歩も引かずにひたすら相手の目を見ている。
そんなヒヤヒヤする静寂を破ったのはJKだった。
「喧嘩するなら外でやってくれる?とりあえずは、この車両を出るのが先でしょ。違う?」
制服を着崩し、髪を茶色に染めたギャル系のJkがガムをクチャクチャ口の中で遊ばせながらそう言う。
JKの言う通りだ。