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ALICE  作者: ZION
21/21

〜Alice〜


水晶のような結晶の中には眠るように目を綴じる人、いや、人形があった。


「それがアリス?」


「そう、ブックメーカーの最高傑作」


「貴方何者なの?まさかこの期に及んで商人なんて言わないでしょうね」


「白のアリスは気付いているようだけどね」


アナグマはブランに視線を向ける。


「ブックメーカーの造りし人形ね」


「そう、某…いや僕は、アリスを見守り、アリスに魅せられ、アリスに囚われ、アリスを解放する…」


アナグマは結晶に閉じられたアリスを愛でるように言葉を紡ぎ、指で表面をなぞる。


「…アリスと同じ人形さ、まあ、僕はこの子と違って欠陥品だけどね」

「それでその人形がこれからどうしようっていうの?」


アリスの結晶の回りに赤、黄、緑、青、紫、金のブラスタルが浮かんでいた。


「いつの間に」


「正統な所有者の元に戻るのは必定、さて、三度の選定を始めよう」


アナグマは指をカタカタと慣らすように動かす。


「ブラン」「ノワール」


黒のアリスと白のアリスは互いに名前を呼び、武器を構える。


「考えることは一緒か」


「そのようね」


二人はアナグマに斬りかかる。


「幾重繰り返そうともやっぱりこうなるか…」


アナグマは大鎌と剣を十字の三ツ又の槍で受け止めていた。


「その槍」


「そう、黄色のアリスのもの」


アナグマは二人の刃を軽く押し退けると槍が消え、手に銃が現れた。


「今度は赤の、どうやら手元にあるアリスのブラスタルを自由に使えるみたいね」


「でどうして撃たないわけ?」


「あくまで僕は選定者、裁定者じゃないからね。だから、君達のどちらがアリスになるか、君達で決めて欲しいな」


「…どうやっても残るのは一人というわけか」


ブランは隣にいるノワールの大鎌を剣で弾き飛ばすと大鎌は宙を舞い、地面に突き刺さると砕け散った。


そして、剣の突端をノワールの胸元に向ける。


「終わらせましょうか」


ブランは剣を持つ手に力を込めて引き絞る。だが、その直後、銃声と共にブランの手から剣が滑り落ちる。


「何が…」


ブランの白一色の服が胸部から滲み出る血に染まる。


ブランは視線をアナグマの方に向けるがアナグマは動揺と戸惑いの表情で見ていた。


「僕は…僕は撃ってない」


アナグマは声高に叫ぶ、すると隣で何か硬いものが軋み割れる音が聞こてきた。


ゆっくりと視線を隣に移すとそれは眠るように目を綴じるアリスが閉じられた結晶だった。


「何故、まだ終わってないのに、どうして、まさか、自ら?」


結晶には弾痕があり、その穴から広がるように亀裂が入っている。


亀裂は結晶全体に広がり、暫しの静寂に包まれる。


「…………」


そして、アリスの目がゆっくりと開かれる。


それと共に結晶が砕け散る。


アリスは地に降り立つと虚ろな瞳でアナグマの胸に片手を当てる。


(ゲーヌ)はもう不要…」


何かを引き抜く動作をすると無色透明の何かが引き抜かれた。そして、その何かをアナグマに向けて振るう。


アリスの動作と共に塵となり消えていく。


「どうにも…厄介そうね…」


ブランは息絶え絶えに呟きながら剣をブラスタルに戻した。


「ノワール…」


ブランは名前を呼び、ブラスタルを投げ渡す。


「ちょっ、と」


ノワールは慌てて、ブラスタルを掴みとる。


「このままあれに取られるよりあんたに…」


ブランの体が薄らいでいく。


「分かったわ貴女の命借りといてあげる、だから…」


ノワールが最後までいい終える前にブランの体は消えた。


「………」


突然、ノワールの瞳が暗く染まる。


ノワールは手首にある自らのブラスタルをもぎ取り、左右の手にはそれぞれブラスタルが握られている形となった。


左右の手を合わせるように白と黒のブラスタルを握り潰した。ブラスタルは脆くも砕け散り、白黒混ざり合うように破片が舞う。


アリスはその光景をうっすらと笑みを浮かべながら眺めていた。


ノワールの足元から黒く結晶化していく。


「まったくまたこうなるか」


フード付きのローブで身を隠した白髭の怪しげな老人が現れ、世界が灰色に変わる。


灰色の世界でもノワールの結晶化は進行していく。


「己の混沌へ…」


老人はそう言い残し、灰色の世界と共に消えた。


ノワールの全身が黒い結晶に覆われた。


アリスは結晶に覆われたノワールに歩み寄る。


「最後の欠片、私の…」


アリスは不気味な笑みを浮かべながら結晶に指を這わすように撫でていると一筋の大きな亀裂が音を立てて入る。


アリスは咄嗟に結晶を撫でていた手を引っ込めた。


結晶の亀裂は大きな亀裂から枝を伸ばすように細かな亀裂が広がり、全体を覆っていく。


その間、アリスは後退りしながら距離を取る。そして、そのアリスの表情からはもう笑みは消えており、人形のように無表情で事の次第を眺めている。




時が至る。




黒い結晶が砕け散り、白い破片がダイヤモンドダストのように舞い広がる。


黒と白が入り交じる髪、首には締め付けるように描かれた黒と白が絡み合う棘の黥、モノクロームのドレスを纏い、左右の手の甲に黒薔薇と白薔薇の刻印を持つ少女が破片舞い散る中に立っていた。


「どうして…」


アリスは何が起きているのか分からずにただただ呟いた。


「さあ、でも、ただ他人の色に染まり、自分の色を持たない貴女には理解出来ないしょうね」


「自分の色?」


アリスはふと視線を自らの手に移すと無色透明の何かが赤、黄、緑、青、紫、金の色が混沌の如く混ざり合い剣の輪郭を形成している。


「私の色…違う…私は……わた…し………」


アリスは突然、言葉が辿々しくなり、四肢の力が抜けて糸の切れた人形のように項垂れると剣が手から滑り落ちて砕け散り、剣の輪郭を形成していた色が飛散する。


「終わりとは呆気ないものね」


アリスの身体に罅が入り、ぽろぽろと剥がれ落ちる。


そして、剥がれ落ちた虚からどす黒い闇が次々と洩れ出てくる。


軈て、どす黒い闇がアリスを覆い隠す程にまでに洩れ出ると残りの身体が砕ける音がして闇が大きさを倍以上に増した。


「ジャーグジャグジャグジャグジャグ…」


奇妙な叫び声が闇より谺する。


「なに?」


「器の背反と瓦解、それによる、深遠の発露(ジャバウォック)


フード付きのローブで身を隠した白髭の怪しげな老人が灰色でない世界に姿を現し、上方から様子を眺める。


「混沌を受け入れし、身ならば一つと足りうるか」


フード付きのローブで身を隠した白髭の怪しげな老人は黒と白の少女を見ながら推量する。


闇は次第に形を為していく。


蝙蝠のような両翼、蜥蜴のような尾、その尾は背中から尾の先まで鱗に覆われており、鉤爪を持つ両手足も同様に鱗に覆われている。そして、蛇腹のような腹部から上には鋭い犬歯が突き出た口、黒々と染まる漆黒の瞳、金色の髪を束ねたような四本の角を持つ頭。


全体の様相を一言で言うならば(ドラゴン)


「造られしものに込められた情念より産まれた化け物」


「ジャーグジャグジャグジャグ…」


ジャバウォックは奇声を発しながら両翼を羽ばたかせる。


「何処へ行こうというのっ」


黒と白の少女の両手に左右の薔薇の刻印と同じ色の剣が現れると両翼に向けて投げ放つ。


「ジャァァア…」


両翼を剣が貫き、ジャバウォックは苦痛に奇声をあげると黒と白の少女に尾を大振りする。


黒と白の刃物が柄の両端についた大鎌が少女の手に現れ、向かってくるジャバウォックの尾を双刃の大鎌を両手で回転させて切り落とした。


そして、その勢いで柄の反対側にもある刃をジャバウォックの首へと降り下ろす。


だが黒と白の少女の降り下ろした刃の切っ先が首筋で動きを止める。


少女は背中に悪寒を感じ、手から大鎌が落ちる。尾骨と左右の肩甲骨から黒い闇が陽炎のように揺れ動いている。


「何がっ…」


ジャバウォックは口元を歪め、不気味な笑みを見せると左手で少女の首を鷲掴みする。


「ジャーグジャ……ジャグァァ」


少女は直ぐ様、右手に白い剣を出すとジャバウォックの左腕を肩から切り落とし、ジャバウォックから距離を取る。


「そういうことね…」


黒と白の少女の左腕を闇の陽炎が覆っている。


少女は地面に膝を落とすと苦悶の表情と冷や汗が流れ出る。


「………私の中に何か………」


少女の意思とは別に左手に黒い剣が現れた。

左手は剣を掴むと勝手に腕を振り被り、勢いよく降り下ろして投げ放つ。


投げ放たれた刃はジャバウォックを頭から縦に両断した。


ジャバウォックは不適な笑みを見せるとずるりと身体が割れて地に伏せる。


「混沌でも深淵の闇には敵わぬか」


黒と白の少女の全身を闇の陽炎が覆い、陽炎が上へと立ち上っている。その様子を見下ろしながらフード付きのローブで身を隠した白髭の怪しげな老人は言った。


「だが、これで全てが一つとなったな、あとは…」






「………ス…リス…アリス、もう起きなさい」


金色の髪の少女が木漏れ日射し込む、大樹の下で目を覚ます。


隣には同じ金色の髪をした青年女子がお淑やかに大樹の根に座っている。


「アリス?」


「寝惚けてるの?」


「いや、私……」


金色の髪の少女は自分の胸に手を翳し、心の内で渦巻く何かを感じて瞼を綴じる。


「大丈夫?」


金色の髪の青年女子は身を乗り出して金色の髪の少女の額に右手を当てる。


少女は額に手の温もりを感じ、綴じていた瞼を開ける。


「………おねえさま?」


「可笑しな夢でも見たの?」


「……そう、そうかもしれない」


少女は心の中では違うと感じつつもそう思い込んだ。


「さっお姉さま、お屋敷に帰りましょ!」


アリスは姉の手を引いて駆け出す。


「ちょっと、アリス」


姉の左手から黒い装丁の本が落ちる。姉はその本に視線を送るがその場を早く離れようかとするアリスの勢いに本から遠退いていく。

残された本は落ちた反動で頁の中程が開いている。


その頁にはフード付きのローブで身を隠した白髭の怪しげな老人の挿し絵と共に文字が書き込まれている。


『Do conflict of the mind all?』(全ては心の内の葛藤か?)




FIN


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