〜Judgment〜
突然、鐘の音が鳴り響き、牢獄の暗闇が晴れていく。
そこに現れたのは中庭に作られた法廷だった。
そこには、国中の住人から選出された裁判員と仮面の兵隊、そして、中庭を見下ろすようなテラスに二脚の椅子に座った王冠を被った痩せ身の男性と沢山の宝石を着けたふくよかな女性がいた。
「被告人は少女アリスはこの庭の薔薇の花を刈り取った疑いがある」
蛇のような顔の眼鏡を掛けた男が罪状を読み上げた。
「裁判員の皆さん、判決を」
ふくよかな女性は裁判員に向けて言うと裁判員達は互いに意見を言い合った。
「有罪」
一人がそう口火を切ると次々と有罪と進言した。
「お前を有罪として、その薔薇のように首を刎ねる」
ふくよかな女性が椅子から立ち上がり、声高に言い放った。
「私は此処に来たばかりでそんな罪、身に覚えはないし、そもそも私はアリスなんて名前じゃない!」
少女は弁明した。
「だったら名前はなんてゆうのか言ってみなさい」
「私の名前は……」
少女は自分の名前を言おうとしたが言葉に詰まり、何故か名前が出てこなかった。
「どうしたの?ほら早く言ってみなさい」
「私は…名前は…」
少女は名前を言おうと何度も試したがその度に言葉に詰まり名前が言えなかった。
「仕方がない、この場にいる皆にお前の名を知っているかどうか尋ねてやろう」
ふくよかな女性は椅子から立ち上がり、テラスの手摺りまで歩みを進めた。
「誰かこの罪人の名前を知っている者はいるか?」
少しざわついた後、口々に答えた。
「アリス」
「そいつ、アリスだ」
「その少女はアリスです」
「名前はアリスよ」
ふくよかな女性は身振りで静かにするように示すと言った。
「やっぱり、アリスで間違えないようね」
「でも……」
「黙りなさい!もう名前なんてどうだっていいのよ!死ぬ罪人には必要ないわ」
仮面の兵隊達が少女を囲むと兵隊達の仮面の裏側から黒い液状の物が出て、白いスーツを着た黒い体になった。
「処刑を始めなさい」
スペードの仮面を付けた兵隊、二体が黒い手から黒い剣を出した。
そして、スペード兵二体は剣を少女の首元に這わせた。
「私、こんな変な世界で死ぬの…」
少女は恐怖に目を閉じて心の中で思うと何処からか声が聞こえた。
「やれやれ、困ったものだな」
少女は目を開けると自分以外の世界は灰色一色に変わり、この世界に来る前にあったフードとローブで身を隠した白髭の怪しげな老人が目の前に現れた。
「あの時の」
「これで何人目になるか」
「何のこと?」
老人は手で何かを払う素振りを見せると首元に当たっていた剣が消え、老人の手に一本だけ現れた。そして、老人は剣で空を切った。
「いたっ…」
少女の手の甲に一筋の浅い傷が入り、少女は手の甲の傷を見て驚いた。
「どうして血が…」
少女は傷から流れ出た黒色の血に驚いた。
「口頭で説明するはもう疲れたわい」
老人は驚いている少女に歩み寄り、剣の持っていない手の人差し指で少女の額に触れた。
少女の頭の中にこの世界でするべきことが流れ込んだ。
「…この世界から出る方法はただ一つ…血晶を全ての集めることだ……」
老人は事を一瞬で終えて消えた。そして、周囲は灰色の世界から戻っていた。
「なにが起きた!?」
ふくよかな女性は剣が消えたことに驚き、テラスから身を乗り出した。
スペード兵二体は剣が消えたことに理解できず、頻りに周囲を見るように頭を動かしていた。
「………わかったわ」
少女は老人から与えられた情報を受け入れて理解し、拳を握ると手の甲にあったはずの傷はなく、手首には硝子の黒い薔薇がついたブレスレットがあった。
「何をわかったというの?」
少女は腕飾りのついた腕を身体の内から外へと振るうと薔薇から黒い液状のものが噴き出し、身の丈より大きな黒い鎌を形作った。
「なっ何をしている、そいつを拘束なさい!」
ふくよかな女性は武器を出した少女に恐れ、兵隊に命じた。
命令に兵隊達は各自武器を出した。
スペードは再び剣を、そして、ダイヤは槍、クローバーは盾、ハートは弓矢を構えた。
法廷にいた他の者達はその騒ぎに我先に出口へと駆け込んでいく。そして、粗方の者達が居なくなると兵隊達は少女を囲み込むように陣形を組んだ。
最初にスペードの兵隊が剣で切り掛かってきた。それを少女は大鎌を円形に振るい、その背でスペード兵達を薙ぎ払った。
「えっ」
少女は軽く振り回したつもりが思いのほか、スペード兵が吹き飛んだことに驚いていると吹き飛ばされたスペード兵の横から槍のダイヤの兵隊が向かってきていた。
そこへ何処からともなく銃声が数発聞こえ、ダイヤ兵の仮面を撃ち抜いた。するとダイヤ兵の仮面は砕け、身体諸共塵となって消えた。
「今なら」
少女はハート兵の放つ矢を躱し、大鎌でクローバー兵とハート柄を払いのけると四方にある出口の一つに駆け込んだ。
「何をやっているの!」
ふくよかな女性は憤慨した。
「早く追いなさい!出来なければお前達が死刑よ」
「待て」
女性の命令で動こうとする兵隊を王冠を被った痩せ身の男性が止めた。
少女は壁に白く輝石が等間隔についた廊下を駆けていると廊下の角の方から物音が聞こえた。
少女は足を止め、壁伝いに忍びよりそっと角の先を確認した。
そこには、頭に丸い耳が二つ、お尻から細い尻尾が生えた男が木箱の中を漁っていた。
「旦那も人使いが荒いちね」
男は頬に生えた細長い髭と丸い鼻をヒクヒクと動かし、急にセカセカと木箱の中から布袋に詰めた。そして、布袋を担ぐとすぐさま振り返り、少女のいる角とは逆方向へ駆け出した。
「待ちなさい」
少女は咄嗟に服を掴み、男を引き止めた。
「は、離すちね」
男はそう何度も言いながら藻掻いた。
「そう離してもらえるかな?」
そう言う声が聞こえ、少女の後頭部に銃口が突き付けられた。
「旦那、何処に行ってたちね」
少女の後ろには背の高い帽子を被り、継ぎ接ぎだらけのコートを着た男がいた。
「分かったわ」
少女は掴んでいた服を離した。
「あとはそのまま大人しくついてきてもらえるとありがたいね」
「ええ」
帽子の男は銃を腰のホルスターにしまい、城の裏口から出て行った。




