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邂逅

 それからというもの、俺は沙羅夢と一緒に行動し、食べられる植物、飲み水の確保、居住スペースに至るまで、様々な教えを乞うた。

 一週間で身の回りのことなら自分で出切る様になり、一ヶ月経つ頃には小型の獣ならば狩れるようになっていた。全く、人間の環境順応能力とは凄まじいものだ。

 そんなある日、沙羅夢が遠くの空を睨む様に見つめていた。


「どうした沙羅夢。何かあったか?」


 俺の問いかけにも返答せず、ただ真っ直ぐと彼方に視線を向ける沙羅夢。それなりの時間を共にしてきた俺だが、これまで見たことが無い様子に、本格的にやばい事が起きるかもと、心の準備だけはしておこうと誓う。


「・・・小僧、荷物を纏めておけ。」


 低い声で唸るように言うと、そのまま凄まじい速度で山の斜面を駆け上がっていった。ただ一人残された俺は、数秒固まっていたが、言われたとおりに身辺整理をするしかなかった。


「一体何が来るって言うんだよ。化け物か?異常気象か?」


 遠望、そして何処かへ様子見に行ったことから、半分は当てずっぽうであるが、そのどちらかではないかという憶測が浮かんだ。そういえば、こちらに着てからは天候が荒れた例は無いなと、ここにきて初めて気付く。


「まあ元々あっちとは違う世界なんだし、そもそも天気って概念が無いのかもな。」


 あっちはあっちで、雪降るわ、台風来るわで自然災害半端ないし。こういう世界のほうが、自力で生き抜く力さえあれば、過ごしやすいのかもしれない。

 そんな取り留めの無いことを考えていると、沙羅夢が帰ってきた。


「おかえり、一体どうしたんだ?」

「今日は荒れる、こんなに早く来るとわな。」


 先ほどの考えとは裏腹に、この世界にも天気が存在することに内心驚く。


「ここにも天気ってあったんだな。今まで一度も雨降ったり、風が強くなったりしなかったよな。」

「ああ、稀にだがあるのさ。そう稀にな。」


 何処か含みを持たせた様に語る沙羅夢。なんだか今日は貴重なものを沢山見てる気がする。


「それはともかく、荷物は纏め終わったのか?」

「ああ、全部終わらせたよ。これからどうするんだ?」

「山頂を目指す。」

「山頂?こういう時って普通、雨風凌げる場所に行くんじゃないのか?」

「貴様は元の世界に帰りたくないのか?」


 帰りたくないか?そりゃあ勿論帰りたいに決まっている。しかし以前聞いた話では、凡そ100年周期でのことだと言っていた。それがたったの三ヶ月?


「帰れるとしたら100年後じゃなかったのか?」

「頻度で言ったらそれくらいという話だ。次元が繋がっても、その先に誰も居なければこちらに来ることはないし、繋がる間隔も翌日であったり500年かかった時もある。」


 それはまた凄いズレだな・・・。しかし確率論なんてものはそんなものなのだろう。パチンコで10万入れても当たらない人も居れば、たった一回転で当たる人も居る。そういう意味では、俺はついているだろう。ここに迷い込むという不運を除けばだが。


「とにかく、帰れるってことなんだな?」

「まあそういうことになる。さて、雨が降る前に上に登るぞ。」


 そういうと沙羅夢は先に歩き出す。俺も遅れてはいけないと、すぐに後を追うのだった。





「だいぶ風が出てきたな。」


 少し前から風が強くなり、空には暗雲が立ち込めていた。辺りも暗くなり始め、今にも降り出しそうなものの、山頂は視認できるところまで来ているため、あまり心配はなかった。


「なあ沙羅夢、帰るって具体的にはどうすればいいんだ?」


 ここに来て、俺はそのための方法を聞かされていないことに気付く。


「別段何かをするわけじゃない。雨脚が一番強くなるときに、次元の裂け目が生まれる。そうしたらそこに進むだけでいい。こっちに来たときも、貴様は何もしていないだろう?」

「確かに、ただ雨宿りしていただけだな。」


 あの時はこんなことになるなんて、思いもしなかったなと苦笑が漏れる。そんなことを思っていると、ふとした疑問が浮かんだ。


「そういえばさ、俺以外にこっちに来た人ってどれ位居るの?」

「そうさな・・・儂が知っているのは、10人程か。皆ここでくたばったがな。」


 くっくと笑いながらくたばるとか言うなよ怖い。しかし10人、100年に一人迷い込むレベルなら、多いとも少ないとも言えない気がする。


「って、ちょっと待って。10人見てきたって、沙羅夢ってどれだけ生きてんの?」

「儂か?数えたことがないな。遥か昔からいるが、あえて言うと、人間が儂という存在に気付いたとき、と言えるかもしれん。」

「・・・すごいな。」


 俺はどこか哲学めいた答えよりも、信じられないくらい永く生きているという事実の方に意識が割かれる。悠久とも言える時を過ごしてきた目の前の獣に、俺は畏敬と畏怖を感じていた。それと同時に、こちらの世界はあちらの常識が通じないと再認識する。


「下らない話は終わりだ、着いたぞ。ここが山頂だ。」


 話し込んでいるうちに、いつの間にか登りきっていたようだ。すると、俺たちを待っていたかのように、雨がぽつぽつと降り始め、次第に強さを増していく。


「ありがとうな、沙羅夢。」

「ふん、単なる気まぐれだ。」


 少ない言葉であったが、共有した時間がなせる業。お互いの意思が疎通しているようだ。


「向こうに戻ったら、こっちで過ごした時間ってどうなってるんだ?」

「同じように流れているさ。別段変わりは無い。」

「じゃあ行方不明で捜索願が出てるんだろうな。」


 どこか他人事のように、俺はやれやれと首を振る。そして別れのときが来たことを、身体で感じ取る。


「これが次元の裂け目か。」

「ああ、そうだ。そこに入れば、お前は元の世界に戻れる。」


 眼で見ても、周囲となんら変わりは無い、ただの空間。しかし一度そこを通ったからか、周囲とはかけ離れた何かであると、肌で感じるのである。そして、これがものの数分で消えることも理解する。これが第六感という奴だろうか。


「世話になった。お前が居なかったら、俺はそのまま死んでたよ。」

「構わん、暇つぶしといったろうが。」


 ぶっきらぼうではあるが、それがらしいと思い笑ってしまう。


「何かお礼が出来ればよかったんだがな。」

「・・・折角のお誘いだ。なれば請求するか。」


 そういうと、沙羅夢は漆黒の身体から、更に黒い影を広げ、俺の周囲を囲い込んだ。


「な、なんだこれは?!」

「小僧、貴様はデカルトを知っているか?」

「で、デカルト?」


 急な問いと環境の変化について行けず、俺は混乱するばかりだ。


「彼奴は人間にしては中々面白いことを言う奴でな、その中にこんな言葉がある」

「?」

「我思う、故に我有り」


 言葉だけは聴いたことがある。しかし明確な意味は知らないし、ここでどういう繋がりがあるのかもわからない。


「これは大雑把に言えば、考える自身があれば、それを考えている者が存在する、ということだが、その逆もあるとは思わないか?」

「・・・どういうことだ?」

「汝思う、故に我有り」


 話について行けず、俺はただ続きを聞くしかなかった。


「古来から人間は、自分たちの理解できないものを恐れた。だがそのままでは何がわからないのかがわからない。だからそれらに名前を付けた。幽霊、妖怪、神隠しなどがそれだな。」


 なるほど、確かにそういうものかもしれない。だがどうもそれが今の状況と重ならないような気がする。


「そうやって概念を形作られたもの、それは次第に意思を持つ。」

「なんだって?」

「先ほどの"考える自身があれば、それを考えている者が存在する"と言う言葉。なれば考える対象が他者ならどうなる?」

「・・・その他者が存在するっていうのかよ。」

「正確には、考えた瞬間に生まれるというべきだがな。」


 なんてことだろう。人間が恐れ、考えたことにより、それが生み出されるとはどんな皮肉であろう。


「そして儂は人間が最初に考え、同時に最も恐れた存在だ。」

「一体なんだっていうんだよ!」


 気おされ、既に足腰に力が入らない。奥歯がガチガチなりながら、俺は恐怖を吐き出すかのように力いっぱい叫ぶ。


「儂はな、"闇"だ」

「・・・」


 単純過ぎる答え。しかし単純過ぎる故に、理解が出来ない。それを補足するかのように、沙羅夢は続ける。


「光が届かず先の見えない森、そこから何か飛び出すのではないか?入ったら出てこられないのではないか?道はあるのだろうか?様々な思いが浮かび、これに恐怖する。そして最終的に"闇"に対して付けられた根源的な思想、それは全てを飲み込むこと。」

「あ、ぅああ・・・」


 ぺたんと尻餅をしまい、それでも後ずさろうとする。が、一向に後退出来ている気がしない。手足は動いているのに、沙羅夢との距離が開かないのだ。


「じゃ、じゃあなんで!俺を助けてくれたんだよ!」


 衝動に任せて言葉を発するが、身体にはもう力が入らなかった。


「言っただろう、気まぐれだと。幽霊なんぞ頻繁に関わる奴も居れば、生涯無縁な奴も居る。闇は元々気まぐれで適当なんだ。それが今回、偶々助けてやろうかと思っただけの話。」


 まあ最後に気が変わったがな。と眼が語っていた。


「さて、お喋りはお終いにしよう。儂も少々疲れたんでな。」


 そういうと俺の身体に影が巻きつき、どんどん覆われていく。触れた箇所から自身の存在が消えていくような感じがして、恐怖でいっぱいになる。しかしそんな恐怖すら、飲み込まれていって、最後には何も無い空間だけが残った。


「ちなみに補足するとな、貴様の居た世界は"現世"、うつしよと呼び、この世界は"隔離世"、または"隠世"と呼ぶ。現世で夕方から夜の時間を"逢魔時"といい、その刻は現世ではないものに出会うと言う。精々来世では気を付けるんだな。」


 自身の身体に影を奔らせ、全て包み込んだあと、そこに残るものはただの"闇"であった。

終わったー!予定より大分長くなりましたが、なんとか書き上げることが出来ました。

かなり駆け足気味な展開となっておりますが、始めたばかりということで、大目に見てくれればと思います。

次回作はまったく目処が立っていませんが、また頑張ろうと思いますので、よろしくお願いします。

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