遭遇
コンテスト応募用に書きました。
あと1話か2話で完結する予定です。
良ければコメントお願いします。
闇、人が本能的に恐れ、克服しようとしてきたもの。
そこから来る恐怖を、ある時は妖怪の仕業と言い、またある時は幽霊であると言った。
理解できない物は、自分たちが理解できるものにしてしまえば、納得できるとでも思ったのだろうか。
どこまで行っても、"それ"は人が作り出したものであり、"それ"の本質ではありえない。
あくまで、闇は闇でしかないのである。
例えそれが、全てを飲み込む存在だとしても・・・
「まいったな、完全に迷ったぞ。」
草木を掻き分けるようにして進みながら、俺はたまらず呟いた。既に道らしい道を見失ってからどれほどの時間がたったろうか。
昼間、趣味の登山でこの山に登ったはいいが、突然の雨に打たれて雨宿りしようと脇道の森に入ったのが間違いの始まりだ。登山と言っても、ガチガチの登山家ではなく、軽装で近場の標高が低い山にただ登るという、簡単なものである。喧騒から離れて、山頂で静かに風に吹かれる。それが俺の密かな楽しみだった。そんな軽い考えだから、山での基本的な注意事項なんて、触り程度のものしか知らない。その結果がこれだ。
風も強くなり、雷も鳴っていたためそのままでいたが、天候が落ち着くころには周囲はすっかり暗くなってしまった。
「まだ曇ってるから月の光も届かないし、ほとんど何も見えないな。」
視界なぞせいぜい10メートル程度であり、それすら薄ぼんやりと輪郭が見える程度である。既に方向感覚もなく、勘だけを頼りに進む。普段とは全く違ように感じる空間に、唯一つ日常の音が鳴った。
「あ~腹減ったなあ。こんなことならおにぎり取っておけば良かった。」
雨宿りの最中、特にすることも無かったので、食料は全部食べてしまった。水筒は万が一と思って節約したため、中身はまだ残っているものの、こちらも心もとないのが実情である。
「どこか一晩過ごせる場所を見つけるなり、本道に出るなりしないと本気でやばいかもな。」
雨が降ってからと言うもの、何故か携帯は圏外になり、外部と連絡は着かなくなっていた。救助を求めることも出来ず、ここに来て命の危険に気がつき、焦りが産まれ始めていた。
「畜生、こんなことなら今日は大人しくしとくべきだったか。ん?」
自身の浅慮に苛立ちを覚えたころ、目の前に現れた"何か"に視線を奪われる。
「何かいる?・・・ひっ!」
それは犬にだった。いや、正確に言うなら、"犬のような形"をした何かだった。漆黒の毛並みに、大型犬より尚も大きい巨躯、暗闇に爛爛と輝る金色の瞳。
最初は向こう側を見ていたのか、眼には気付かなかったが、こちらの声に反応してだろう。ぐるりと首を回してこちらを凝視してきた。
「う、うわわわわわ・・・」
(喰われる!)
とっさにそう思い、逃げようとするが、腰が抜けてまともに歩くことが出来ない。奥歯がガチガチなり、全身に震えが奔る。
生まれて初めて味わう死の恐怖、俺はなす術も無く飲み込まれていく。
「どうした小僧、道にでも迷ったか?」
「は、ひゃっ!」
極度の緊張状態でまともに返事が出来ず、間抜けな音が口から漏れる。
(しゃ、しゃべった!)
衝撃の連続で、パニック寸前の俺に構わず、"それ"は流暢な言葉で俺に話しかけてくる。
「何か言わんとわからんぞ、聞くだけ聞いてやるから言ってみろ。」
未だ思考がまとまらない状況の中、震える唇で思いついたままのことを言う。
「お、おお、お前はなん、な、なんだよ。」
「儂か?儂は沙羅夢という。で、人に聞いたからには貴様も答えんか。」
多少威圧的な態度ではあるが、コミュニケーションが取れる事に安堵し、少しだけ気分が落ち着く。
「俺は掛井翔。お前の言う通り道に迷ってな、困ってる。」
「小僧、貴様よっぽど運が無いのう、くくっ。」
「何がだ?」
沙羅夢は押し殺したように笑い、切れ長の瞳を向けてくる。
「ここはな、普通じゃ入り込めない場所だ。」
「というと?」
「小僧の居た場所とこの場所は、この世の表裏とも隣とも言えるところ。云わば別次元とでも言えばいいかの。」
「それって、元の場所に帰れるのか?」
「運がないと言ったろう。ここに入り込めるのは、100年に一人程度。逆に言うと、凡そ100年に一回しか出る機会もないと言うこと。」
あまりの事に言葉を失ってしまう。冷静になり始めた頃に事実上の死刑宣告を受けた俺は、より理解をしてしまったがために、奈落に落とされたかのようだった。
「そんな・・・じゃあ俺はこのまま死ぬのか。」
「まあこちらにも水や食料はある。今すぐ死ぬわけではないし、ふとした拍子にあちらに戻れるかもしれん。いつかは保障せんがな。」
なるほど、パンドラの箱にも一欠けらの希望があったと言うわけだ。それならば精々、生き残るために努力しようかと決意する。
「なあ、ここでの生き方を教えてくれないか?」
「そんなことをして儂に何の徳がある。」
「いや、ええと。特には・・・」
さもありなん、ここで俺に提示できる交渉材料などなかった。ただその一言で、俺は口を噤む。
「・・・まあ折角あちらから貴重な客が来たんだ。暇づぶしに、少しだけ付き合ってやるか。」
「ほ、本当かっ!」
意外な展開に俺は喜色を浮かべる。
「但し、儂が飽きたり、貴様が不愉快なことをした時は、その時点で終わりだからな。」
「ああ、それでも構わない。これからよろしくな、沙羅夢」
「ふん、精々気を使うんだな。」




