注意事項
「そういえば忘れてましたけど、名前呼びってのも恋人同士として重要なんじゃないですかねぇ」
「ん?そーなの?」
「『総長』、『チビ助』。これってどうなんでしょう。愛称って訳でも無いですし」
「う~ん」
本日はどんより曇り空の下での毎度お馴染み屋上作戦会議。最近では何だかそわそわと落ち着かない雰囲気になっています。
いい加減ぎこちなさこそ無くなりはしたが恋人という関係にはまだ成りきれていないお二人さん。問題があるのはまぁ、勿論幼馴染で。
手を繋いだりとかそういう恋人っぽい行動を極力しないようにしだしたのである。前は総長さんにされるがままだったのを拒否出来るようになったのは慣れてきた証拠だと考えれば良い事だが、これはいったいどうしたものか。下っ端さん達もそんな二人に心配と困惑の目を向けてますよ。気付いたれ。
呆れながら一度うだうだ転げ回る幼馴染をつついてみれば、ボロボロ出てくる不安や悩み。相手が不良である事は気にならなくなった。けど、恋人じゃなく友達という関係になりたいと考えているなんて言ってきた。見た目が釣り合わないのと男同士だという事を気にしているらしい。今更?更には自分の気持ちがよく分からないとか言い出した。……今更?
そういう事を言い出す時点で色々あれだと思うのだが俺が言うのもな、と飲み込んだ。ついでに恋人的行動を拒否してるのも傍から見れば相手を意識しまくっているようにしか見えないぞ、という言葉も一緒に腹の底。
ていうか。仮だとしても今一応恋人状態な訳で。しかもお互い意識はし合っている訳で。それから友達って切り替えるのは結構難しいと思うし。下手すりゃ振り出しよりも前に戻ってしまいどっちにも良い事なんてないんだからいい加減マジで腹括ってくれ。
面倒だと思うが一度手を貸した以上このまま放っておく訳にもいくまい。……いや、めんどい。やっぱほっとく?
ちょっと揺らぎそうな自分の心を抑えて副総長さんとまた作戦を立てる。
ぐっだぐだな話し合いの末、幼馴染の悩みをふっ飛ばすくらいに好きだと意識させてしまえばいいんだろ。とぶっちゃけ面倒臭いという気持ちが籠った意見に達して、じゃあどうしようかと話し合う。
今の幼馴染に何言ったって行動する訳が無いので総長さんの行動を考える事に。今まで散々出してきて、もうネタ切れな総長さんサイドの作戦。なかなか浮かばないのを何とか捻り出したのが『名前』というアプローチ。地味で些細な事だが少しは好感度の足しになるんじゃないかと話を進める。
「名前、わすれてるとか」
「いやぁ流石にそれは…」
「んじゃ、今さらはずかしくてよべないとか」
「あぁ」
それは凄く納得出来る。ていうか絶対そうだ。
「総長さん、純情さんなんでしたね」
「ぶはっ、純情って……!」
副総長さんがゲラゲラと笑い出し、会話を聞いていたらしい近くの下っ端さん達も吹き出した。ピリピリとした場の中一部分だけ呑気な空気が流れ掛ける。が、ギロリと睨んだ総長さんによってまた静かになった。参った。幼馴染の状態に相当キているらしい。ちょっと話すのも憚れる程重い空気が立ち込める。
余裕の無い姿に困り果てて溜め息を吐き時間を確認すれば昼休みも半ばを過ぎていた。昼休みが終わったとしてもこの状況で動くのやだなぁ、と眺めていた腕時計を隣で食べ終わったパンの袋を固結びしていた副総長さんが一度覗き込んで立ち上がった。
「はいはーい。ちゅうもーく!今日はおしらせ事項があるんだよねってコトではいそーちょー」
お前が言うんじゃないんかい。総長さんに丸投げか。
この張り詰めまくりの場で普段通りに振る舞える逞しさを一瞬尊敬しかけたが突っ込みに変わる。しかしそう思ってもこの空気の中そこを指摘する気はさらさら無いのでまた元通り横に座った副総長さんをジトリと見るだけに留めた。視線はシレッと躱された。
連絡は敵対している他地域のチームがここ最近この学校周辺で彷徨いている為各自警戒するように、との事だった。軽く忘れ掛けていたけれどそういえばこれ不良チームの集まりでしたね。あまりそういう類の話は聞かないから本気で忘れるとこだった。
……てか、何それフラグ?かくっじつに幼馴染に何か起こるよね。絶対。只でさえ妙な事に巻き込まれる幼馴染。今回は不良チーム総長の恋人と言う付加作用付き。うん。何も無い訳が無い。
帰りは大抵総長さんが付いているが行きは家が逆方向な為、近い所に住んでいる下っ端さんが送るようになる事。絶対学校外でチームの誰も傍にいないなんていう状態にならない事を総長さんが真剣に幼馴染に言い聞かす。幼馴染も流石に危険なのは分かっているようで渋々ながら大人しく頷いてお願いしますと頭を下げた。
それでも何かあるんだろうなぁ、とぼんやり考えているとねぇ、と声を掛けられる。
「キミも、なんかあったらすぐ連絡してね」
「ハプニング回避率高いんで俺は大丈夫ですよ」
「それでも。わかんないでしょ」
苦笑しながらそちらへ顔を向けると、軽い口調に反して目は真っ直ぐこちらを見ていて、戸惑った。
「心配してくれてるんですか?」
「あたりまえじゃん」
茶化すように言ったのにさも当然のように返されて、困る。
トラブル体質な幼馴染の傍に幼い頃からずっといて、なのに今まで殆ど被害らしい被害を受けた事の無い俺は親からもこいつは大丈夫だと太鼓判を押されていて。要するにこんな風に心配された事が殆ど無いのだ。だからどう反応すれば良いのか、分からない。
「……分かりました」
「うん」
のろのろと頭を下げるといいコいいコと言って頭をポスポス叩かれた。ちょっとイラッとして睨み上げればニヤニヤとした目。余計に腹が立ってペシッと乗せられた手をはたきまた幼馴染達の方へ眼を向ける。まだぎくしゃくしながらも喋る二人。見守る周囲。変わらない様子に変わらない風景。
それらを眺めてぼーっとしていれば一瞬起きた胸のざわめきも凪いでまた元通り。横に置いていたペットボトルを持ち上げて蓋を開けると、同じように前を見たまま副総長さんが口を開いた。
「ねぇ、……メガネくん」
「……はい、何ですか。副総長さん」
「…………」
「…………」
声を掛けたにも関わらず何も言わずに黙る副総長さん。それに何の突っ込みを入れる事無くお茶を飲む俺。言いたい事など、呼びたいものなど、何もありません。えぇ。ありませんとも。
そのままお互い何も喋らずに座っていれば、バシバシ届く離れた所からの何か言いたげな視線。うるせぇ黙ってろ。
そちらを見ることもせず手の中のペットボトルを遊ばせていれば昼休みも終わる時間になった。重い腰を上げ出口へ向かう。出る寸前見上げた空は、厚い雲に覆い隠されていた。
教室への帰り道、これからの幼馴染の対処を考える。爆発寸前の総長さんとの事も気を付けなきゃならんのに更に巻き込まれ対策もやらなきゃならんのか。あーもうマジめんどい。
席に着き教科書を取り出してその上に突っ伏した。チャイムが鳴り教師が入ってきた所で顔を上げてノートを開くが今は先にこっちを考えてしまう事にする。どうしようもないけれど、今は授業が頭に入る気がしない。
板書だけノートに書き写してつらつらと取り留めもなく作戦を端の方に書き連ねる。時折副総長さんとの会話が過って思考が止まってはまた手を動かす。
何度目かの停止で、持っていたシャープペンを下ろした。
「…………」
どうすれば、良いんだろうか。
頭の中で幼馴染達のこれからを考えながら、もやりと疼いた胸をそっと押さえた。
『注意事項』
『どう考えてもフラグです』