かわいいは
「どういう状況ですか?」
「なんかすげぇかわいいかわいい言いながら頭なでまくりちゅう?」
こんにちは。本日はいつもの屋上、ではありません。只今放課後下校途中の寄り道真っ最中です。道じゃありませんが。
何かどっかの小洒落た喫茶店。お洒落な雰囲気のその店内に、ぶっちゃけあんまり似つかわしくないカラフルな髪やら着崩しまくりの制服を着た人達がいっぱい。
はい。本日初めてチームの溜まり場とやらに連れて来られました。ちょっと慣れてきたかな~という事でお披露目会的なやつらしいが、また余計に怯えられるんじゃねぇのこれ。
入った瞬間、チラリと横を見れば予想通り顔を真っ青にして固まる幼馴染。頑張れ。超頑張れ。……いや待て。何で俺も連れて来られてんの。総長さんの恋人お披露目なんだから俺要らねぇだろ。
そう突っ込みが脳内を駆け巡ったがまぁ良いかと適当に流す。どうせいつもの昼休みと変わらないだろうから気楽に遊びに来たのだと思えば良いし。暇だし。
総長さんに拐われるよう奥へ連れていかれた幼馴染みを見送り、流されるまま俺も手近な席へ座る。目線だけで辺りを見回すとうちと違う制服がちらほら。他校のメンバーやら幹部さんも揃っているらしく結構怖い雰囲気だ。まぁチームの総長が荒れていた原因の人物が来たんだ。思う事も色々あるのだろう。しかもその総長の恋人で、男。そりゃ思う所しかないですよねぇ。
どうしたものかと思いつつも特に解決策等無く。針の筵か珍獣扱いか。数多の視線に晒され冷や汗を掻く幼馴染みは場に落ち着けもしないまま。それを眺める俺もまんじりとしないまま。暫く出された飲み物を頂いて過ごし、ちょっとトイレへと一人席を外す。幼馴染から自分も連れてけ!という視線を感じたが総長さんがガッツリ肩組んで捕まえている状態じゃ無理だろ。
そうして無視して抜け出したほんの数分。そんな短い時間の間にまたなんかあったらしい。気不味そうに頬を掻き謝る幹部さんにわたわたしながら話し掛ける幼馴染。そしてその幼馴染の頭を幸せそうに撫でる総長さん。どうやらいない間に和解してくれたようでとてもありがたいがなんかシュールだ。いや、しかしそれよりも気になる言葉が。
「……可愛い?」
撫で回されている幼馴染みの顔は一般の極普通な男子高校生の物で。幼めではあるが別に女顔という訳でも無く、特に秀でた物も無い、ぶっちゃけ漫画のモブ程度の容姿だ。仲良くなりでもしなきゃ直ぐどんな顔だったか忘れるくらいの。
それが、可愛い?
「可愛い……ですかねぇ?」
「ん?うん、チビくんかわいーじゃん?」
意外な反応にパチパチ瞬きをして見下ろす。え?マジで?
「しんちょ~」
「……あぁ、納得」
ニマリと笑って言われた言葉にちょっと切なくなる。確かに、可愛い身長な幼馴染。無駄にデカイ総長さんと並ぶとまるで小学生のよう。しかしきっと、成長期は未だもう少しある、筈。心の中で応援し、そっと目を逸らした。
そうしてポフポフと叩かれたその場所、副総長さんの隣へ腰を下ろす。さっきも何気にそうだったのだけど、ここでも隣が定位置なのか。良いけど。
何人かギョッとしていたけれどいつものメンバーさんが話して落ち着かせた。そういや俺挨拶も何もしてないけど良いのこれ。良いよね。俺アイツの付き添いみたいなもんで関係無いし。目立ちたくないし。殆どあっちの二人しか見てないし。
知ーらなーいっ、と心の中で舌を出して飲み掛けのお茶をストローで掻き混ぜる。
「まぁ冗談は置いといて。あの凡庸な顔が可愛く見えるとはそうとうキてますね総長さん」
「ヒドイいわれようだねぇ」
「どっちに?」
「どっちにも」
言って短く笑い合う。その様子を四方から窺う視線を感じながらストローに口を付けた。
チームの副総長なこの人に対して、明らかに一般人の俺が不遜な物言いをするのを不快に思う人もいるかもしれないと考える。が、気にせずいつも通り話す。このスタイルが既に当たり前になってしまった今。最早条件反射的に対応してしまうこれを誰それの前とて変えられる気がしないからすみません。このまま堪忍してください。
殆ど水っぽくなってしまったお茶の味に眉を顰めていれば頬杖をついていた副総長さんが楽しそうに俺の顔を見てきた。
「キミもふつーな顔だよね~」
「ありがとうございます」
「お礼いわれちゃったよ」
嫌味に礼を返せば面白いと笑われた。一見失礼な物言いだが今更だ。気にしない。それに普通が一番だ。
幼馴染みに輪をかけて普通で地味な顔。特徴といったら眼鏡を掛けている事ぐらいか。だがその程度。それが良い。そっちの方が楽だ。変に目立って話題の中心に入るより、その辺の通りすがり役が性に合うし何より平和。モブ顔万歳。
なんて阿呆な事を考えながら満足する。そんな晴々しい気持ちを抱いた状態で、嫌み返しに同じ話題を仕掛けてやった。
「副総長さん達はカッコいいですよね」
「そう?」
「えぇ。俺等と違って半端無く」
ていうかこのチームの人殆どレベル高い?特に幹部さん。
見回せば辺りは不良ばかりだがその多くが整った容姿をしている。町中行ったら女子が煩そうだな、と羨ましさより面倒そうだと同情する位高い顔面偏差値軍団。
そんな中にいる二人だけ平凡で地味な男子高校生。そこまで酷い容姿じゃないだろうが見劣りはしまくっている。下手すると何故この中に混じっているのかと罵られそうな位レベルが違いまくっている。けれども。
「愛着持てばどんな相手でも良く見えるもんだしな。恋は盲目痘痕も靨……って感じか?あれは」
我に返ったらしく無表情ながらうっすら赤く顔を染めた総長さんが幼馴染みを見詰める姿。冗談でなく本気で可愛いと思っているんだろうと伝わる。ただの平凡な男なのに。
なんて事を喧騒に紛れ込ませついボソッと言ってしまったが、流石に卑下し過ぎか。反省しつつお茶をもう一口飲んでテーブルに置くと、
「え~、どれどれ?」
唐突にグイッと副総長さんに顎を取られ上向かされた。
幼馴染の驚いた声と近くの不良さんがざわつく様子が耳に入る。しかし正に目の前、という位置にいるこの人はどこ吹く風で俺の顔を観察する。ちけぇ。
あまりの近さにちょっと引きながらじっと見詰める目を見返す。その瞳からは悪意も身の危険も何も感じない。なのでしたいようにさせ、ついでに自分も観察してみる事にした。
痛みの無いオレンジの髪。
スッと通った鼻筋。
長めの睫。
切れ長で意外に透き通った黒い目。
うん。かっこいいな、ちくしょう。
「う~ん?かわいー……かなぁ。カワイイ?ふつう?んー、わかんない」
「分かんなくて良いですよ」
「いーの?」
「眼科か精神科をお勧めしなきゃなんなくなるじゃないですか」
「ブッ、マジでひっどいね」
顎を掴んでいた手を離し、腹を抱えて笑う副総長さん。笑い過ぎです。周りも若干引いています。
ヒラヒラ手を振って周りの気を散らし、背中を擦ってやる。幼馴染は心配げな顔をしていたが危険が無いと分かると総長さんとぽつぽつ話し出した。だいぶ慣れたみたいだな。良かった良かった。
一人心中でお祝いしている間に副総長さんは一頻り騒いだ後、どうにか笑いを引っ込めた。が、未だちょっとヒーヒー言っている。どんだけツボッたの。
呆れた顔で見ていると、大きく息を吸った副総長さんは背を伸ばして漸くちゃんと椅子に座り直した。
「は~ああ。あー、うん。やっぱオレにはふたりともふつーに見えるや。よくわかんない」
「……普通で良いんじゃないですか」
「んん?」
「例えアイツが女の子みたいに可愛らしい顔してたとしても、男って事に変わりは無いでしょ」
「それもそーだ」
どんなに容姿が優れていようが劣っていようがあの恋人たちが同性な事に変わりはない。街中を二人で歩けば不良とパシリ、笑って話していれば辛うじて友人と見えるだろうが恋人には見えないだろうし、見えたとしても世間には受け入れられない。
周りがどうでも幸せであれば良い。けれど。それでも、ここのメンバーに受け入れてもらえて良かったと、思っていたより安堵している。
もう一度飲み物を取りちびちびと飲む。副総長さんは暫くソファにだらしなく凭れ掛かっていたが突然、勢いを付けて立ち上がった。
「よっし!無事ふたりが恋人だとみとめられたというコトで!なんかゲームでもやろっか!」
「そうですね。取り敢えずポッキーゲームでもさせます?」
カバンから赤い箱を取り出し、にっこり笑って目線を移せば総長さんがガキンと固まり幼馴染が小さく悲鳴を上げた。その反応に周りの人達も笑い出す。
少し感傷的になってしまったが、今の所悪い事は何も無いのだ。だったら目の前のまだ初々しいカップルで遊んでも構わないだろう。
結局俺は自己紹介もろくにしなかったのだが幼馴染もろとも受け入れられ、幼馴染の門限が過ぎるまで遊び倒した。
そういえば。こっそり言ったあれを聞いてあの行動に出たのならば、彼は自分にそれなりの愛着を持っているという事だろうか。
何て思ったのは家に帰ってのんびりしている時だった。
『かわいいは』
『見ている側の気持ち次第』