昨日の敵、でもないけれど
「何て言うか、いきなり出合い頭に『付き合え』ってどうなの……って感じですね」
「うん。そう言えってオレがけしかけたんだよね。マジでゆーとは思わなかったけどねー」
「あぁ、貴方が入れ知……アドバイスを。まぁそんな気はしてましたが」
え~、現在は昼休みのお弁当タイム。場所は学校の屋上。本来は立ち入り禁止のこの場所はこの地域で有名な不良チームの溜まり場なんだとか。
何でそんな所にいるかって?
昨日幼馴染が連れて来られたのがこの場所で、また呼び出し食らった奴が必死に付いてくるよう俺に頼み込んできたから。
誰と話しているかって?
その不良チームの副総長さん。
何で話しているかって?
隣にいるから。
そんで件の幼馴染君はこの辺最強にして最恐と言われる総長さんの前にてカタカタ震えながら箸を動かし弁当を飲み込んでいます。うん、ありゃマジで噛んでないな。一口一口丸飲みだ。
そんな風に幼馴染みが死にそうな程萎縮しまくっている相手が現在幼馴染みの恋人なんだというのだから哀れを通り越して笑えてくる。まぁ、頑張れ。
そんな修羅場な光景を少々離れた所から眺めつつ、俺も弁当をつついていた。溜まり場なだけあって沢山の不良さんが幼馴染と、ついでに俺を見ているが何も言ってこないのでスルーしてもくもくと口を動かす。
総長と副総長の傍に不良でも何でもない一般生徒が座り周りを下っ端が遠巻きに見ているとか、端から見ればかなりシュールな光景だ。現状の珍妙さに半目になっている間にも、隣のお喋りは続いていく。
「闇打ちされてぇボロボロのトコ手当てしてもらって一目ぼれしたんだってさ~」
「みたいですねぇ」
「ん?みたいって、チビくんからきいたの?そーちょーそれ話してたっけぇ?」
「いえ、実際に見てたんで。その時の事」
「あれぇ~?キミいたっけ?」
ごちそうさまでしたと手を合わせ、横目で見上げた先には首を傾げて記憶を浚う副総長さん。一連の流れの後。急に現れた彼に驚いた幼馴染みがダッシュで逃げたんだったなぁ、と思い出しながら口を開く。
「丁度飲み物買いにアイツから離れてた時で。ビルの脇からこう、覗き見?してたんですよ」
「へぇ。そんなコトしないでコッチくればよかったのに」
「態々んな妙な事に巻き込まれになんか行きませんよ」
「幼なじみがその妙なコトになってんのに?はっくじょ~」
「危ない様子じゃなかったんですから良いでしょ」
非難する言葉に反して随分と楽しげな様子にシレッと肩を竦めて返す。ニヤニヤ笑いを無視してお茶を一口飲んで喉を潤し、ふぅ、と溜め息を吐いて話を続けた。
「んでまあ、総長さんの表情とかリアクション見て、あぁ惚れたな、と」
「なるほどねぇ」
何やら納得している様子に今度はこちらが首を傾げる。猫の様に目を細めた副総長さんは口の端を吊り上げながら俺へ人差し指を向けてきた。
「ふりょーのたまり場につれてこられたってのにイヤに落ち着いてたからね、キミ。なーんでそんなによゆーなのかなーって思ってたんだよ」
「……あぁ。総長さんが本気で惚れ込んでいる相手とその友人に危害なんて、流石に貴方達も加えたりしないでしょう?」
「告白がじょーだんじゃないって確信してての落ち着きかぁ。なっとく。でも、それにしたってキモがすわってるねぇ」
「そんな事無いですよ」
「そんなコトあるよ~」
ニヤニヤと笑う副総長さんは食べ終わったパンの袋に空気を入れてボムボムと頭を叩いてきた。ちょっぴりイラッとしたがそのままにしておく。直ぐに飽きたのか風船状にしたそれで遊びだした副総長さんを他所に俺はもう一度ペットボトルを傾けた。幼馴染みは食べ終わっただろうにさっき見た時と同じ動きをしている。弁当箱まで食べる気だろうか。別に良いけど。
屋上って風強いんだなー、なんてどうでも良い事に意識が逸れ掛けた時、副総長さんは思い出したように俺へ顔を向けてきた。
「てかさ。イイの?幼なじみが男とくっついちゃっても」
「アイツ、守るより守られるタイプっぽいんで丁度良いんじゃないですか。気の強い女の尻にしかれるよりよっぽど幸せでしょ。それに、」
一旦言葉を切って横に座る副総長さんの顔を改めて見据える。ん?と首を傾げる相手に目を細め口の端を吊り上げて見せた。
「見てて、面白そうじゃないですか」
言って、ニヤリと笑ってみせると副総長さんはそれはそれは楽しそうに口の端を上げた。うむ。第一印象の通り、この人は愉快犯であるらしい。
そんな事を考えていると、副総長さんは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「結構イイ性格してんね、キミ」
「ありがとうございます」
嫌みったらしい台詞を交わしニッと笑い合う。すると視界の端でこちらの様子を見ていた下っ端な人達が若干引いたのが見えた。よく分からんが失礼な。
心の中で態とらしく憤慨した台詞を吐き捨て、横の副総長さんを見上げて片手を上げる。
「と、いう訳で。協力しますよ。ちゃんとくっ付けるの」
「そ。んじゃあよろしくね。メガネくん」
「はい。お願いしますね。副総長さん」
にこやかに話し終えると副総長さんは空気を入れておいたままのパンの袋を思いっきり叩いて破裂させ、解散!と叫んだ。時計を見れば昼休み終了1分前。時間的に微妙だが授業に出る俺等に気を使ってはくれたらしい。軽く頭を下げた後、未だ青い顔で震える幼馴染を引っ張って出口へと向かう。まぁ、大変だろうが頑張れ。
心の中だけで労った後、振り返る事なく歩き進み、屋上の扉を閉めた。
「……あんまり厄介な事にならなきゃ良いんだけど」
え?と独り言を聞き返してきた幼馴染の頭をはたいて教室に急かす。これからどうなっていくかは分からないが、面倒な事にだけはならないでくれよ、とこっそり祈りながらゆっくり階段を下っていった。
『昨日の敵、でもないけれど』
『今日の味方かはわからない』