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06 - 二人の先輩

【翔子】

「あ……あれ? ここ、どこだろう?」


 翔子は見慣れない景色にはっとした。廊下を歩いていたはずが、いつの間にか草木で覆われた場所に迷い込んでしまった。不思議なことに引き返すという発想にはなぜか至らなかった。誘いこまれるようにして内履きのまま石畳の先を進んでいく。

 開けた広場のようなところにでた。中央に大きな桜の木が一本生えて、桜の木から放射上に煉瓦でできた花壇がいくつか並んでいる。チューリップ、スズラン、アジサイ、テッポウユリ、と花壇にはひとつひとつ主役の花があるようだ。どれも整然と並んでいて、丁寧に手入れされているらしいとわかった。


【翔子】

「わあ、かわいい!」


 色とりどりの花々に思わずはしゃいで、花壇へ駆け寄る。と――


【???】

「ちょっと。あなた、そこで何をしているの?」


【翔子】

「はいっ!? すみません!」


 凛とした女性の声にびっくりして振り向くと、ロングの黒髪をさらりと揺らした女子生徒が立っていた。メガネのつるを押し上げるようにして、きつい眼差しを翔子に向けている。


【翔子】

(わあ、キレイな女の人……。タイの色が青だ。先輩かな?)


【???】

「謝らなくていいから、私の質問に答えてくれるかしら。あなた、そこで何をしていらっしゃるの」


【翔子】

「ええと、どこかで落し物をしてしまったみたいで、探していたんです。知りませんか? タオル地の、正方形の小さいハンカチなんですけど」


【???】

「申し訳ないけれど、先ほど私がこの花壇に水やりをして回った時には何も落ちていなかったわね」


【翔子】

「そうですか……ありがとうございました。あの……この素敵な花壇、先輩がお世話していらっしゃるんですね」


【???】

「ふふふ、そうよ。この生垣はね、椿と薔薇が咲くのよ。芝桜も咲くし、季節によって表情を変える素敵なお庭なの」


 メガネの奥の瞳が優しく美しく微笑んだ。


【???】「ハンカチ……だったわね。もし、見つけたらとっておいてあげる。クラスとお名前を教えてくれる?」


【翔子】

「一年一組の池上翔子です」


【静】

「あら、一組って言ったら中田先生のクラスね。私は、東海林静。二年、美術部なの。部活は決めた?」


【翔子】

「あ、……まだ決めていないんです」


【静】

「もしもこの花壇のお世話に興味があるなら、美術部に入ってみない? この庭と美術室は繋がっているの。素敵でしょう」


 ふわっと花がほころぶような笑顔を向けられ、翔子は一瞬見とれてしまった。




 ◆◇ ◆◇ ◆◇




 花々のかぐわしい香りに心を浮かれさせ、静に教えられた道を通って歩いてきた翔子は、美術室と書かれたプレートの前でふと足を止めた。


【中田】

「おい、おまえ今度の展覧会の絵ちゃんと描いてるのか」


【翔子】

(! 中田先生の声だ。部活中なのかな。入学式の日に部活なんてすごいやる気だなあ)


【中田】

「いや、描いてませんじゃねーよ。関係なくはねーだろ、美術部顧問に向かって何言ってんだ。かー、ナマイキ! なんでそんなかわいくねー発言できんの? 心配してやってんのによ」


【???】

「申し訳ありません。イライラしていたものですから」


【中田】

「なんだ。珍しくしおらしいじゃないか。こええぞ。……さては恋でもしたか?」


【翔子】

(な、なんだか先生と生徒の会話じゃないみたい……。中田先生、面白い先生だなと思ってたけど、生徒とこんな話が出来るなんて変わってるかも)


【???】

「恋? 相変わらず突飛ですね。どこから僕が恋をしているなんて妄想が出来るんです」


【中田】

「おまえが後生大事に持ってさっきまで眺めてたソレだよ。えらい可愛いハンカチじゃねえか。キャラもんだろ? それ。女のハンカチだろ」


【???】

「キャラもん? とは何です。キャラクターのことですか? なにかのマンガの登場人物ということですか」


【中田】

「うわめんどくせえ。詳しい説明は後で調べろ。俺は知らん。――で、そのハンカチどうしたんだ。水川」


【水川】

「さあ? 朝、生徒昇降口に落ちていたものです」


【中田】

「落し物じゃねーか! パクんなよ。没収だ、俺が預かっとく。……なんだこのキャラ。キモ。亀?」


【水川】

「僕としては、キャラクターではなくクリーチャーではないかと。緑色のこんな形をした生きものを僕は見たことがありません。女子生徒の持ち物だとは考えたくもな――」


【翔子】

(緑色で亀みたいなキャラのハンカチ……って、わたしの落としたハンカチだ! 亀じゃないし怪物でもないよ。カッパだよ!)


【翔子】

「すみません、失礼します! それわたしです!」


 ガラガラガラッと勢いよく扉を開けて中に入った。

 中にいた二人の影が一斉に翔子を見た。一人は絵の具つきの白衣姿の中田先生、もう一人は輝くような金色の髪の男子生徒だ。日本人離れした目鼻立ちで、精巧に作られた人形のようだと翔子は思った。男子生徒はイーゼルと呼ばれる絵を立て掛けさせた木製の美術用品の前に椅子を置いて座っているが、座ったままでもその手足の長さがハッキリわかった。


【翔子】

(ハーフ? 留学生かな? ネクタイがお兄ちゃんと同じ色だから、三年生の先輩だ)


【水川】

「ええと、君? 突然どうしたのかな? 君が――なんだって?」


【翔子】

「あっ? え、えっと、その……落し物をして、探していてこの部屋の前を偶然通りかかって、お話が聞こえたものですから。ええと」


【水川】

「君がこの緑のクリーチャー……いや、失礼。この可愛らしい緑のキャラクターを落としたのか」


【翔子】

(うう、先輩の顔が引きつってるよー。女子生徒の持ち物じゃないと思ってたみたいだからびっくりしたのかな)


【中田】

「あ、思い出した。おまえ俺のクラスの女子だな。池上翔子」


【翔子】

「はっ、はい」


【中田】

「入学早々落とし物するとかスゲーな。ホラ、確認しろ」


 中田からぽい、と投げるように渡されて慌てて受け取る。たしかに翔子が落としたハンカチだった。


【翔子】

「ありがとうございます。わたしのです」


【中田】

「そーかそーか。それはよかったな。水川にもお礼言え? 拾ってくれたのはコイツだ」


 コイツ、なんて呼ばれ方をしたのに水川という男子生徒は怒らなかった。すっくと立ち上がり、つかつかと翔子の元に歩いてきて、すぐ近くで立ち止まった。

 近くで見ると彼の美しさがよくわかった。瞳が宝石みたいに透き通ってキラキラしている。緑色をしているから、ヒスイだろうか。髪は光の加減では真っ白に見えそうなプラチナブロンドだ。

 水川は海外映画でしか見たことのない、腕を前に振りだす、紳士ふうのキザなお辞儀をした。


【水川】

「アシュリー・ミズカワといいます。池上翔子さんと言ったね。もしかして池上雅人君の妹さんかな」


【翔子】

「はっ、はい! 雅人は兄です」


【水川】

「そう、そうなんだね……。彼は僕のライバルなんだよ。彼がいる限り僕はずっと二番手でね。困ったものだ」


【翔子】

「す、すみません……?」


【水川】

「君が謝ることじゃないよ。僕の実力が足りないだけさ」


 くす、と水川は目を細めて笑った。


【中田】

「かわいい後輩をイジめてやるな。相変わらず陰湿だな」


【水川】

「失敬な。イジめていたんじゃありませんよ。かわいい後輩にご挨拶したまで」


【中田】

「どうだか。俺はおまえの絵以外信用しねえよ」


【水川】

「ハ。先生に信頼されようとは思っていないから関係ない」


【中田】

「かわいくねーな、本当に。おい、池上。いいからもう帰れ。コイツ、今虫の居所が悪いんだ。何されっか分かんねぇぞ」


【翔子】

「はあ……」


【水川】

「僕のなかに虫なんかいないが?」


【中田】

「俺、おまえのそういうちょいアホなとこは好きだよ」


 中田先生にしっしと追い払われるように手を振られ、翔子はその場を逃げるように出た。

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