05 - 自己紹介タイム
入学式とオリエンテーションが終了し、ホームルームが始まるまでの数分の休憩時間をねらって敦志を捕まえる。
【翔子】
「敦志! よかったやっと話できるよー」
【敦志】
「は? どうしたんだ。何か用かよ」
【翔子】
「あのね、朝、敦志が先に行っちゃったでしょ? その後、びっくりしたことがあって、七年か八年ぶりにね――」
【敦志】
「ああ、悠太のことか?」
【翔子】
「そうそう、二組の桐原悠太の……って、敦志、知ってたの?」
【敦志】
「そりゃあ、知ってるよ。中学の時テニスの県大会で見かけたからな。あいつもテニス部なんだ」
【翔子】
「知ってたなら教えてよー。わたし悠太だって気づかなくて、感動の再会出来なかったんだよ。悠太もわたしのこと気づいてなかったけど」
【敦志】
「いや俺だって、お前と同じだ。あいつが転校してから八年間、喋ってねえの。有名人だから情報が入ってくるだけ」
【翔子】
「有名人?」
翔子はもっと敦志に尋ねようと思ったが、チャイムが鳴って話はそこで中断してしまった。チャイムが終わるやいなや、ガラッと勢いよく教室のドアが開き、ひょろりとした男性教師が入ってくる。
【??】
「うぃー、おまえらさっさと席につけーい。観念してお縄につけーい」
翔子や他の生徒たちも弾かれたように自分の席に戻った。
【男子生徒A】
「御奉行さまに逮捕されるほど悪いことしてないでーす」
【??】
「はいうるせえ、そういう返しいらねえから。決定、俺一年間お前マークしまーす」
男性教師は顎ヒゲをがしがしと掻いて、盛大にあくびをした。あくび混じりにマークを宣言された男子生徒は不満げにブーイングをしたが教師は軽くスルーした。
教師はよれよれの白衣を着ていてまるで科学の先生のようだが、その白衣は『白の服』と呼ぶのが憚られるほど色とりどりの絵の具で彩色されている。なにがそんなに気にくわないのか、終始面倒くさそうな表情をしていて教師らしい覇気はまったく感じられなかった。
【??】
「あー、入学式だのオリエンテーションだので何度も自己紹介したがあ、俺がこのクラスを担当する中田秀彦だ。担当教科は美術。美術部とマンガ研究部の顧問をしているのでー、興味のあるやつは、まあ、いつでも美術室に来るようにー、以上。質問はあるか?」
うさんくさい見た目と言葉遣いだが、流れるような自己紹介は確かに先生らしいといえばらしい。
【女子生徒A】
「先生の専攻はなんですか?」
【中田】
「専攻? 油彩画。ま、面白いことはとりあえずやってみんのが信条なんで、色々やるよ。最近やって面白かったのは痛車とフィギュア制作な。マン研とパソ研が勝手にいじってるんで今どうなってっか知らねーけど。はい次ー」
【女子生徒B】
「はーい! 先生にはカノジョはいますか?」
【中田】
「恋人も婚約者もいませーん。自由な独身生活満喫中」
【男子生徒B】
「じゃあ離婚経験は?」
【中田】
「おい、勝手にバツつけんな。ねーよ」
【女子生徒C】
「好きなタイプは?」
【中田】
「人間の形をしていること。綺麗な顔。綺麗な心。綺麗な目。見てて飽きない面白い奴。できれば女が好ましい」
にわかに始まった記者会見のような質疑応答だが、中田はまるで台本があったかのようにスラスラ答えていく。
【中田】
「もういいだろ。じゃあ、次はおまえらの番なー? さっきの俺のように短く分かりやすい自己紹介を心がけるように。では出席番号一番から」
突然始まった自己紹介タイムだが、早めに順番が回ってきた翔子はしどろもどろになりつつもなんとか挨拶を終える。ほっと力を抜いた。
【??】
「池上さん、池上さん」
翔子から何人か自己紹介が進んだ後、肩を後ろからつんつんとつつかれた。びっくりして声をあげそうになってしまう。
【??】
「あ、びっくりしちゃった? 突然ごめんね」
こそっと耳元に囁いてきたのは後ろの席の女子生徒だった。
くるみ色のセミロングを巻き髪にして垂らし、ふわりとカールした前髪からのぞくぱっちりとした二重瞼ときりっとした眉毛が、意思の強そうな印象を受ける。小さくつんと突き出された口元はピンク色で、リップクリームを塗っているのかストロベリーの香りがする。
名前は伊藤由美。翔子のすぐ後に挨拶をしたから覚えていた。
【翔子】
「ううん。えっと……伊藤さん? どうしたの?」
【??】
「由美でいいよ。さっきさ、南敦志と二組の桐原悠太について話してたでしょ?」
【翔子】
「う、うん。それがどうしたの?」
由美とこそこそと話をしながら、敦志が『悠太は有名人だった』と言っていたことを思い出す。
【由美】
「……どうしたのって、えっと……あなたテニス部じゃないの?」
【翔子】
「ううん。わたし、テニスは小学校のときにソフトテニスクラブやってたくらい。敦志と悠太は幼なじみなんだ。あの、由美ちゃんはどうして敦志と悠太のことを知ってるの?」
【由美】
「テニス部だからよ。有名なの、あの二人。桐原悠太のほうはとくにね。テニス部じゃないんだったら、知らなくても仕方ないか」
【翔子】
「仕方ないって、なんのこと?」
【由美】
「私、桐原悠太がだいっきらいなの」
【翔子】
「え……?」
突然突き付けられた負の感情に、翔子は呆然としてしまう。久しぶりに会った幼なじみが誰かに嫌われているなんて、信じられなかった。
自分が知らないうちにいったいなにがあったのだろうか。
【由美】
「あ、ごめんね。幼なじみなんだもんね。ちょっと言い過ぎた。あんまり好きじゃないっていうか、ええと、苦手なだけなの。えっと、私、あなたがテニス部なのかなと思って、それで仲良くなれたらって思っただけでね」
慌ててフォローしてくれた由美は、きゅっと眉を寄せて困ったような、不安そうな顔をしていた。「嫌い」とスッパリ口にしたとは思えない。
見た目の華やかさとはギャップのある臆病で控えめな様子に、翔子は急に親近感を覚えた。
入学式当日、出身中学の違う相手に声を掛けるのは誰だって不安なものだ。テニス部だったのかという勘違いがもとだったけれど、由美は勇気を出して翔子に声を掛けてくれたのだ。
【翔子】
「ううん。大丈夫だよ。こちらこそ、これからもよろしくね。由美ちゃん。わたしのことも名前でいいよ」
【由美】
「ありがとう、呼び捨てでもいいかな? 翔子って呼びたいな」
【中田】
「おい、そこ。池上翔子と伊藤由美。仲良くすんのはいーけど、他のヤツの自己紹介も聞いてやれー?」
【翔子・由美】
「はーい、すみません!」
中田への謝罪がぴったり重なってしまった翔子と由美は、びっくりして顔を見合わせた。由美のびっくりした顔がおかしくて、たまらず笑い出してしまった。