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04 - 二人の幼なじみ

 玄関の扉を開けた翔子の目に飛び込んできたのは、スポーツ刈りの黒髪に、健康的な小麦色の肌で真新しい学ランを着た少年の姿だった。


【??】

「……おす。おはよう」


 少年はむっつりとした口元を小さく動かし、ぼそりと挨拶する。眉を寄せ釣り上がった目つきではほとんど睨まれているようだった。


【翔子】

「おはよう、敦志。晴れてよかったね」


 南敦志。翔子とは小学校からの幼なじみだ。

 徒歩二分くらいの距離に敦志の住むマンションがある。翔子の家まで迎えにきてくれたのだ。

 翔子は一旦引き返して、ガスや水道、電気などを確認してから家を出、鍵を掛けた。


【翔子】

「待って、待って」


 その間に敦志はさっさと先に行ってしまっている。翔子は慌ててついていく。


【敦志】

「ああ。早く来い」


 翔子がやっとのことで肩を並べると、敦志は歩調を緩めてくれた。ほんとうは優しいのだ。顔がちょっぴり怖いけれど。


【翔子】

「敦志、顔怖いよ。またしかめ面してる」


 翔子が背伸びをして浅黒い肌の額にできた皺をつんつんとつつくと、敦志はうっとうしそうに首を振った。


【敦志】

「やめろ、触るな。……置いていっていいのか」


【翔子】

「やだ! 置いてかないで。ごめんね」


【敦志】

「本当にするわけないだろ。つか、そんなに置いてかれるのが嫌なのか? 二回くらい行ったことあるところだし、迷わないだろ」


【翔子】

「うう……たぶん迷うと思う。今朝お兄ちゃんにも言われたの。『おまえは迷子になるから一緒に登校するか?』って」


【敦志】

「ああ、雅人兄ならそう言うだろうな。なんだ、雅人兄が先に登校するからって話だったのに、一緒に行けるならおれのこと待たなくてよかったじゃないか」


【翔子】

「なんでそんなこと言うの。敦志と行くから断ったのに」


 ぷくっと頬を膨らまして、ご機嫌ナナメだと主張してみる。

 敦志はそんな翔子をちらっと見、呆れたような顔をした。大きな手のひらで翔子の膨らんだ頬を掴んで、ぶうっと潰した。


【翔子】

「ううう、ううう」


【敦志】

「ん? なんだって?」


【翔子】

「うーうーうーうー」


【敦志】

「何言ってるか分かんないけど?」


 ははっと楽しそうに笑った敦志の顔は、翔子にはいじわるなガキ大将のそれでしかなかった。けれど、さっきのしかめ面よりは敦志らしいなと思うのだった。


 敦志は小学校高学年ほどから翔子と遊んでくれなくなってしまった。兄の説明では「思春期だから」で、翔子としても女の子と遊ぶのは恥ずかしいのかなとか、男の子と遊ぶほうが楽しいしなと納得していた。

 そのうち敦志はさっきのようにしかめ面をするようになって、翔子よりずっと背が高くなり身体つきもがっちりしてしまった。

 もう遊んでくれないのかな? と思っていたけれど、ここ二年ほどはよく構ってくれるようになった。メールを送ると、そっけないけれどちゃんと返信がくるから優しい。時々いじわるをするけれど。


【翔子】

「もー! 変な顔になっちゃうからやめてって言ってるのに」


【敦志】

「さっきのお返しだ」


【翔子】

「変な顔になってないかな」


【敦志】

「なってねーよ。おまえの顔粘土かなんかで出来てんの?」


 翔子がぺたぺたと顔を触っていると、呆れたように敦志が言う。


【敦志】

「まあ粘土みたくやわらかくはあったけど」


【翔子】

「む、なに。それは頬にお肉がついてるねってこと?」


【敦志】

「さあ?」


【翔子】

「ええ? なんでそこで誤魔化すの」


【敦志】

「ほら、前見ろ。高校着いた」


 敦志が指差した方向を見ると、翔子がこれから通うことになる高校の正門がそびえ立っていた。


【敦志】

「じゃ、おれ先に行くから」


【翔子】

「えっ、なんで?」


【敦志】

「はぁ? 迷子になるからついてきてって話だったろ。あとはさすがに迷わないで行けるよな」


【翔子】

「うん……」


【敦志】

「またな」


 先に行ってしまった敦志の背中を見つめつつ、あと少しなら最後まで一緒に来てくれてもいいんじゃないだろうかと翔子は思った。




 ◆◇ ◆◇ ◆◇




 生徒昇降口を抜けてすぐ、翔子は人だかりが出来ているのに気づいた。なんだろうと不思議に思ってみると、掲示板に全校生徒の名前と担任名が大判用紙にずらりと並べられている。全学年のクラス分けがここで発表されているらしい。

 人だかりができているのは一年のところだけで、二年と三年は閑散としている。兄が翔子よりも先に登校していったように、在校生は入学式の準備など行っていてここにはいないのだろう。

 一年の掲示がすぐに見れそうにないので、思い立って三年の掲示を見上げてみる。もちろん三年の知り合いなんて一人しかいない。


【翔子】

「三組かー、よし。困ったことがあったらお兄ちゃんのところに行こうっと――っきゃ!」


【??】

「あ! ご、ごめん。大丈夫? ケガ……ない、かな?」


 翔子は誰かに背中を押されその場に倒れてしまった。

 慌てたような少年の声がして、さっと目の前に大きな手が差し出される。


【翔子】

「あ、ありがとうございます」


 恥ずかしく思いながら、手を貸してもらって立つ。

 相手をよく見ると、やや明るめなブラウンの髪に、色素の薄い瞳が特徴的な中性的な顔立ちの少年だった。すこし学ランが大きめで身体に合っていないような印象を受けたが、それが少年の華奢な身体つきを一層際立てている。翔子や敦志と同じ、新入生だろう。


【??】

「お礼はいいよ。さっきのはおれが悪かったんだ、ごめん。ちょっとよそ見をしてて、前を見てなかったんだ」


【翔子】

「そうなんですか、掲示板を見ちゃいますよね」


【??】

「いや、そうじゃなくて――」


【女の子たち】

「キリハラくん! 何組だった!?」


 少年の言葉尻を消すように、翔子と少年の間にぐいっと数人の女子生徒が割り込んでくる。


【キリハラ?】

「うわっ。え、ええと――掲示板見れば分かると思うけど、二組だよ……」


【女の子A】

「私と一緒だね! よかったら一緒に教室まで行かない?」


【女の子B】

「ずるーい。私もキリハラくんと途中まで一緒に行くう~」


【キリハラ?】

「あはは……。そ、それじゃあ。ぶつかってごめんね」


 少年は女の子たちに包囲されまるで反抗する意思もなく連行されていった。取り残された翔子は、あっけにとられるばかりだった。


 しばらく呆然としてから、この場にいるのは彼女たちのようにクラス分けをみるためだったと思い出す。

 ちょうど空いていたスペースに入り一年生の名前がずらりと並んだ表を見る。翔子は一組。敦志も同じ列に名前があった。


【翔子】

「あ、よかったー。知ってる人がいると安心だもん。そういえばさっきの人……二組だとか言ってたっけ?」


 視線を動かしたついでにと、一組の横の二組の列をざっと流して見る。

 あ、い、お、か――……『き』の行にたどりつくには想像より長い道のりがあった。翔子は『池上』だからあまり名前を探す行為に苦労したことはないのだ。

 二組のキリハラ、はひとつしかなかった。

 桐原悠太キリハラユウタ


【翔子】

「え? きりはらゆうた?」


 その名前は不思議と口に馴染んでいる。

 なぜならそれは翔子と敦志の幼なじみの名前だったからだ。『桐原』という表札が掲げられた家に出入りしていた朧げな記憶がよみがえってくる。


【翔子】

「あ! 敦志に教えなくちゃ」


 もう一人の幼なじみがいるであろう一年一組の教室に急いだ翔子のポケットから、ぽろりと何かがこぼれおちる。タオルハンカチらしい。

 愛らしく丸いフォルム、たんぽぽみたいなお皿につぶらな瞳に間抜けなくちばし、パステル色のイエローグリーンをベースに柔らかい配色がなされたマスコット――翔子が好きで集めているカッパのキャラクターがワンポイントで刺繍されたハンカチだ。




 誰にも気にも止められなかったハンカチは、しばらくして、通りがかった金髪の男子生徒が発見した。


【??】

「……なんだこれは? 新種のクリーチャーか?」

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