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天狼の巫姫  作者: 利月
六章
28/32

其ノ参

 ――殺すということは。

 かすかに風が巻き上がる。朱色の髪がざわざわとなびいた。

 その存在を否定するということ。

 究極の否定、究極の拒絶。

 ――そんな方法でしか。

 他の命との交わりを絶てないなら。

「そりゃあ、誰からも許されんな」

 ――己からさえも。

 呟いた声は、風に攫われていく。

 ――主の言葉の枷も、また。

 たとえ己の死では救いにもならないほどの業を犯すとしても。

 それが何だと言う。

 それが今の己を塞き止めるに値する理由になるはずが、ない。

 風が、止んだ。

 天を統べる狼が、地上のすべてを見下ろしていた。



 決めてしまってからは、呆気なかった。

 犬神は、飛んだ。

 首だけで。

 引きつったまま、縫い止められたように立っていた白王が、すんでのところで人形(じんけい)を解く。

 三尾の白狐(びゃっこ)が頭蓋の犬神をかわした。

 白狐の体躯は細く、しかし大きさは野生のそれよりはるかに大きかったが、天を統べる大狼には及ばなかった。転がるように犬神から距離を取ろうとする。が、浮遊する首がそれを許すはずがなかった。かぱり、と口を開ける。

 追い抜きざま、食らいついた。

 まずは一本、左前脚を食い千切る。

 口の中に広がった、固くてまずいそれをすぐさま吐き出して、ぐるりと向きを変える。ごろごろと、白王を成していた一部が無意味なものとして転がり、床板に血糊を撒いた。

 間髪入れず、動きを止めた白い物体から、今度は左後ろ脚を毟り取る。一度だけ噛み砕いてみたが、予想どおりのまずい血と固い肉と妙に生あたたかい感触に、べっと吐き飛ばす。生き物として無価値なもののように放り出された後ろ脚は、おかしな方向に曲がったまま宙を飛んだ。

 一拍遅れて、大狐の体が音を立てて横倒しになる。さながら崩れた雪山のような白い物体は、みるみるうちに赤く染まっていった。

 それでも、白王は、立とうとした。

 狂ったように頭を振り、牙を剥き出しにして、不均衡な体を持ち上げようとする。

 しかし犬神に、躊躇はなかった。

 一所(ひとところ)でばたつくそれは滑稽にしか見えず、格好の標的だった。

 狙うは、頸動脈。

 首だけの犬神は、まっすぐに飛んだ。

 白王が口を、開いた。

 殺傷と通告は、同時だった。

 首には犬牙、目には嘲笑、白王は、告げた。

「約束だ」

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