其ノ参
――殺すということは。
かすかに風が巻き上がる。朱色の髪がざわざわとなびいた。
その存在を否定するということ。
究極の否定、究極の拒絶。
――そんな方法でしか。
他の命との交わりを絶てないなら。
「そりゃあ、誰からも許されんな」
――己からさえも。
呟いた声は、風に攫われていく。
――主の言葉の枷も、また。
たとえ己の死では救いにもならないほどの業を犯すとしても。
それが何だと言う。
それが今の己を塞き止めるに値する理由になるはずが、ない。
風が、止んだ。
天を統べる狼が、地上のすべてを見下ろしていた。
決めてしまってからは、呆気なかった。
犬神は、飛んだ。
首だけで。
引きつったまま、縫い止められたように立っていた白王が、すんでのところで人形(じんけい)を解く。
三尾の白狐(びゃっこ)が頭蓋の犬神をかわした。
白狐の体躯は細く、しかし大きさは野生のそれよりはるかに大きかったが、天を統べる大狼には及ばなかった。転がるように犬神から距離を取ろうとする。が、浮遊する首がそれを許すはずがなかった。かぱり、と口を開ける。
追い抜きざま、食らいついた。
まずは一本、左前脚を食い千切る。
口の中に広がった、固くてまずいそれをすぐさま吐き出して、ぐるりと向きを変える。ごろごろと、白王を成していた一部が無意味なものとして転がり、床板に血糊を撒いた。
間髪入れず、動きを止めた白い物体から、今度は左後ろ脚を毟り取る。一度だけ噛み砕いてみたが、予想どおりのまずい血と固い肉と妙に生あたたかい感触に、べっと吐き飛ばす。生き物として無価値なもののように放り出された後ろ脚は、おかしな方向に曲がったまま宙を飛んだ。
一拍遅れて、大狐の体が音を立てて横倒しになる。さながら崩れた雪山のような白い物体は、みるみるうちに赤く染まっていった。
それでも、白王は、立とうとした。
狂ったように頭を振り、牙を剥き出しにして、不均衡な体を持ち上げようとする。
しかし犬神に、躊躇はなかった。
一所(ひとところ)でばたつくそれは滑稽にしか見えず、格好の標的だった。
狙うは、頸動脈。
首だけの犬神は、まっすぐに飛んだ。
白王が口を、開いた。
殺傷と通告は、同時だった。
首には犬牙、目には嘲笑、白王は、告げた。
「約束だ」




