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天狼の巫姫  作者: 利月
五章
23/32

其ノ肆

 夜はすぐに来た。

 六月(なつ)特有の生ぬるい風が、対峙した二人の間を通り過ぎていく。ざわざわと、木々が不穏な音を立てて騒いだ。

 犬神は軽く息を吐くと、しみじみと呟いた。

「それが、狐の名か」

 言って、何かを諦めたような声で続ける。

「狐もオレと同じ……か」

「気づいていたの?」

「まさか」

 目を伏せ、微笑(わら)う。

「初めて会(お)うたときは、完全に人間じゃった。じゃがこうして追ううち、だんだんと人外の匂いが混ざり始めた」

 それに、と付け加える。

「人ならば通らんような所も通っておった」

 言って、犬神はひたとシナノを見据える。そうして、本当に面倒くさそうに、提案した。

「オレは厄介事は嫌いじゃ。なにせ主がうるさいからな。白王とやらに命じてくれ。天狼の巫姫を城へ返せと」

「それは無理だわ」

 にべもない決裂に、ピク、と犬神はシナノを睨んだ。

 シナノは微笑む。人外のものを敵に回していながら、ひどく穏やかな笑みだった。

「わたくしは、彼の主ではないもの」

 卑下でも謙遜でもなく、本心からの否定だった。シナノは続ける。

「わたくしは」

 犬神から視線を外し、夜の彼方を見つめる。それはまるで、一幅の絵のように憂いと決意がない交ぜになった横顔だった。

「神様にお願いをしたの」

 ぽつりぽつりと、夢の中にいるような少女は言う。

「神様は」

 うっすらと、唇の端を上げていく。慈しむような笑みだった。向かい風が流れ、山吹色の髪をなびかせていく。

「叶えてくれた」

 言って、ふと犬神に顔を向けた。その瞳は、確信を持った眼差しだった。

「あなたもそうでしょう? ――呪いの犬神様?」

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