其ノ弐
そこは廃屋だった。
明らかに人が住まうための生活機能を失った、木材を組み上げただけの構造物。目を覚ますと、そのような場所にいた。
きっかけは痺れによる痛みだった。――腕が圧迫されている。気づいたときには、指先が冷たくなっていた。硬直している。血が通っていない。
そこまで把握して、ようやく自分が、膝立ちの状態で両腕を高く掲げられ、柱か何かに縛りつけられていることに想像が及んだ。
太腿の裏側とふくらはぎが吊っている。肩も痺れているが、それ以上に床板に接地した両膝が痛かった。肉のない膝皿から、ゴリゴリという軋みが骨を伝って聞こえてくる。安定感を求めて身じろぎするも、じゃらじゃらと鎖が鳴るばかりだった。
刹那、フッ、と頭上から影が差した。
「ご機嫌麗しゅう、『天狼の巫姫』様?」
のんびりとした、いかにも愉快そうな少年の声だった。
もがいていたカゼヤは、頭を上げる。
影のような塊は梁の上、わだかまった闇の中にいた。
それでも、見えた。
影を中心にしてうねるようにてんでばらばらに向いた、いくつかの尾が。――異形の証が。
「この前の礼をしたくてね。会いたかったよ、天狼の巫姫様」
「このまえ……?」
訝しげに眉根を寄せれば、異形のそれは嬉々とした声で「そうさ」と答えた。犬神と同様、体重を感じさせない軽やかさで、ストンと降り立つ。
褐色の肌に、白くふわふわとした短い髪。朽葉色の水干姿をしたそれの背後からは、白き炎のような尾がしゅるしゅると揺れていた。
異形の左手には、どこから取り出したか、見覚えのある狐面。それをかぶるようにして、ちょっと掲げた。貼りつけた笑顔が、狐面の下から覗く。
「あのとき私の犬に手を出そうとした、狐面か……」
睨み据え、カゼヤは合点の声を上げる。クスッと、狐面の異形は笑った。
「白王(はくおう)だ」
「では白王」
目を伏せ、息をつき、一拍置いて、カゼヤは静かに宣言した。
「我が名は加世邪。城へ帰らせてもらう。供は不要だ」
縛り上げられていても、なお、屈することのない誇り高き口調だった。白王の目が、スッと据わった。琥珀色の瞳が、侮蔑に満ちる。圧倒的な立場の優劣を示すように、無表情で尻尾の一つを竜巻のごとき速さで突き刺した。
カゼヤの、白いてのひらに。
「天狼の巫姫様ともあろうお人が」
衝撃で、柱から木屑が零れ落ちていく。木目をなぞるように、血が伝った。
「おもしろくもない冗談をおっしゃる」
尻尾を引き抜き、見下ろす。
「状況分かってるのか?」
カゼヤはゆっくりと、まっすぐに白王を見上げた。その眼差しは好戦的、挑発の笑みさえ浮かべて、口を開いていく。
「もちろんだ」
その堂々とした答えに、白王の視線がさらに冷えた。カゼヤは続ける。
「おまえの目的は犬神だろう? ならあいつを守るのは――私の役目だ」




