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天狼の巫姫  作者: 利月
五章
21/32

其ノ弐

 そこは廃屋だった。

 明らかに人が住まうための生活機能を失った、木材を組み上げただけの構造物。目を覚ますと、そのような場所にいた。

 きっかけは痺れによる痛みだった。――腕が圧迫されている。気づいたときには、指先が冷たくなっていた。硬直している。血が通っていない。

 そこまで把握して、ようやく自分が、膝立ちの状態で両腕を高く掲げられ、柱か何かに縛りつけられていることに想像が及んだ。

 太腿の裏側とふくらはぎが吊っている。肩も痺れているが、それ以上に床板に接地した両膝が痛かった。肉のない膝皿から、ゴリゴリという軋みが骨を伝って聞こえてくる。安定感を求めて身じろぎするも、じゃらじゃらと鎖が鳴るばかりだった。

 刹那、フッ、と頭上から影が差した。

「ご機嫌麗しゅう、『天狼の巫姫』様?」

 のんびりとした、いかにも愉快そうな少年の声だった。

 もがいていたカゼヤは、頭を上げる。

 影のような塊は梁の上、わだかまった闇の中にいた。

 それでも、見えた。

 影を中心にしてうねるようにてんでばらばらに向いた、いくつかの尾が。――異形の証が。

「この前の礼をしたくてね。会いたかったよ、天狼の巫姫様」

「このまえ……?」

 訝しげに眉根を寄せれば、異形のそれは嬉々とした声で「そうさ」と答えた。犬神と同様、体重を感じさせない軽やかさで、ストンと降り立つ。

 褐色の肌に、白くふわふわとした短い髪。朽葉色の水干姿をしたそれの背後からは、白き炎のような尾がしゅるしゅると揺れていた。

 異形の左手には、どこから取り出したか、見覚えのある狐面。それをかぶるようにして、ちょっと掲げた。貼りつけた笑顔が、狐面の下から覗く。

「あのとき私の犬に手を出そうとした、狐面か……」

 睨み据え、カゼヤは合点の声を上げる。クスッと、狐面の異形は笑った。

「白王(はくおう)だ」

「では白王」

 目を伏せ、息をつき、一拍置いて、カゼヤは静かに宣言した。

「我が名は加世邪。城へ帰らせてもらう。供は不要だ」

 縛り上げられていても、なお、屈することのない誇り高き口調だった。白王の目が、スッと据わった。琥珀色の瞳が、侮蔑に満ちる。圧倒的な立場の優劣を示すように、無表情で尻尾の一つを竜巻のごとき速さで突き刺した。

 カゼヤの、白いてのひらに。

「天狼の巫姫様ともあろうお人が」

 衝撃で、柱から木屑が零れ落ちていく。木目をなぞるように、血が伝った。

「おもしろくもない冗談をおっしゃる」

 尻尾を引き抜き、見下ろす。

「状況分かってるのか?」

 カゼヤはゆっくりと、まっすぐに白王を見上げた。その眼差しは好戦的、挑発の笑みさえ浮かべて、口を開いていく。

「もちろんだ」

 その堂々とした答えに、白王の視線がさらに冷えた。カゼヤは続ける。

「おまえの目的は犬神だろう? ならあいつを守るのは――私の役目だ」

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